125話 取り入る者

「なんだと!?」


 玉座の間でヤニングスからの報告を聞いた皇帝は、烈火のごとく怒り狂っていた。


 パラメトル集積所は攻撃を受けて物資の3割が破壊され、グリフォンも30騎が直接の犠牲になると同時に、100騎前後のグリフォンが出撃不能に陥った。


 作戦に影響が出ると同時に、兵士たちの間では動揺が広がっている。どこからともなく現れた炎の飛槍と天馬は神の審判だ、という噂まで流れる一方で、その神の使いであるジンたちの参謀、エリアガルド・ウィンジャーからの極めて強い警告。

 噂が噂を呼んで部隊を日に日に弱体化させていく一方、アセシオンは灰色の船とジンという2つの脅威を抱え込んでしまっている。


「陛下、もはやこれまでです。レイリ・ミッドウェイは本格的に世界を是正するため動き始めています。このまま彼女の意向に逆らえば、本当に国を潰されかねません。奴隷を解放し、新たな体制を構築するのです」

「貴様、本気で言っているのか!?」


 ヤニングスが説得しようとするも、皇帝は怒りを鎮めることなく、逆に彼へ食って掛かる。


「奴隷を使わずして、どう経済が成り立つ? 奴らを使うことで富が生まれ、それを貴族が享受する。その原則が崩れてしまえば、もはや国どころではない! 支配層が崩れた国が成り立つと思うか?」

「ライザの情報によれば、彼らは奴隷の存在を違法と考え、全ての労働者は仕事を選ぶ権利を持ち、彼らに賃金を払うことで自主的に労働させています。ギルドを開放すれば、労働の自由化と経済圏の大規模化は難しくないはずです」

「そうすれば貴族が受ける富が奴らに流れると言っているのだ!」


 皇帝はまたしてもヤニングスの胸倉を掴み、顔の血管がはち切れんばかりの怒りの形相を彼に向けていた。


 現在の封建制度が崩壊すれば何が起こるかわからない。下層の人々が力を持てば、フランドル騎士団のような反抗組織の出現を許すことにもなってしまう。

 今の奴隷や平民たちは徹底的に縛られているせいで最小限以下の経済力しかなく、その日を暮らすことで精一杯の状態になっている。貴族や国に物申す力も気力もない中で暮らしている影響で、アセシオンは大規模な反乱が起きていない。


 ヤニングスの言う通りにすれば、平民や奴隷が再び力を取り戻し、貴族への反乱を起こすことが考えられた。皇帝はその影響が波及するのが怖いのだ。


「ですが、そうしなければ国を潰されます。ウィンジャーは彼らジエイタイと手を組むと言っていました。1国をも滅ぼしかねない神の力と、人知を超えた未知の超技術の標的は、諸侯とあなたです。このアセシオン全体ではありません。特権階級をピンポイントで標的と定めているのです。既に旗色も悪い。このまま抵抗を続ければ、敗北どころか貴族が全て処刑されるような事態にもなりかねません」

「それを阻止するための近衛騎士団と領主軍だろう! もういい、話にならん。養成学校時代から作戦の神様と言われていたからこそ、お前に戦車の力を与えたのだ。それなのに、お前は今回の事件でほとんど活躍しとらん! それどころか敵に塩を送る始末だ!」


 皇帝の怒りはもはや制御不能に陥っている。ここでヤニングスが『あの船と直接矛を交える機会がなかったためです』などと言ってしまえば、今度はヤニングスの部下に貶められるだけでは済まないだろう。

 皇帝は自らの権力維持に腐心している。後先を考えるような余裕もないと見える。


 真の悪者はここで悪知恵を働かせるものだが、そもそも皇帝はそんな器ではない。前帝が死去した際には、長男であるフィリップが帝位を継ぐはずだったが、誰かに暗殺されて現皇帝のジョルジュに受け継がれた。

 その暗殺者は確実に陛下ではない。皇帝になる心構えすらできていなかった彼ではなく、諸侯の誰かが皇帝を操り人形にするために仕組んだのだとヤニングスは考えていた。


 その時、ノックの後で玉座の間の正面扉が開け放たれ、1人の老人が皇帝の前に現れた。

 陛下が帝位に就いた後で最も勢力を伸ばした貴族、サリヴァン伯爵だ。川のように長い顎髭を揺らし、余裕の笑みを浮かべている。


「陛下、ベルリオーズが灰色の船と接触したようです。会談の内容は不明ですが、何らかの裏取引があったものと思われます」

「何だと? 奴は裏切る気か!?」

「いえ、彼らの懐柔に乗り出したようです。便乗するならば今でしょうが、どうされますかね?」

「却下に決まっておろう! 奴らめ、まだ世界の支配者面しおってからに。ジンの時代はとっくに終わっている、今は人族の時代だ!」

「仰せのままに」


 サリヴァンは恭しく一礼すると、ヤニングスを一瞥して去っていった。

 ヤニングスは他人に取り入ることが苦手だ。おべっかもうまく使えないせいで、これまで幾度となく苦汁を舐めてきた。それを生まれ持った戦の才能と運でカバーしてきたが、やはり最後はコネの強さが響いてくる。


 対して、サリヴァンは人を使うのが上手い。彼が持つ影響力は計り知れず、莫大な富を持つ辺境伯の地位も相まって、同じ辺境伯だが力を落としているベルリオーズどころか、アセシオンを築き上げた歴史を持つ侯爵2家よりも影響力は強い。

 灰色の船には奴隷貿易をかき回された恨みもあるらしい。この負けが見えている戦争を強く支持するのも、何か裏があってのことかもしれない。


 どうしてこうなってしまったのだろうか。国を持たない武装集団たちに国が脅かされるなど、本来ならばあってはならない。


 片やアセシオンはヤニングスが力を発揮できず、意思決定は無能が行い、更に諸侯たちの思惑が渦巻いて弱体化している。周辺国もアセシオンの拡張政策のせいで基本的に敵対中、大口の同盟国アルトリンデは極めて遠く、軍の派遣要請は無駄だろう。

 片や彼らは同じ思想の下で団結し、思う存分腕を振るっている。フランドル騎士団が情報収集と後方支援、灰色の船が強大な技術を背景にした戦術攻撃と交渉、そしてジンは恐らく戦略偵察役かオブザーバー、交渉窓口に収まるだろう。

 一枚岩になるべき時に団結できない国家と、出自は全く違うが目的を統一して協力している武装集団。かくも違いが出るものなのか。


 こうして勝ち戦は負けるものだと、彼は玉座の間を出たところでぼんやりと考えていた。

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