286話 出せない答え
「そうか、我々は連れて来られたわけか……」
「はい。僕とレイリもその結論に至っています」
矢沢は飛行甲板の落下防止用ネットに手をかけて夕陽を眺めながら、リアの言葉を聞いていた。
連れて来られた、という言葉の意味は大きい。ただ何らかの事故で迷い込んだのではなく、そこには誰かの悪意が入り込んでいる、ということだからだ。
その誰かは見当がついている。象限儀を持っていると推測されるダイモンの一派だ。
この世界と敵対する種族。彼らがなぜ地球に干渉してきたのか、全くもって謎だった。
「ですが、なぜ彼らがアース……いえ、地球に介入したのかはわかりません。やはり侵略としか考えられないんです」
「ああ。私もそれを危惧している」
「だとすれば、時間はあまりありませんね」
「そうらしい。だが、君の話で気になっていることがある」
矢沢はリアから聞き及んだ話の中で、どうしても気になることがあった。忘れないうちに、それを聞いておくことにする。
「君の話が本当なら、既にダイモンは地球へ侵攻するための手段を持っていることになる。象限儀を暴走させずに本来の用途で使えるということは、つまりそういうことだ」
「もしかすると、同時多発的に侵攻するつもりなのかもしれません。僕も象限儀を通して地球のことは少しわかります。あなたたちの体制なら、きっと分散と同時多発的な奇襲が有効手段でしょう。早期に頭を潰してしまえば、反撃の機会を奪い取れます」
「ということは、象限儀の能力を複数の味方に与えている、ということになる」
「そうでしょうね。最近は象限儀の暴発が何度も起こっています。だけど、ダイモンは神器の力を扱えないどころか、手に触れることさえできないはずなんです。それをどうやって解決しているのか……」
リアは普段の彼らしくもなく、飛行甲板に膝をつき、頭を抱えるばかりだった。
彼らのスタンスや情報への認識の相違など、明らかに人間のそれとは違う感覚を持っているのは矢沢も承知している。それはただ単に「神に近い存在だから」ということで納得していたが、そうではないのかと思うこともある。
彼らはあまりにも人間らしい。こうやって解決が難しいことに頭を悩ませる姿など、人間の所作そのものだ。
それは彼らを創造したのも元人間の神様だから、と思うことで納得できたが、それだけでは説明できないこともある。
人間なのか、神様なのか。彼らの場合、そのどっちつかずの様相が、得体のしれなさという不気味さを与えてくる。
本当は彼らに操られているのではないか。そう思ったこともある。
いずれにせよ、本気で信頼に値するかどうかは未だに未知数なところもある。彼らの話は眉に唾をつけて聞く必要があるだろう。
はぁ、とリアはため息をつきながら、矢沢と同じく沈みゆく夕日に目を移した。そして、話の続きを口にする。
「エルフたちの行為には、正直に言って怒りを覚えています。あまりに独善的に過ぎ、そして歪です。何度神様の命令を無視して彼らを滅ぼそうかと思ったことかわかりません」
「そうか、君たちは人間たちを守ると、そう言っていたな」
「はい。この世界に生きる人間たちは神の子です。エルフやゴブリンたちもそうですから。なので、僕たちには彼らを守る義務があります。今でこそエルフはああなってしまいましたが、それでも守るべき者たちです」
「守る者の辛さ、か」
矢沢はリアの愚痴にも近い呟きに、少しばかり共感を覚えていた。
何度か自衛隊反対のデモに遭遇したことがある。彼らは日本国民だが、その国民を守る自衛隊の存在を悪と見なし、廃止を訴えている。それでなくとも基地への反対活動などで抗議の声が完全に止むことはない。
自衛隊側にも落ち度があることならば批判を受けるのは当然だが、誠意をもっても自衛隊そのものを否定する発言も普通に見られた。今でこそ東日本大震災やその他の災害派遣で自衛隊の認知度は上がったが、それでも反対する人間はいるものだ。
自衛隊に所属する者として、彼らのことを疎ましく思ったこともある。なぜ自分がこのような者たちを守らねばならないのか、と。
だが、それは違うと自分で折り合いをつけてきた。守るべき者に貴賤などない。彼らは誰もが日本を構成する日本国民なのだから。
そう思えば、リアが奴隷のことで苦悩するのもわかる気がした。
人間たちを積極的に指導して歴史を作ったのでは、ジンが世界の覇者、いや、保護者として認識される。それでは彼らはいつでも子供のままだ、と。
結局、彼らもどうすればいいのかわかっていないのかもしれない。この世界の神に近い存在として、どう世界と折り合いをつけていけばいいのかを。
矢沢はリアへ向き直ると、三角帽子の下から覗くリアの少女のような細い顔立ちをじっと見つめる。
「私たちは、異世界という名のだだっ広い海を漂う漂流者だ。君たちは私たちを導く水先案内人になりうる。正しいと思えるような道を、君たちも選ぶべきだ。私はそう思っている」
「正しいと思える道、ですか……」
リアは少しばかり逡巡すると、矢沢へと目線を合わせた。青く透き通るような瞳が矢沢を見据えると、口もとに柔らかな笑みを浮かべる。
「それを世界に強制させられるのが僕たちジンです。答えなんか出せるわけないじゃないですか」
「それもまた答えじゃないか」
「あはは……それもそうかも」
リアは腕を背に回し、矢沢を見上げて破顔した。少女にしか見えないリアの可愛らしい顔は、どことなく矢沢に妙な気分を覚えさせる。
「物は言いよう、かな。結局、神様だって物理法則には逆らえないんだから」
考えるのをやめたらしいリアがそのまま笑い声を上げ続ける。ダーリャの街へ進みつつある艦の甲板上は、しばらく彼の柔らかな声に包まれていた。
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