271話 サイレンス・レイド
「アメリア、怪しい反応はないか?」
「いえ、それらしきものはありません」
アメリアは施設の壁に張り付くように移動する大宮に、努めて平静に返答する。
隠密作戦は今までも何度かあったが、まともに参加したのはこれが2度目だった。ベルリオーズとの会談は確かに身分こそ隠してはいたが、あれは戦闘ではなくただの話し合いだ。場数を踏んでいない分、どうしても緊張はする。
魔力の探知に長けたアメリアは、なるべく自分が放出する魔力を最低限に抑えつつ、敵が発する魔力を探知する索敵活動に従事している。戦闘になった際は防御魔法陣での防御も担当のうちだ。同じように、他の分隊にもフランドル騎士団の兵士や銀、ライザが同じ目的で配置されている。
使えるものは使い、敵への対処を的確に行う。これまでほとんど自力でやってきたアメリアは、自衛隊の手法に感心させられるばかりだった。
外の世界は広い。今までアルグスタの屋敷やオルエ村だけしか知らなかったのが、今ではアセシオンを降し、神の力を分けられ、かつて復讐を誓ったエルフたちの国にまで足を伸ばし、復讐ではなく大切な人の救出作戦に従事している。
1年前の自分に話しても困惑するようなことが、今では当たり前のように起きている。これが夢なら覚めてほしくないと思えるほどに、今の生活は楽しい。
もちろん、エルフへの復讐心がないとは言えない。奴らがこの近くでのうのうと生活していることを考えると、今でも胸が締め付けられ、頭に血が上るような感覚がする。それも緊張の原因の1つにもなっていたが、何とか理性で抑え込んでいる。
「アメリア、アメリア!」
「は、はいっ!?」
いつの間にか考え事をしていたのか、アメリアは波照間に低い声で怒鳴られる。
「これから中に入るんだから、声を上げさせないで。ちゃんと索敵しなさい」
「はい、すみません……」
アメリアはしょんぼりと頭を垂れ、この作戦に集中していないことを反省した。
そうだ、今は目的に集中しなくてはならない。復讐はもちろんしたいが、そんなことは誰も望んでいないのだから。
*
強固な鋼鉄製の扉を開けると、石造りの廊下がその姿を現す。唯一の通用口らしいが、やはり警備員と思われる人影が3名ほど扉の奥に見える。
佐藤が扉を押し開けると、サウンドサプレッサー付きの89式小銃を構えた波照間と大宮が速やかに突入、盛大な発砲音と共に小銃弾を連射して瞬く間に3人を制圧。続いてアメリアや他の隊員たちが侵入する。
何も言うことはなかったが、誰もが「音が大きい」と心配していた。
ライフル用のサプレッサーは中~遠距離ならば大きな効果を発揮する。実際に先ほど外の敵を排除した狙撃手もサプレッサーを装備したM24と呼ばれるスナイパーライフルを使っており、波照間らからは発射音がほぼ聞こえなかった。
しかし、石造りの部屋の中は音が響く上、あまりに距離が近すぎる室内ではサプレッサーの消音効果は大きく限られる。小銃弾は音速を超え、更に音が大きくなることも原因の1つだ。
今ので潜入がバレたかもしれない。波照間は先頭を佐藤に譲り、アメリアに耳打ちをする。
「敵に動きは?」
「今のところありません」
「ありがとう」
波照間は手短に済ませると、再び佐藤の前に出て先へと進む。
建物は外からの見てくれこそ1階建ての普通の兵舎といった雰囲気だが、地下に続く階段があり、そこから5フロア分もの構造があるらしい。矢沢が囚われているのは4階部分で、まず目指すべきはそこだ。
薄暗い地下へ続く階段を降りるが、人影はない。アメリアによれば敵に動きはないとのことだったが、敵が意識的に気配を隠している可能性もある。アメリア以外の全員が暗視ゴーグルを着用し、敵との遭遇に備える。
地下2階への階段に差し掛かった曲がり角で、兵士5名が固まっているのをアメリアが探知した。彼女が指と身振りで敵の位置と数を教えると、波照間と大宮が再度前に出て小銃を発射。マガジン2本分の小銃弾を突然浴びせられた5名の兵士は、短い断末魔の叫びを上げて床に倒れ伏した。
すると、どこからか兵士らしき男の叫び声がフロア中に轟いた。
「何か音がしたぞ!」
「おい、やばいんじゃないのか!?」
口々に聞こえる、異変に気付く男たちの焦りを隠せない声。敵が侵入していることを悟られたようだ。
だが、これも予定通りだ。サプレッサーを使っても発砲音はある程度の範囲にまで届く。ここまで侵入できて敵の不意を衝くことができれば、それだけで敵の優位を崩せる。
「敵が侵入に気づいた、総員警戒を厳に」
波照間の注意で、敵に存在が露見したことで焦りを隠せなかった隊員たちの気が引き締まり、警戒度合いを引き上げる。
「背後から敵です!」
「よし」
アメリアの指示で環が後ろを向き、短剣を持って現れた2名の兵士を一掃する。しかし、その直後に曲がり角から火球が出現、その場で大爆発を起こした。
「っ!?」
前を歩いていた波照間からは、何が起こったかしっかりと見えていた。環とアメリアが爆発に巻き込まれ、波照間の脇まで吹き飛ばされてしまったからだ。
「大丈夫!?」
「……っ、心配いりません」
「はい、私も大丈夫です……!」
2人はふらつきながらも体を起こし、直後に現れた敵集団6名に銃弾を浴びせかける。接近戦を目論んでいたらしい敵集団は、そのまま小銃弾の餌食にされたのだった。
とはいえ、地の利は敵にある。こちらとの戦いのノウハウを蓄えていない敵に感謝しつつ、波照間らA分隊は先へと進んだ。
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