80話 捕らわれの姫たち
『ライザ、聞こえていますか』
「ええ、よく聞こえています」
ライザは気絶したアメリアを抱えながら、アルルの森を歩いていた。後ろには同じく気絶したセリナを連れたアリサも一緒だ。
この近辺はオルエ村という半ば独立した村落があるという。アルルの大森林自体が超巨大要塞になっている上、レゼルファルカを始め強力な魔物の住処でもある故に領主のベルリオーズ辺境伯も近づこうとはしない。彼曰く、労力と利益が釣り合わないのだそうだ。
だが、彼らジエイタイにそんなことは関係ないだろう。徹底的に鍛え上げられた精強なグリフォン部隊をハエのように叩き落としただけでなく、魔法に対して高い耐性を持つ近衛海軍のファルザーでさえ一撃で破壊してしまったのだから、この近辺の魔物など怖くはないはずだ。
アメリアお嬢様に加え、セリナという少女を連れ去ってしまった今、その圧倒的な武力はライザに向いていると思った方がいい。ヤニングスと連絡が取れたことはかなりの幸運に値する。
「ヤニングスに報告です。捕虜になっていたアリサと共にジエイタイの船から脱出、捕虜も連れて首都へ向かうところです。よろしければ、ピックアップを願いたいのですが」
『承知。手前が迎えに行きましょう』
「感謝します。それでは、僕らはオルエ村に移動します」
ライザが礼を言うと、通信が一方的に切られた。これ以上は直接会って話せばいいのでそちらは問題ないものの、目立つランドマークがオルエ村しかないということが気がかりだった。
オルエ村は独立志向が強い。ベルリオーズ伯の徴税を妨げている理由の1つで、近づくよそ者は徹底的に攻撃を仕掛ける傾向にある。
だからと言って、この場で信号波や火球で誘導するのは避けたい。ジエイタイに見られてしまえば、たちどころにヤニングスが駆るドラゴンが撃墜されてしまう可能性さえある。
その危険性を考えれば、一時的にでもヤニングスのドラゴンで村を威圧してもらう方が遥かに安全と言える。
方針は決まった。ライザはアリサに向き直る。
「これからオルエ村に移動するから、ヤニングスが到着するまで隠密行動を頼むよ」
「わかったわ。全く、行き当たりばったりなんだから」
アリサは頷くと、そのままライザの後ろを歩き始める。
ある程度の戦闘行為はやむを得ない。ただ、安全に帝都までたどり着けるかどうか。ライザはそれだけを心配していた。
* * *
「彼は?」
「気絶しているだけよ。後はお願いね」
「了解した」
フロランスは気絶したデゼルを目の前にして、穏やかな笑みを見せていた。あの後、フロランスがデゼルを黙らせたらしい。
結局、彼は何を考えていたのだろうか。それは後ほど明らかになるにしろ、これ以上の面倒ごとはごめんだ。
だが、矢沢にはまだ気になることがあった。
この反乱に元からの捕虜であるデゼルが参加していたとなると、先に捕らえていたアリサやパベリックも同様にどこかで活動しているのではないか。
「捕虜の反乱か……」
矢沢はため息をついた。捕虜の反乱行為はドイツのユダヤ人収容所やオーストラリアの日本人収容所で散発的に起こってはいるものの、武器が貧弱なためにほとんどが失敗に終わっている。
だが、この世界では全く事情が違う。彼らは魔法という生まれながらに人を殺傷できる能力を持っている。反抗の手段を奪うことはできない。
この世界で軍人や傭兵を捕虜に取るのはまずいことなのだろう。それこそ、アメリアやロッタのように強い者を捕らえたところで、いつかは脱走されるのがオチなのだから。
そうなると、この世界での捕虜の扱いは厳重にしなければならない。
「なるほど、ここにいたか」
デゼルを移動させようとしたところ、背後から声をかけられた。
「何者!?」
波照間がすぐさま反応した。USPを声の主へ向ける。
そこに現れたのは、プリンセスで支給されている地球の服を着込んだパベリックだった。だが、一般人がそうするように真っ直ぐ立っているだけだった。腰を低くして戦闘態勢を取るでもない。
「両手を上げて降伏しろ」
「元から反乱者ではない。俺は命が惜しいのでな」
パベリックは両手を上げながら平然と言う。どうやら本当に敵対の意思はないらしい。
「この反乱はただの陽動だ。ライザ・ソコロヴァの指示で起こせと言われた」
「ライザ?」
「近衛騎士団のオフィサーだ。お前たちの言葉では『エージェント』と言った方が正しいか」
エージェント、つまりスパイだ。ライザというのは潜り込んでいたスパイの名だろう。
「それで、何が目的だ?」
「この船を無力化するためには、海戦や空襲では分が悪すぎる。かと言って、フランドル騎士団のこともある故に陸から攻めるにも困難を極める。そこで、人質を取って抵抗力を奪おうと考えた。今は森のどこかにいるはずだ」
「人質……だと?」
「誰、誰をさらったの!?」
戦慄する矢沢を押しのけ、波照間が怒りの形相を湛えながらパベリックに掴みかかった。人質を取られたことに腹が立ったのか、騙されたと思っているのかはわからない。
パベリックは服の襟で首を軽く圧迫されて冷や汗を流していたが、素直に答えた。
「先ほど森に出かけたアメリアという少女に加えて、2本の三つ編みを垂らした少女だと聞いている。アリサも一緒だ」
「まさか、瀬里奈ちゃん!?」
「何ということだ……」
波照間は脱力しながらパベリックを離し、矢沢はデッキの壁に拳を打ちすえた。
この期に及んで、再び拉致を行うなどふざけているのも程がある。連れ去られた邦人を取り返していたことへの当てつけか。
そこに、追い打ちをかけるように、あおばから連絡が入る。
『かんちょー、かんちょー! ご無事ですか!?』
「危うく死にかけた! 副長、もう少し考えて行動したらどうだ!」
『ううっ、ごめんなさい……』
佳代子は怒りを隠そうともしない矢沢の怒気に気圧され、怯えた子犬のような声で詫びを入れたが、彼女のことなので内心ではアッカンベーをしているに違いない。
「……そのことは帰ってから言う。今は報告を聞こう」
『あ、そうでしたぁ……えっとですね、オルエ村付近にブリップが出ました! SPY-7が高度3000メートルから捉えているので対空目標で間違いないと思います!』
やはり怒られても内心では無視していたらしく、すぐさま普段のややふざけた口調に戻る佳代子。ただ、その声は焦りが見えていた。
だが、この世界に対空目標というのは解せない。確かにドラゴンやグリフォンといった生命体はいるものの、野生の個体は人族やエルフなどには積極的に近づこうとしないらしい。それが村に現れたとなると、かなり気になる話だ。
「対空目標? ノイズの可能性は?」
『ありませんよう! 目標は北部から村に降下していきました!』
「目標を確かめる! シーホークとヴァイパーを向かわせろ!」
『りょーかいです!』
矢沢は嫌な予感を感じていた。村で何かが起こっている。
その不安は現実のものになろうとしていた。
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