33話 ユーディス偵察
会合から3日後、ユーディス近郊の草原地帯にある洞窟に集合した作戦決行部隊は、現地住民に似せた服装をそれぞれ着込み、出撃準備を終えたところだった。
フランドル騎士団の情報によれば、ユーディスは領主であるディトルム家の意向で外国の商人に対して税金を安く抑えており、国内でも有数の商業拠点となっているという。限定的ながら自治権も認められており、かなり自由度の高い都市と言える。
そのおかげかフランドル騎士団の密偵も数多く潜り込んでおり、騎士団による商人の監視も行き届いている。今回は騎士団の協力者である下級貴族と接触し、邦人が存在しないか確認をする予定だ。
黒い革ベストとチュニックを着込んだ矢沢は、AH-1Zの前に集まった自衛隊員5名とアメリア、ロッタ、フランドル騎士団の2名を前にして口を開く。
「では、これより2チームは別行動を行いつつ情報収集を行う。私がリーダーのアルファチームは荷車で、ロッタ君がリーダーのブラヴォーチームはヘリと徒歩で街へ潜入する」
「待て」
矢沢の状況説明をロッタが急に阻止する。
「質問は後に──」
「次にロッタと呼んでみろ、タマを潰すぞ」
「──っ」
ロッタが発する気迫が矢沢の背筋を凍らせる。大事な作戦のブリーフィングを中断させてまで怒りを露わにする辺り、相当気にしているようだ。
隊員たちやアメリアがクスクスと小さく笑う中、矢沢はなるべく平静に続ける。
「アルファは街の状況確認と現地データ収集に注力し、ブラヴォーは協力者と接触の後に市場調査だ。その場で邦人を発見した場合、なるべく救助を念頭に、状況に応じて判断するように。では、作戦開始」
「「「了解」」」
隊員たちは一斉に返答すると、それぞれ荷車やSH-60Kに搭乗する。護衛のAH-1Zが先に離陸し、続いてSH-60Kがその場を離れていった。荷車は幌をかけ、中が見えない状態にした上で出発した。
* * *
ユーディスに入ってすぐに思ったのが、思ったより都市の構造が理路整然としていることだった。
高い石造りの城壁に囲まれた街の内部は、どちらかといえば古代ローマの構造に似ている気がした。
異世界といえば中世ヨーロッパを思い浮かべるし、中世ヨーロッパといえば東西共にキリスト教が幅を利かせていた時代。もちろん都市は教会や井戸、市庁舎が中心となって建設される。
ただ、この街は違う。建物の様式は中世のそれに似てはいるものの、街の中心部は長大な商店街が通っていて、様々な商店が軒を連ねている。その多くは住居も兼ねていて、ほとんどが2階以上の建物だった。
最初から商業都市として建設された都市。だからと言って、中世の商業都市とも少し違う。あたしの第1印象はそうだった。
「カオリ、カオリ!」
「えっ?」
通りの店を眺めながら歩いていると、ロッタちゃんにショールを引っ張られた。眉をひそめている辺り、何かに怒っているのだろうか。
「どうしたの?」
「こっちだ。よそ見をするな」
「あ、はい……」
情報収集に集中しすぎて、道をそれてしまったらしい。子供みたいに怒るロッタちゃんの後に続いて、農民に扮した騎士団の2人がついてくる。
表通りから裏路地に入り、木製の古びたドアから3階建ての建物にお邪魔する。中は思った通りボロい廃屋で、小ぎれいな表通りの建物とは全然違っていた。少し通りから外れただけでここまでの落差があるのだとしたら、一体どれほど街の治安は悪いのか。考えたくもなかった。
「着いたぞ。ここは我ら騎士団のセーフハウスの1つだ。自由に使ってくれて構わない」
「この建物全体なの?」
「そうだ。主に情報収集目的で利用する」
ざっと室内を見渡して、様子を確認する。暖炉や台所は1部屋にまとめられていて、まるで東京の1人暮らしに使う小さなアパートのような趣を感じる。
「ちなみに、カーテンも完備してある。そろそろ奴が来る頃だから、もう閉めておくぞ」
「はーい」
ロッタが黒いカーテンを閉めると、部屋の中は真っ暗も同然の状態になった。そこに付き添いの若い女騎士が指に火を灯し、ロウソクに移して明かりを作った。
「火を起こすのも魔法でできるの?」
「まあね。魔法は訓練しないとできないけど、その分便利なのよね」
若い女騎士は妖艶な小悪魔のように小さく笑った。何歳なんだろう、と思いながらポケットから銀色の包みを取り出したカロリーメイトをかじる。
それからしばらくすると、玄関のドアからノックが聞こえてきた。規則正しく2回、そして数拍置いて3回。何かの暗号に違いない。
「来たか。お前たち、外の警戒を頼む」
「「了解」」
若い女騎士と見習いらしい少年騎士が、それぞれ窓の近くと玄関付近に立ち警戒態勢を取る。
「それじゃ、合言葉を。金、暴力」
少年騎士がドアに声をかけると、向こうから「そんなんじゃ甘いよ」と聞こえてきた。一体どういう掛け声なのかわからないけど、魔法による翻訳も言語以外は翻訳できない可能性があることはわかった。
ただ合言葉は合っていたようで、少年騎士は頷いて扉を開けた。
入ってきたのは、30代くらいの小太りの男だった。アッシュブロンドの髪は手入れがされていないのかボサボサで、服装も近世貴族を思わせる青い上着やキュロットを着ているものの、どこか薄汚れている。貴族なのに見た目に気を遣わないのはどうなのよ。
「はは……遅れてすまないね、ロッタちゃ──」
「黙れ子豚が!」
小太り貴族はロッタちゃんに話しかけたところ、逆に強烈な蹴りを股間に受けていた。当然ながら、小太り貴族はそこを抑えて床を転がる。
「全く、ロッタと呼ぶなと何度言えばわかるのだ」
ロッタちゃんは平然と言うけど、小太り貴族は聞くほどの余裕がなさそうだった。
「ンンッ、ンギモッチイイィィィィ……!」
「えぇ……」
ただ、これまで色々な人を見てきたけど、金的を受けて興奮するような人種だけは今後一生かかっても理解できない自信がある。
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