270話 オペレーション・DID

「艦隊より報告。ダーリャ基地より1個中隊が出動、東進していきます」

「予想通りの動きですね。ふー、助かりますぅ」


 ディスプレイの光に満たされたあおばCICで、佳代子は報告を受けながら得意げに何度も頷いた。


 現在、護衛艦あおばはダリアからの使節を装い、人族の国ノーリの主要港リントレストへと入港していた。湿地帯を埋め立てた街は広大な範囲に広がっており、アモイとは全く違う肥沃な土地に支えられた豊かさを物語っている。


 あおばを押せるようなタグボートがない故に入港は完全に自力となっていたが、むしろ艦の力量を誇示するには補助など不要だった。大きくとも1000トン程度の木造船ばかりの港において、1万トン以上の満載排水量を誇る灰色の巨艦が補助もなしに木製の桟橋へ着岸すると、港からCICに届くほどの歓声と割れんばかりの拍手が巻き起こる。正面の大型モニターを通してCICでも港に集う群衆を確認できており、誰もがそちらへ釘付けになっている。


「ひゃあ、こりゃすごい……」

「あーあ、日本でも毎回こうだったらいいのにな」


 砲雷科の隊員が圧倒されている横で、菅野が皮肉まじりに呟く。


 今でこそ自衛隊は一定の支持を得てはいるものの、やはり反対派の声も大きい。一昔前にはデモまがいのことも起こっていたことを知っている佳代子には、なおさら新鮮に見えていた。


「やっぱり拍手を貰うと気持ちいいですね」

「彼らはあおばが救援に来たと思っているのでしょう。副長、つけあがるのは危険です」

「もう、わかってますよう……」


 業務時に使う固い口調で話す徳山に、佳代子は口を尖らせて抗議する。


 ノーリはアモイと戦争中で、それも劣勢状態にある。そこにアセシオンを事実上破ったと言っていいあおばが入港してくるとなれば、彼らからすれば救世主が舞い降りたような感覚にもなるのだろう。


 とはいえ、そのような歓待に舞い上がっているわけにもいかない。ノーリへの支援は一切約束できない上、ノーリへの訪問自体が陽動なのだ。ここにあおばがいる、ということをアモイ側に知られなくては意味がない。


 だが、その陽動作戦は成功したと言っていい。数日前にあおばがノーリの近海へ姿を現し、入港する旨を先方に伝えた時点でアモイの行動は始まっていた。アモイの南部方面軍の活動が活発になった他、中央軍の動きも変化の兆しがあったからだ。もちろん、これはノーリ側にアモイのスパイがいるという前提だったが、実際にそれが証明された形となった。


 後はノーリ側と佳代子が会談を持ち、スパイの警告を発すれば、あおばの出番はここで終わりだ。中央軍の目を救出部隊の警戒から逸らせることができるだけでなく、副次的な効果としてアモイに嫌がらせができる上に、ノーリとも関係が持てる。


 もちろん、アメリアがいない今は攻撃や侵入を普段以上に警戒すべきだが、そこのリスクは承知の上だ。


「では、わたしは向こうさんと会談しに行ってきますね」

「どうぞ。艦は任せてください」


 佳代子が艦長席を立つと、菅野はヒラヒラと手を振って応える。


 今のところ、この艦唯一の2等海佐である松戸を除けば、最先任の幹部は菅野3佐となる。短期間だけとはいえ、艦長と副長が同時に艦を離れるのは異例中の異例の事態ではあるが、状況が状況でもある。


 佳代子が甲板に出て、随伴の隊員8名と共に桟橋へ降りる。後は案内役の指示に従い、時間を消化すればいいだけの話だった。


  *


 ダーリャ基地への襲撃部隊は6個分隊36名と艦艇2隻、ヘリコプター2機で構成される。


 ダリア側から参加している人員以外のほぼ全員が、陸自の補給品である小銃や暗視スコープで武装している他、魔法を扱える者が6名含まれている。


 2個分隊が建物への突入、1個分隊が直接支援、残り3個分隊が遠距離からスナイパーライフル3挺での狙撃支援を担当する。


 夜間にはそれぞれが陸路、または海路で基地まで接近、事前に隠しておいた物資を受け取って基地へ潜入する流れだ。


 ただし、夜になれば『摂理の目』と呼ばれる魔法が使われる可能性もある。それは事前の偵察で銀が時間と頻度を調べているが、いつも同じ時間にされるとは限らない。


 波照間を小隊長とした襲撃小隊は、銀が報告してきた摂理の目での警戒探知の時間の直後に基地へ接近、それぞれの位置について行動を始めていた。


 波照間率いるA分隊は、帆船リウカのスキャンイーグルが報告してきたダーリャ基地からの出撃報告を聞いた8時間後に砂浜へ上陸、爆破処理用の爆弾を複合艇に装備し終えたところで基地へと接近しつつあった。


 基地と外界を隔てるレンガ造りの壁の前に来ると、波照間は通信を飛ばす。


「じゃ、まずは偵察からよ。こちらA分隊、ライフル分隊、状況は?」

『こちらD分隊、敵の動きに異常なし』

『こちらE分隊、静かなもんですよ』

『こちらF分隊、ブリーフィング通りで安心してるって感じですね』

「よし、とりあえず壁の中を探してみてちょうだい。侵入地点に敵がいれば排除して」

『こちらF分隊、敵が扉を塞いでいるので排除します』

「了解」


 波照間が許可を出すと、銃弾が空気を切り裂く音が聞こえた。その直後、再び通信が入る。


『敵を排除。侵入を』

「了解。行くわよ」


 波照間は後続の6人に伝えると、縄梯子をかけて壁を登っていく。


 作戦の最終段階、矢沢の救出作戦『オペレーション・DID』はアモイ側の誰にも知られることなく、闇の中で秘密裡に始まっていた。

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