334話 本当の味方

「待っていたよ、ヒメルダちゃん」


 波照間らが街に入ると、アフモセや彼が抱える傭兵部隊が待ち受けていた。


 街の建物の間に兵士を詰め込んでいたのが、2人が街へ入ってきたところで一斉に包囲してきたのだ。


「ちょっと、冗談きついんじゃない?」

「耳の長さは伊達ではないようですね」

「地獄耳は数百キロの彼方からでも噂を拾えるのかしら」


 波照間がライザの冗談を冗談で返すが、それで状況がよくなるわけでもなかった。


 ここは飛び入り参加のフウェレに頼るしかない。波照間とライザはそれぞれ辺りを見回すが、そのフウェレ当人の姿はどこにもなかった。


「……ねえ、あのフウェレっていうエルフの子は?」

「いつの間にか逃げていました。これだからエルフは信用できません」

「はぁー……信じるんじゃなかったかしら」


 顔色一つ変えず即答するライザに、波照間は呆れかえるしかなかった。危険を感じて真っ先に逃げ出すフウェレも困り者だが、それを感情が入っていないかのように淡々と述べるライザも大概だ。


「カオリさんには人を見る目がなかったようですね」

「あんたも大概でしょ! っていうか本名お漏らしはコンプラ違反!」

「申し訳ありません。ダリアの王女からは『お約束だ』と言われましたもので」

「あの子ったら全く……」


 波照間は怒りと絶望が混ぜこぜになった脳内を深呼吸で鎮めるが、アフモセは容赦なく配下の部隊に命令を下す。


「こいつらをひっ捕らえよ!」

「あらら、こりゃダメね」


 魔法を扱えるライザはともかく、波照間は非武装も同然だった。ここで抵抗しても援軍が来るわけでもない。ここでの最良な選択肢は、抵抗せずに大人しく捕まることだけだった。


  *


 それから半日後、波照間とライザは服さえも脱がされ、裸のまま牢屋の柱に縛り付けられていた。床には魔法封印の魔法陣が展開され、ライザの魔法を防いでしまっている。


 牢屋は石造りの殺風景な部屋で、トイレやベッドが存在する。本来は奴隷用の牢屋なのだろう。


 砂漠は夜になると冷え込む。それはオアシスにある街中でも変わることはなく、夜の冷気と柱に使われる石の冷たさに体を震わせるハメになっていた。


「ねえ、ちょっと! 服くらい着させてよ! 女の子を裸にひん剥くような趣味があるなんて、変態そのものじゃない!」


 波照間はあらん限りの大声で文句を叫んだが、扉の外からの反応は一切返ってこなかった。


 ここまでは予想通りだ。喚き散らす囚人を抑える看守がいないということは、それだけ敵もバカではないのか、それとも監視もつけないような甘い連中のどちらかに分かれる。


 ならば、次に試す手は決まっている。波照間は声を先ほどより抑える。


「よし、ロープが切れたわ。ここから脱出するわよ!」


 もちろん嘘なのだが、この言葉を扉の向こうに流しても何の反応もなかった。


 だとするなら、考えられる可能性は1つだった。


「どうやら、敵はマヌケみたいね。見張りさえ立ててないわ」

「そのようです。軍の部隊であれば、これがバレていたところでした」


 そうライザが言うと、彼女を縛っていたロープがあっさりと外れた。横目だった故に何が起こっていたのか見ていたわけではないが、何らかの刃物でロープを切断したらしい。


「さあ、ここから脱出です。あなたも」

「大丈夫。自力で解けるから」


 ライザの手を借りず、波照間もロープを切断して脱出。冷たくなった体をさすりながら、固く閉ざされた木製のドアの前に立つ。


「さて、どうしたものかしら……」

「それにしても、あなたも伊達にエージェントをしていない、というわけですか。刃物はどちらに?」

「あのね、あっさりと種明かしすると思う?」

「僕は陰部に隠していました。あなたは……なるほど、傷を偽装していましたか」

「はぁ、察しがいいのね」


 波照間はべらべらと種明かしをするライザに呆れかえっていた。誰も聞いていないからいいものの、敵方が一歩上手であれば話は筒抜けだというのに。


 ライザが持っている小型の隠しナイフは、物を体内に隠し持つ手段としては一般的な女性器の内部に隠匿していた。素人が麻薬の密輸に使う手口だ。


 一方、波照間は着色したボンドで太ももの上部に偽の傷を作り、裏側にカミソリの刃を隠していた。もちろんシールで刃を保護していたので、皮膚に傷はつかない。


 外に敵がいないとなれば、後の話は簡単だった。ライザのナイフを使い、鍵の構造を破壊して脱出すればいいだけだった。


「それじゃ、後はお願いね」

「了解」


 ライザは手早くナイフを操り、鍵の構造を破壊してドアを開けた。波照間が外を覗くが、通路には誰の姿もなかった。


 代わりに、ずらりと並ぶ石造りの牢屋からは、すすり泣く声や咳の音、謎のうめき声などがほんの小さな音として耳に届く。


「牢から脱出できたのか」

「っ!?」


 牢屋からではなく、2人の真上からも声が聞こえた。はっきりと耳朶を打つ聞き覚えのある声に、波照間とライザは身構えた。


「私だ。武器を向けるな」

「さっさとトンズラした奴が何を言ってるのかしら」

「やはりエルフはクズです」

「勘違いするな。あそこで私の姿を見られては任務に支障が出る。後で救助しに行くつもりだった」


 フウェレは侮蔑を込めた目を波照間とライザに向けつつ、2人が街に持ち込んだ荷物や衣服を投げてよこした。


「こうした方が確実。やることがあるのなら、早く済ませろ」

「言われなくても、そうさせてもらうつもりだけど」


 波照間は怒りと呆れを織り交ぜた視線をフウェレによこすが、彼女は波照間を見てさえいなかった。


 どうやら、本当に味方ではあるらしい。波照間は服や装備品を身に着けながら、フウェレを再度ちらりと横目で見るのだった。

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