325話 思いがけない協力者

 ヘリがアケトカロクの近郊にある荒野に着陸すると、現地住民に似た格好に着替えたライザと波照間が機体から降りる。


「どうかお気をつけて」

「ええ。そっちもね!」


 ヘリのセンサーマンである夢原が機内から短く敬礼すると、波照間も笑みを浮かべて答礼。その直後にヘリが再度上昇し、ドアを閉じながら西の空へと消えていった。


 2人がこれから向かうのは、言うまでもなくアケトカロクの街だった。ここには波照間が協力者として獲得している奴隷商人アフモセがおり、今回の作戦では彼を利用して一気に反奴隷思想を広めるつもりでいた。


 単純に考えて、奴隷商人が持つ販路はそのまま思想の伝播にも都合がよく、それに加えて国内に影響力を持つ奴隷商人が反奴隷思想を掲げるのは、それだけでも大きなインパクトを起こせる。


 未だにアモイの全容は掴めていないが、上からのオーダーであれば従う。特殊作戦群で活動していた時から群長に叩き込まれたことだ。もちろん、足りていない情報は現地で獲得するのが前提だが。


「じゃ、まずは街に入らないとね。ライザ、君は何かあった時のカバーをお願い」

「承知しています」


 波照間が軽く口を開くと、ライザは至極真面目に返答する。少しばかりユーモアがあってもいいのにと波照間は残念に思っていたが、今は諦めるしかなかった。


 味気ないのは構わないが、これが長時間続くと考えると波照間の気分も徐々に落ちていく。例え忍耐強さを要求される仕事とはいえ、仕事仲間がこれでは不安に思うこともある。


「じゃ、とりあえず街に向かうけど、着いたら周囲に気を付けて。首都の状況は伝わってるはずだし、アフモセの私兵部隊も目を光らせてるから」

「国防軍と傭兵ですか。承知しました」


 ライザは顔色一つ変えることなく頷く。危機感がないのか、それとも絶対の自信があるのかは不明だが、これでも元アセシオンのスパイであることに変わりはない。仕事はしっかりこなしてくれるだろう。


 だが、2人が街に足を向けたところで、ライザが波照間の前に出ながら手に黒いエネルギーを充填させた。突然のことで驚いた波照間は、周囲に気を配りながらもライザに文句を言う。


「ちょっと、危ないじゃない。どうしたの?」

「大きな魔力を持つ者が接近してきます」

「大きな魔力? それって……」

「見えました。エルフです」


 ライザには何が見えているのかわからないが、波照間の動体視力をもってしても、周囲には何も見えなかった。彼女には何が見えているのかはわからないが、今は戦う準備をしなければならない。波照間は即座にローブで隠したレッグホルスターからUSP拳銃を取り出すと、安全装置を外して一歩下がった。


 すると、ライザの眼前に白いシースドレスを身にまとった浅黒肌のエルフが上から現れ、一切の無駄もない動きで着地する。


「……見つけた。お前たちか」

「あなたは……報告にあったフウェレというエルフですか」

「知っているのなら話は早い」


 フウェレと呼ばれた女エルフは戦闘態勢を取るでもなく、抜身の刃のように研ぎ澄まされた目を波照間とライザに向けるばかりだった。


 相手の目的は一体何なのか。それを聞かなければ埒が明かない。波照間は前に進み出てフウェレに相対する。


「どうやって居場所を嗅ぎつけたかは知らないけど、何をしに来たの?」

「大神官様からお前たちを支援するよう仰せつかった。この国を健全化し、ジンとも協力体制を整えられるようにと」

「協力って言われても、あたしたちの仲間に手を上げたのは事実じゃない。どう信用しろって?」

「状況は刻々と変化する。敵は味方になり得る。お前たちの頭もそう考えているはずだ。でなければ、お前たちの秘密を知った私たちは消されて当然だが、彼はそうしなかった。それはお前たちが敵や味方という話に拘らないからだと大神官様は仰られている。違うか」

「ふーん……」


 波照間は人を殺す決意をしたかのようなぎらぎらと輝く青い瞳から目を逸らすと、腕を組んで考え事をし始める。


 薄っぺらい言葉で取り繕うでもなく、波照間の言葉に逆切れするでもない。こちらの思考を論理的に解釈し、その上で協力を要請している。信頼に足るかどうかと言われれば微妙なラインではあるが、筋は通っている。


 ならば、もう1つ質問をしなければならない。


「じゃあ、どうして神殿は大々的に奴隷を否定しないの? 大神官さんは奴隷を解放したいのよね?」

「奴隷解放は手段に過ぎない。この国の王がバベルの宝珠に手を染めたのならば、ジンと緊密な協力を行い、これを排除しなければならないが、神殿そのものは国の統治機構の重要な位置を占める。表立って王族や政治を批判すれば、神殿の権威は失墜し、今後の統治にも支障が出る。神殿そのものも分裂して混乱に陥る可能性がある。権力の変化を混乱なく行うには、裏で動いて地盤を固める方が確実だ」

「そっちもそっちで色々考えてるってわけか。いいわ、合格」


 波照間は何度か頷くと、銃の安全装置をかけてホルスターに戻し、腰に手を当てて笑顔を見せる。


 神殿のトップが絡むとなれば、作戦はやりやすくなるだろう。波照間はフウェレの協力を得ることに決めた。

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