48話 弾道ミサイル防衛

「エグゼクター1、発進します」


 アメリアを乗せたSH-60Kが甲高いローター音を響かせながら空へ舞い上がった。


 空には第2次攻撃隊と思われるグリフォン隊が上がってきている。彼らの駆逐は主砲とSM-2が行うが、それでも不安要素は大きい。


 だが、それでもアメリアには関係なかった。自分にできるのは、このくらいなのだから。


  *


「エグゼクター1が発進。敵のグリフォンも迫っています」


 菅野はレーダー画面を見ながら次々に報告を行う。現在のあおばは隕石迎撃に通常の対空戦闘、対水上戦闘をこなしつつ、騎士団がいるとはいえ無防備に近いアクアマリン・プリンセスの護衛まで行う必要があり、大きな負担を強いられている。その戦闘の基幹となるのが情報収集であり、レーダーを所掌する菅野の立ち位置は重要だと言える。


 その情報を基に、矢沢や佳代子、徳山らは戦闘を進めていくのだ。


「対空戦闘、CIC指示の目標。SM-2攻撃始め」

「SM-2発射用意。トラックナンバー2831から2837。ミサイルアウェイ」

『こちら艦橋、ミサイル正常飛行中』

「主砲発射用意。近づく目標に対し順次射撃開始」


 艦橋前とヘリ格納庫上部に配置されたVLSから交互に艦隊防空ミサイルのSM-2が発射されていく。ミサイルのブラストによりVLSの過熱を防ぐため、基本的にミサイルは離れたセルから発射されるためだ。


 続いて、あおばから20キロ圏内に迫るグリフォンは、甲板前部に据えられた米国製127mm主砲が対処することになる。こんごう型のイタリア製127mm砲に比べれば対空攻撃は重視されていないものの、軽攻撃機程度の速力しかないグリフォン相手にはこれでも役不足に過ぎた。


 ミサイルと主砲弾は次々に繰り出されるグリフォンの群れに襲い掛かり、空中に灰色の花を咲かせた。


「しかし、あれだけの能力を見せつけても退かないとは……」


 次々に消滅していく敵航空機のマーカーを見ながら、矢沢は小さく呟いた。


 この世界においては既に航空戦が発達しつつある。最初に50騎を超える編隊を出してきたのも、我々を甘く見ていない証拠だった。


 そして、それを赤子の手をひねるか如く瞬殺してみせたあおばを相手に、今度は隠し玉さえ出そうとしている。彼らの戦意はその隠し玉に裏付けされているのだろうが、これを阻止すれば敵の進行は止まるだろう。矢沢はそう考えていた。


 矢沢はヘリに通信を入れ、アメリアへ話しかけた。


「アメリア、何かわかったか?」

『前方集団を確認しましたけど、そこには兵士しかいません』

「そこはいい。まずは隕石を放とうとしている奥の集団を最優先で探してほしい。特に旗艦らしい大型船は念入りに頼む」

『はい!』


 アメリアのひと際元気な返答を最後に、ヘリとの通信を終える。


 病気を抱えているのに、普段は使わないという魔法まで惜しげもなく使い、無理をしてまで戦闘に臨んでいる。彼女の力の源は一体何なのだろうか。


 前にあれだけ忠告したのに、まだ復讐を考えているのだろうか。そうだとすれば、何としても考えを改めさせなければならない。アメリアがあおばや邦人に対し危険を及ぼすことも考えられるし、そもそもアメリア自身が不幸になるだけだ。


 女心はわからない、という以前に、アメリア・フォレスタルという人間のことがまずわからない。


「艦長、艦長!」

「……む」


 気づけば、アメリアのことばかりを考えていて、徳山の声に全く気付いていなかった。


 矢沢はハッと現実に引き戻され、主モニターに目を向ける。


「すまない、何だ」

「アメリアから報告です。敵旗艦と麾下の戦隊に捕虜は無し。後方の4隻に対し対艦ミサイルによる撃沈を具申します」

「任せる」


 矢沢は短く答えると、着席しながら深呼吸を行った。


 アメリアのことを考えるのは後回しでいい。それより、彼女を含めた全員が生き残ることが最優先だ。


 それを達成するために、徳山は17式艦対艦ミサイルの発射準備を進めている。


「目標、敵旗艦及び麾下の戦隊。1隻につき1発でいい」

「了解。目標、敵旗艦及び麾下戦隊!」


 対艦ミサイルの管制員が繰り返すと、彼のモニターにデータが送られる。

 その時、アメリアから通信で報告が届く。


『ヤザワさん、私もお役に立てましたか?』

「ああ、君はよくやった。引き続き警戒を頼む」


 ヘリは偵察を終え、旗艦の前で旋回してあおばに戻りつつあった。


 だが、敵も簡単に反撃を許してはくれなかったようだ。


「ヤザワ、敵が魔力を解放した。落ちてくるぞ。逃げるなら今だ」


 ロッタは震える声で言うが、矢沢は何も言うことはなかった。そして、ロッタの言葉を裏付けるかのように、菅野が声を抑えながら発する。


「宇宙空間より隕石の落下を探知。距離1500キロメートル」

「副長、後は頼む」

「はいっ! あたしに全部お任せしてくれちゃってください!」


 佳代子は花のような笑顔を見せて矢沢に敬礼すると、次の瞬間には真面目な表情になり、CICスタッフに次々と指示を出していく。


「SM-3、SM-6発射用意。ミッドコース、ターミナルで迎撃を行うと共に、次弾発射阻止の措置を取る。エグゼクター1、直ちに帰還せよ!」

「了解。BMDモードに移行、SM-3、SM-6発射準備」

『こちらエグゼクター1、直ちに帰投します』


 ミサイル防衛、もといBMDを専門に行うBMD士が返事をすると、主モニターに高度と標的の位置が表示された。隕石は南から接近しており、そのままあおばへの直撃コースを取っている。

 続いて、偵察を終えたSH-60Kがあおばへの帰還コースに入る。


「隕石を捕捉。直径は推定で8メートルから12メートル、数は4」

「おっけー、SM-3の弾頭で壊せるかはわからないけど、やってみましょう! SM-3発射! 発射弾数は1発につき1基!」

「了解。SM-3発射! バースアウェイ!」


 前後のVLSから弾道弾迎撃ミサイルであるSM-3 Block2Aが連続で発射された。現在のあおばが搭載するSM-3は4基のみであり、通常は2基ずつ発射するが数が足りていなかった。本来ならば24発が搭載されているところ、インド洋への派遣に備えてVLSのほとんどを通常の対空ミサイルに置き換えてしまっていたからだ。


 とはいえ、これで砕けなくともSM-6による下層防衛がある。佳代子はそれを期待しているのだった。


 空高く昇っていくSM-3のマーカーを見ながら、佳代子は自分の仕事をこなせることにワクワクしながらも、失敗しちゃったりしないかどうか考えて緊張していた。

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