282話 宝石が見せる闇

「ところで、なぜ宝石なんか作っているのでしょうか。もしや、経済の混乱が狙いでは?」

「いえ、違います」


 長嶺が自らの推測を口にするものの、すぐさまリアに否定される。もう少し手心があってもいいのでは、とでも言いたげに頬を膨らませ、コーヒーを口に含んだ。


「バベルの宝珠は宝石としての価値を持ちません。そうやってセーランが人間たちに伝えてきましたから。人間たちに価値がないなら、少なくとも人間の市場だけでは流通しません。もし流通していても、サプライチェーンを追跡していけば奴らの影が見つかるはずです」

「確かに理には適っているな」


 ほう、と菅野は目を細めながら腕を組み、リアの宝石をじっと眺める。


 武器同様、特徴的な戦略物資は流れを監視することで安全を保障する。日本も普通にやっていることだ。

 石油や半導体部品、レアアース、ワクチンも戦略物資に該当する。それらの流れは監視されるべきで、その流れを追えば、その国が何をしようとしているかがわかる、というわけだ。


 そこで、長嶺は元の疑問に立ち返る。


「ですが、経済の混乱が目当てでないとしたら、その宝石そのものに利用価値がある、ということにあります。どういうものなんですか?」

「このバベルの宝珠は爆弾になりえます。この1カラットでは、地球の軍隊が使うTNT爆薬換算で1トン程度の威力を得られるんです」

「1カラットで、1トンの威力ですか……」


 長嶺はゴクリとつばを呑んだ。爆撃機に積む大型の爆弾と同程度の威力で、この宝石が15万カラット分あれば、広島型原爆と同等の威力を発揮するのだ。弾頭重量3kgで戦術核兵器と同等となれば、携帯式の対戦車ミサイルに搭載することもできる他、密輸を繰り返して街1つを吹き飛ばすこともできる。


「ひええ……すごすぎですよう……」


 常軌を逸した恐ろしさに、佳代子の腕に鳥肌が立つ。こんなものが地球に持ち込まれれば、たちまちテロの被害が広がることになるのだから。


「それだけではありません。この宝石はダイモンの能力強化に使われます。ただの魔晶石とは違い、この宝石は人の恐怖や苦痛といった負の感情が魔力と共に凝縮されているので、ダイモンたちにとっては格好のエネルギー源なんです。本来の使い方は、ダイモンに投与して戦闘力の増強、というわけです」

「ということは、それを使えば戦闘能力も大きく増強されるんですね。それが流通しつつあるっていうことは、戦争を準備しているっていうことにも……」

「そうなります。それに、あなた方はこの世界に迷い込んだわけではなく、ダイモンたちによって意図的に連れてこられた可能性が極めて高い、という結論に至りました。あなた方の出現もダイモンの手の上です」

「うそでしょ……っ」


 続けて発せられたリアの言葉に、3人はただ絶句するばかりだった。


 ダイモンによる戦争準備、そして護衛艦あおばの拉致。これらは繋がっている可能性があると言われれば、さすがの佳代子も閉口せざるを得なかった。


「なんで、そんなこと……」

「ぼくにもわかりません。ただ、これまで幾度となく起こっている象限儀の暴発と合わせれば、地球への侵略という最悪のシナリオも考えられます。以前にも艦長さんに言いましたが、地球側に魔法の技術はありません。あなた方のように適応できるならともかく、科学技術だけで戦うしかない地球側には、何度でも復活するダイモンとの戦いは不利です」

「大変じゃないですか! かんちょーに早く連絡しないとですよ!」


 佳代子はリアの口から次々に湧き出てくる恐怖の言葉に圧されて冷や汗をかくが、矢沢への連絡が不可能なことなど今更わかっていた。


 ノーリからアモイ中部に通信は届かない。届かせるための設備がないからだ。


 とはいえ、じっとしているのも佳代子には躊躇われた。すぐにでも連絡したい。その思いが佳代子を支配していく。


 だが、そこで菅野が佳代子の肩に手を置く。


「副長、落ち着いてください。まずは連絡を待ちましょう」

「わかってます。わかってますけど……はい、そうですよね」


 佳代子は反論しようとしたが、自分でも答えは見つからない。いや、菅野と考えていることは一緒だ。だからこそ、佳代子には次の言葉は継げなかった。


「心配しなくても大丈夫だよ。相手が行動を起こすにはまだ時間がかかるし、その間に君たちは力を蓄えていけばいいんだ。象限儀はどこにあるかわからないけど、ダイモンが持っているのは事実。アモイと和解した後は、ぼくたちと、いや、世界と同盟を組んでくれないかな?」

「同盟……ですか」


 佳代子はリアの突拍子もないような話に、再度言葉を詰まらせた。


 ただでさえ奴隷どうこうで、この世界はまとまっていない。奴隷を使うような国は、あおばと潜在的な敵対関係にあると言ってもいい。それなのに、その国々と同盟を結び、象限儀を取り戻すなど、できるものなのか。


 佳代子自身は隊内での評価は低いとはいえ、それでも2等海佐にまで上り詰めるだけの実力は持っている。それがどれほど難しいことかは、誰にも言われずとも理解できた。


 結局、茨の道であることに変わりはない。ただ、それでもやらなければならないことがあるのは事実だ。

 それが例え、大量虐殺を伴うような相手との、熾烈な戦いであっても。

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