番外編 記憶の底から・海のストリートパフォーマー・その2

「全長300mだと……全く常識外れだ」


 ロッタは生唾を飲み込みながら、矢沢がする話に耳を傾けていた。


 彼女らが驚くのも無理はない。この世界の船は最大でも60m前後がせいぜいだ。護衛艦あおばやアクアマリン・プリンセスのような大型船を見れば規格外だと思うのも不思議ではない。


「航空母艦はグリフォンより遥かに強力な戦闘機の母艦となるが、離着陸には広大なスペースが必要であるが故に巨大化してしまう。確かにそれを動かすための機関は存在するが、単純に質量が大きいせいで機動性は低い。それに対し、あおばやきりさめなどの駆逐艦は比較的小型でパワーがあり、機動力は高い。我々は海軍国故の高練度をもって、彼らに思い知らせたわけだ」

「あの宮古海峡の行動に艦長が関与していたなんて……初耳です」


 得意げに話す矢沢を佐藤は羨望の眼差しで見つめていた。確かのあの事件は海自でも語り草となっている。


「我々の目的はただの警戒監視だったが、あの時は少し特殊だった。空母打撃群を煽るなど、そうそうできる行為ではない」


  *


 矢沢はウイングから艦橋に入り、艦長席に腰を据えた。この状況では戦闘は起こり得ないとの判断から、CICではなく艦橋で操艦指揮を執るためだ。その証拠に戦闘配置は出されておらず、戦闘配置時には艦橋にいるべき航海長も今は休憩中だ。

 ヘリの整備を指示したばかりの佳代子も矢沢の横につき、これから何が起こるのか固唾を呑んで見守る。


 現在、日米の駆逐艦4隻は小規模な輪形陣を組む遼寧打撃群の左後方にいる。ここから海自のきりさめは右側に、すずつきと米軍のミリアスは左側に移動して遼寧を取り囲む。その後、マスティンが遼寧打撃群に対し最大限の屈辱を与える行動を取る、というわけだ。


「そろそろ時間だ。針路270、第3戦速黒10」

「針路270、第3戦速黒10、よーうそろー!」


 矢沢の指示により、きりさめは速度を上げて遼寧の右手に回り込む航路を取った。中国軍からは何度も退去するよう通信が来ているが、国際法違反を平気で行うような連中の話など一向に聞く気はなかった。

 矢沢は通信機を手に、CICに状況確認を要請する。


「CIC、敵潜の位置はわかるか?」

『米軍のグリーンビルからの情報によれば、現在は我が艦の後方10㎞に位置しています』

「我々を脅しているつもりだろうが、その程度で引き下がるわけがあるまい。あの山賊たちに思い知らせてやろう」


 砲雷長からの報告を耳にしつつ、窓の左手側に見える遼寧を眺めて微笑む矢沢。この後解任や更迭の憂き目に遭うであろう遼寧の艦長や空母打撃群の司令を憐れみながらも、作戦の準備を進める。


 さすがに監視目的で遠巻きに見ているだけでは、彼らの動揺は誘えない。空母打撃群の構成艦である052D型駆逐艦の1隻が陣形から外れ、左側へと移動しつつある。きりさめより米艦2隻とすずつきの方を警戒しに行ったと見える。


 だが、本番はここからだった。


『艦長、マスティンが行動を開始。増速してEAを展開中』

「よし、我々も支援する。EA攻撃始め」

『EA攻撃始め!』


 砲雷長の指示により、きりさめの電子戦装置であるNOLQ-3が強力なジャミング電波を発信し、中国軍艦艇に対し電子攻撃を行う。既に相手のレーダーが使う電波の情報はデータベースに集積されており、後はその電波を妨害するだけでよかった。


「これで相手の目は潰れた。左舷見張り、これから何が起こるか見ておくといい」


 電子攻撃によりレーダーでの情報収集を妨害することで、中国軍は日米艦艇の位置関係の同定に時間をかけることになり、ミサイルの射撃管制レーダーも使えずロックオンもできなくなる。これで米艦は遠慮なく中国軍の空母打撃群に割って入れる。

 すると、見張り員が艦橋に報告を入れた。


「マスティンが中国艦隊に乱入! フリゲートの後方につきました!」

「はははっ、無様だな」


 矢沢は報告を聞き、思わず苦笑を漏らしてしまう。054A型フリゲートの前方には空母遼寧が位置しており、マスティンの後方には901型補給艦がいるはずだ。つまり、中国軍の高価値目標、守るべき空母が丸裸にされているのだ。

 それを護衛すべき055型駆逐艦は遥か前方、052D型駆逐艦2隻は左に固まって遊兵と化している。今頃中国軍は度肝を抜かされているだろう。

 護衛艦をすり抜けて攻撃位置に陣取られるなど、空母打撃群にとっては大恥以外の何物でもない。追い払えないどころか、好き勝手にされているのだから。


「すごいですよう! 完全に攻撃位置じゃないですか!」

「主砲の射程圏内、空母もフリゲートも血祭りにできる位置だ。飛行長、君もゆくゆくは艦長になる。彼らの操艦技術を見ておくといい」

「は、はいっ!」


 ウイングから海に乗り出した佳代子は、双眼鏡でマスティンや中国艦の姿を夢中で追いかけていた。たった1隻の駆逐艦に翻弄される空母打撃群など、そうそう目にできるものではない。


 それから、マスティンは遼寧をあざ笑うかのように右側を通過、空母打撃群から離脱していった。


 単独で敵中に飛び込んで翻弄し、そして悠々と逃げ去る。まさに戦う者ならば誰でも憧れるであろう状況を作り出したマスティン。日米海軍の練度はこうやって中国に示されたのだ。


  *


「敵部隊を翻弄して離脱……すごいです」

「その写真を広報用として使ったんでしょ? ふふふ、痛快な話ね」


 矢沢の話を聞くと、アメリアは驚愕と感嘆が混ざった表情を作り、フロランスはクスクスと笑っていた。


「その通りだ。中国側は自分たちの空母に驚いていると言っていたが、そうではない。米国が欄干に足をかけて空母を眺める艦長の写真を公開したことで、それは嘘だと証明してみせた。我々の世界は民への認知が国の力となる。そのために行われた宣伝戦、いや『認知をめぐる戦い』というわけだ」

「認知をめぐる戦い……」


 アメリアは口の中で繰り返すように何度も呟いた。軍隊はただ戦うだけでなく、自分たちの能力を誇示することで世界に影響を与える。地球の軍隊の特異性をアメリアも理解していることだろう。

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