235話 真に信頼すべき者

 大神官が直接出向いて来るなど、あまりにも予想外に過ぎる。しかし、アメリアはこんなことが起こり得るなど全く口にしてはいなかった。矢沢がアメリアにこの状況の説明を求めるのは、ごく自然な流れだった。


「アメリア、これは予測できたか」

「いえ、そもそも『エルフにこちらの潜入がバレている』という状況が象限儀の未来にない事象なんです」


 戦闘態勢を取りつつも、アメリアはなるべく落ち着いて話をしていた。


 アメリアは至って冷静だ。矢沢はそれに安心しつつも、どういうことかと聞き返す。未来予測が最初から狂ってしまうなど、もはや未来予測でも何でもないただの予想だ。


「今起こっていることは、君たちが見えた未来視に反しているというのか?」

「はい。2回起こったループのどちらでも、アモイへの工作は誰にも知られることなく概ね成功して交渉に入っていました。見えたのは半年後までですけど、どちらも戦争は起きていません」

「くそ、ではなぜ奴はここがわかっていたんだ……」


 矢沢はただ頭を抱えるばかりだった。


 どこからどう考えてもおかしい。工作の事実がバレていなければ、SH-60KのLZや工作に従事していた者たちの氏名が知られるはずはないのだ。


 何かがおかしい。聞き出される証言と状況は明らかに矛盾している。だとするなら、この状況をおかしくしていると考えられる要素は1つしかない。


「……神器」


 その一言を口にしたのは銀だった。彼女の重い一言は、自然と空気を強張らせる。

 神器の力を継ぐ者は、同じ神器の1つである象限儀の暴発によって未来予知ができる。しかし、それは副次的な作用に過ぎない。


 考えられるとすれば、神器そのものがエルヴァヘテプに力を与えている、という予測だ。


 神器はこの世界の常識をもってしても規格外の力を発揮する。

 ジンが所有する、生き物に憑く全ての禍を振り払う箒、フロランスやアメリア、システィーナが受け継ぐ、人や物を癒し、元の状態に戻す鎧こと聖鎧マジャンタ、ヤニングスが受け継ぐ、遠く離れた者たちと意思疎通を行える戦車、どこにあるかもわからない、他人の心へ侵入できるカード、そして、同じく行方不明となっている時空を超える力を持つ象限儀。


 結局、リアには象限儀以外の神器の情報を聞きそびれてしまった。戦車の存在さえ知らなかったロッタや限定的な情報しか握っていないメリアはともかく、リアは様々な情報を持っていたというのに。


 しかし、ヤニングスから神器のことを話された時より以前から、リアとは接触を持てていない。今更それを後悔したところで遅いのだが。


 エルヴァヘテプは迫ってくる。ただ矢沢たちを見据えながら。


「どちらの未来でも、お主らは俺の提案を断った。どれだけ取り入ろうと、意見を交わそうともだ。ならば、最初から脅しをかけるしかあるまい。違うか?」


 エルヴァヘテプは冷静に、そして力強く語りかけてくる。しかし、矢沢には怒りしか感じなかった。


「どれだけ未来を見て偉くなったつもりでも、あなたには見えていなかったものがある。交渉とは他者との利害の折衝だ。本当に何がしたいのかはわからないが、ただ自分の野望だけを叶えたいとだけ考えていては決裂するに決まっている」

「全ての者たちに利益が出ることだ。そのための協力が、なぜできない」

「地球にも同じような、途方もない理想論を無遠慮にうそぶく者たちがいる。だが、それを『実現しようとする者たち』は誰もが自分本位で他人を慮るようなことをしない。自分と自分が認める者たちだけが世界だからだ」

「違う。俺は世界を見ている。この争いが絶えない世界から不幸を排除するには、誰もが手を取り合うことが重要だと考えている。傍観主義のジンは当てにできない。ならば、様々な国家との対話を試みるお主らに協力を依頼するしかないのだ」

「では、なぜ脅しをかけたのか。対話を行えない者への対応は実力行使しかない。飛んでくる攻撃を迎撃して身を守るだけだろうと、武器を使う点は一緒だ。それを選択させた時点で、既に信用は落ちている」


 矢沢はエルヴァヘテプの言葉を拒絶し続ける。見えた未来がどうあれ、事実として彼は脅しをかけているのだ。ここで彼がどれだけ信用してくれと言ったところで、信じられるわけがない。


 議論は平行線を辿っている。この状態は既に決裂したと言っていい。互いが互いを信用しなければ、会話は成り立たないのだから。


 ここは逃げるしかない。エルヴァヘテプの戦闘力は未知数だが、護衛の兵士を一切連れていないのは好都合だ。今からエンジンを再稼働させるまでアメリアと銀に耐えてもらえれば、逃走することも可能だろう。


 それをアメリアと銀、そして萩本に伝えようとしたところ、ラナーがエルヴァヘテプの下へ歩み寄っていくのが見えた。矢沢は慌てて声をかける。


「待てラナー、何をしているんだ!」

「エルおじさん、聞いて! 世界がどうとかってよくわかんないけど、みんなが仲良くっていうなら、今ここで言い争ってもしょうがないでしょ!」

「ラナー……そこをどいてくれ」

「ラナー、君が出ていくことはない!」


 エルヴァヘテプと矢沢はラナーを呼ぶが、彼女は聞こうとはしなかった。逆に、ラナーは2人へ問いかける。


「ネモさんはアモイとのパイプを作りたいんでしょ? そのためにあたしをネモさんの協力者にしたんだったら、今その役割を果たす時じゃない? おじさんが考えてることは何もわからないけど、まずは話し合いをしないと始まらないでしょ?」

「全く、君は……」


 矢沢は思わず乾いた笑い声を漏らした。


 ラナーは自分の目的ではなく、純粋に他人のために身を捧げようとしている。対立する矢沢と大神官を和解させるため、自ら間に立ったのだ。


 彼女こそ、本当に素晴らしい人物だ。彼女を運営する機関員として、いや、友人として、とても誇らしいと感じていた。

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