283話 名誉挽回のチャンスを
「今回は相手が一枚上手だったようだな」
「まさか、留守を狙われるとは……このジャマル、一生の不覚です」
王の御前でありながら、ジャマルは頭を抱えてひたすらに悔しがっていた。
せっかく確保した大事な人質がまんまと奪い返されたのだ。怒りと悔しさもあまりに大きい。
ジャマルは留守を狙われたと思っていたが、国王はそう思ってはいなかったようだ。ジャマルを微笑ましく眺めながら、冷静に今回の事件の分析を行う。
「フレオムヘブからの報告によれば、灰色の船はノーリに現れたと言っていたな」
「はい。間違いありません」
「襲撃の1週間ほど前に、フレオムヘブの部隊が民間のギルドから魔物の捕獲依頼を受けたそうだ。それも12頭という数をだ。それはノストリア港から見慣れない帆船へ積み込まれたと聞いている。そして、お前の部隊が狩りに行った魔物は12頭、それも南部に多く住む魔物だとな。どういうことかわかるか?」
「まさか、魔物と灰色の船は陽動だったのか……!?」
「フレオムヘブとマウアの報告にあった船は同型艦らしい。今は状況証拠しかないが、魔物の表皮にフレオムヘブの部隊で使われる武器の傷があれば、彼らの関与を確定できるだろうな」
「はは、は……クソッ」
国王の情け容赦のない言葉に、ジャマルはただ打ちひしがれるばかりだった。ただ単にマヌケなだけだったわけではない。陽動にまんまと引っかかり、国益を害してしまった責任はあまりにも大きい。
「ジャマルよ、敵が何を考えているかわかるか?」
「何を? それは、仲間を救うため、ではないのですか」
「確かに、彼らは仲間を救うことを信条としているだろう。だが、それを成すためにはどんな手段を取ることも厭わない」
「ええ、そのようなきらいはあります」
ジャマルはこれまでの彼らの行動を頭に浮かべつつ、国王の言葉に同意する。
しかし、と国王は前置きし、言葉を続けた。
「その一方で、アモイと積極的に敵対するようなことはしていない。灰色の船は空を飛ぶ乗り物でアセシオンの物資集積地を火の海にし、戦闘態勢にある800以上ものグリフォン部隊を壊滅せしめた。やろうと思えば、あの基地も火の海にできたはずだが、それをしなかった。常に我々と交渉することを考えている」
「エスカレーションコントロールですか」
「その通りだ」
言い終えると、国王は玉座の間の外に見える海を眺める。この海のどこかにいるであろう、灰色の船の影を探すかのように。
本拠地でもある灰色の船を囮に使い、この国でも有数の戦力を誇るダーリャの基地から部隊の一部を引きはがし、夜闇に乗じて基地を襲撃、国王のお膝元からまんまと人質を連れ去る。搦め手をうまく使った敵方の作戦は成功を収めたと言っていい。
これは敵がアモイのことを研究しているということであり、同時に人質は許さない、という意思の表れでもある。
局地的とはいえ、敵の打撃力は侮れない。現在遂行している戦争に関しても、補完戦力である中央部の軍を全て警戒状態にするわけにもいかず、かと言って北部にも敵はいるので戦力は割けない。
国王は彼らを調略すると言ったが、本当にそのようなことができるのだろうか。
「父上、今後はどう動くべきでしょうか。灰色の船は現在も追跡中です」
「敵の出方次第にもよるが、まずはお灸を据えねばならんだろうな」
「わかりました。灰色の船を襲撃する、ということでよろしいですか?」
「いや、まずはラナーを取り戻したい。そのためにも、お前の力がいる。作戦はこちらで立てておく。お前は従っていればいい」
「ラナーを……ええ、是非とも」
ジャマルはラナーの名を聞き、気分が高揚していた。
やられっぱなしというわけではない。まずは奪われたラナーを取り返すことが先決。そう父上は見ている。
どのような作戦を展開するかはわからないが、国王自ら作戦に関与するとなれば、政治にも大きく関わってくることだろう。
何より優先してラナーを助けることができる。それだけでもジャマルにとっては嬉しいことだが、それに加えて自分に名誉挽回のチャンスが巡ってきたことも重要なことだ。
これから何をするにしても、必ずラナーを助けてみせる。敵に調略された妹を助けるのは、兄として当然のことなのだから。
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