83話 ガルベスの決意
フランドル騎士団や自衛隊の協力もあり、サザーランドの反乱は鎮圧された。しかし、情報提供者兼水先案内人であるアメリアに加え、邦人の瀬里奈を拉致されてしまった。結果的に自衛隊側の敗北と言っていい。
矢沢と佳代子が右舷格納庫に入ると、文字通り大破したAH-1Zの機体が目に飛び込んでくる。
「これはひどいな」
「そんなぁ、もうボロボロですよう……」
機体の半分近くが焼け焦げ、溶けかかっている個所も散見されるAH-1Zの惨状を見て、矢沢も佳代子も驚きの色を隠せなかった。
当時、ヴァイパーは上昇して回避機動を取っていた。それを考えるとブレスの照射時間は3秒にも満たないだろう。噴射していたのは軍用の火炎放射器のような「火のついた燃料」ではなく「炎と高温の熱風」だが、それでも重装甲である攻撃ヘリの機体を大破させるほどの威力を持っている。
機体が高温になった影響か、三沢と横田も軽い火傷を負っていることが確認されたので、ヴァイパーの出撃は時を置くことになるだろう。それまでは格納庫に放置しておくしかない。
「まさか、奴が直々に出てくるとは露ほども思わなかったからな。無事に帰ってきただけでも相当な幸運だ」
「そうそう。騎士団長ヤニングスの赤いドラゴンは歴代の王に仕えていて、その強さも半端じゃないの」
ロッタとフロランスも神妙な面持ちで言う。魔法が幅を利かせるこの世界であっても、巨大生物は相応に恐ろしいものであるらしい。
ただ、ドラゴンは別次元の強さを持つ。あおばを襲った海竜は高張力鋼製の船体に穴を開け、赤いドラゴンは不利な状況下だったとはいえ、戦闘ヘリであるAH-1Zを戦闘不能に追い込んだ。その戦術的価値は極めて高いと推測される、まさに悪魔と言うべき存在だ。
それに、まだ基本的なことを聞いていない。矢沢はフロランスに質問を投げかけた。
「敵の強さはよくわかったが、まずヴァン・ヤニングスは何者か聞いておきたい。どういう人物だ?」
「彼は近衛騎士団陸軍部の司令官で、実質的な騎士団の団長。国の英雄とか言われていて、彼に勝った人は今まで誰一人としていないらしいのよね」
「実際、とんでもない強さを持っている。1年前にサシの決闘をする機会があったのだが、全く攻撃の隙を与えてくれなかったな。奴の太刀筋が全然見えんのだ」
「あの時はセーラちゃんが幻術を使ってくれたから逃げ切れたのよねー」
ロッタは重苦しい表情をしていたが、フロランスは感慨深そうに思い出していた。大変だったのはロッタの方だと思うのだが。
「いずれにせよ、それほどに強力な相手だということだ。お前たちは魔法防壁を無力化できる武器を持ってはいるが、油断は禁物だぞ。我々も奴の能力を全て見極めたわけではない。奴はレイピアとブロードソードを常に佩いているが、ブロードソードを使っているところは誰も見たことがない」
「常に持っているなら、もしかすると本気を出すためかもしれませんね! ふふはははーっ、わしにこの刀を抜かせるとは、お主もやりおるのぉー! みたいな」
「そういう可能性が本気でありえるのが怖いところなのよね」
「え、そうなんですか……?」
佳代子はほぼ完全におふざけで言っていたが、誰も笑わないどころかフロランスはため息をつく始末だ。それにつられて、佳代子も俯いてしまった。
だが、矢沢は俯いてなどいられなかった。半ば溶解しかかったAH-1Zの機体を見つめ、二度とこんな醜態をさらさないこと、そしてアメリアと瀬里奈を助けるのだと心に誓うのだった。
「では、修復をよろしく頼む」
「ふふ、もちろんよ。1時間以内に終わらせるわ」
フロランスは手をひらひらと振り、格納庫を後にして飛行甲板に出る矢沢と佳代子を見送った。
思えば、あおばが今も問題なく稼働できているのはフロランスの『奇跡の力』のお陰なのだ。オーバーホールどころか補給も必要なく、大きな損傷も部品いらずで数時間のうちに完了させてしまう。まさに神の力そのものだ。
とはいえ、実際に戦うのは彼女ではなく、前線に立つ兵士たちだ。彼らの能力が十分に発揮できる環境づくりも大事な要素だが、正面戦力の充実も問題になる。
日本は明治の海軍創設から現在の海自に至るまで、補給や後方支援を軽視し正面戦力の拡充に注力している。それが今では真逆の、補給は十分だが敵に対抗する正面戦力が足りない状態となってしまった。
過剰とも言えるほどの手厚い保護がありながら、戦闘力や情報収集力は乏しい。現状を打破するには、搦め手を使うしかないのだろうか。
ランチェスターの法則という戦闘における法則があるが、これは基本的に戦力が多ければ多いほど優位になる。特に地球の現代戦や、この世界での魔法の戦いのような集団戦闘なら数の優位はより顕著になる。
騎士団長ヴァン・ヤニングスの排除。それは暗殺に頼ることになりそうだ。
『総員警戒、侵入者あり! 敵は跳躍で我が艦へ侵入しつつあり!』
「なんだ!?」
突如、航海長の鈴音が艦内放送を流す。かなり焦った声色で侵入者の襲撃を伝えていた。
「うわぁ、襲撃ですよう!?」
「落ち着け。落ち着いて対処を──」
矢沢が言い終える前に、飛行甲板にその侵入者が豪快に着地した。
小柄な体躯に黒い短髪、そして子供らしい大きめの目をした少年。オルエ村のガルベスだった。
「君、どうしてここへ」
「どうしたもこうしたもねえよ! お前らが悪いんだ、お前らが!」
ガルベスは怒りのあまり唾を飛ばしながら叫ぶ。矢沢は声のトーンを抑えめに言うが、彼は全く意に介さない。
彼がここに来た理由は、ほとんどわかっている。数十分前にオルエ村に降り立った飛行物体はアメリアたちを連れ去ったドラゴンだ。彼はそれを目撃しており、矢沢をなじりに来たのだ。
「アメリアが連れ去られてしまったことは私の監督責任の問題だ。すまない」
「ごめんで済んだら自警団なんかいらねえんだよ! その代わり、オレもアメリア姉さんを取り戻す! いいな!」
ガルベスは矢沢に掴みかかり、顔を近づけてまた唾を飛ばした。矢沢はどうにかしてほしいと思いながらも、顔にも口にも出さず彼の目だけを見つめ続ける。
「いいんだな? 敵は明らかに危険な存在だ。君の手には余る」
「オレは決めたんだ、アメリア姉さんを助けるって!」
彼の目は本気だった。どれだけ言おうと聞く気はなさそうだ。
「……わかった。だが、我々は勝つためには何でもする軍隊だ。汚い手ももちろん使う」
「どんと来いだ」
「覚悟はできているようだな」
矢沢はガルベスをそっと体から離すと、顔を拭きながらその場を後にした。
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