番外編 記憶の底から・核兵器の有用性 その1

「あーあ、いつになったら白いおコメを食べられるんだろう……」

「我慢しなよ。戦争が終わるまでの辛抱だから」


 造船所を望む広い湾の岸に、2人の少女が座り込んで愚痴を漏らしていた。


 戦局は日本が不利になっているものの、戦果を出し続けていると軍は言っている。それなのに新聞では都市が爆撃されたとのニュースばかりで、配給も滞りまともな食事にもありつけない。軍からの徴発を逃れた鉄鍋で、麦だけの麦ごはんを食べるのがせいぜいだった。


 長い髪を2つのおさげに結んだ年上の少女は、おもむろに立ち上がると腕を組んで造船所へと目をやった。


「大丈夫。うちらには戦艦武蔵がいる。今はどこにいるのか知らんけど、きっとこの長崎を守ってくれる」

「タエちゃん、最近そんなことばっかり。好きなのはわかるけど」


 年下のおかっぱ少女はタエと呼んだ少女を呆れた目で見つめていた。


 萩生田妙子、通称タエ。国民学校に入る前から船が好きな少女だったらしいが、どうやら数年前に対岸の造船所で建造された戦艦武蔵を見て、すっかりお熱になってしまったようだ。


 とはいえ、そういう一縷の望みに賭けたい気持ちは理解できた。妙子の父親は空母に乗ってフィリピンに出撃したっきり戻らず、大学生の兄も沖縄へ特攻していったというのだから。


 人が死ぬっていうことはどういうことか、何となくわかる。つい8日前にも空襲があり、対岸の造船所や建物が爆撃されて何十人も死んだ。


 焼け死んで黒ずんだ人、建物の下敷きになって潰れた人、手のようなものしか残っていなかった人。みんなむごい死に方をしていた。死ぬとああなるんだと思うと、少女も怖くて震えた。


 タエは怖いことを紛らわせるために、長崎自慢の戦艦武蔵に期待をかけているのだと少女は考えていた。


 その時だった。突如、湾の北に存在する市街地方面が真っ白な光で塗りつぶされ、次の瞬間には耳を破壊しかねない爆音とオーブンのような熱波、そして台風なんかとは比べ物にならないほどの突風が2人を襲った。


「わっ──」


 少女はわけもわからず吹き飛ばされ、沿岸の道を転がった。体中が熱さと痛みに襲われ、何が起こったのかもわからず、ただ恐怖で動けなくなってしまった。


 近くに飛行機は見えなかった上、空襲警報も朝には解除された。それにも関わらず、少女は謎の爆発に巻き込まれていたのだ。


「──ちゃん、──ちゃん!」


 かすかながら声が聞こえる。自分の名を呼ぶ、タエの声だ。


「タエ……ちゃ……」

「ああ、大丈夫!?」

「痛い……怖い……いや……」


 タエが駆け寄ってきて、倒れていた少女を仰向けに寝かせた。少女は恐る恐る目を見開いたが、タエは顔にかすり傷を負っていた。彼女も爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたのだろうか。


「待ってて……うん、大丈夫。大きなケガはないよ」

「うん……」


 少女は体中の痛みを堪えながら、ふらふらと立ち上がった。じりじりと痛むことから、擦り傷があちこちにできているのかもしれない。


 幸い、タエにも大きなケガはない。せいぜい顔を擦った程度だ。


 何事もなくてよかった。少女は爆発の余波でまだ恐怖心を抱えて震えていたものの、わずかに働く理性はタエも自分も無事なことに安堵していた。


「それにしても、一体何が……っ!?」


 タエは状況を確認するため、爆発があった方へと目を向けた。


 すると、長崎市北部の市街地から山よりも大きなキノコ雲が立ち上っているのが見えた。それはもくもくと空へ向かって大きく成長していき、タエと少女の前に立ち塞がった。


「うそ……」

「そういえば、昨日の新聞で見た……新型爆弾が広島に落とされたって……」


 タエは昨日発行された新聞の内容を思い出していた。


 広島に新型爆弾投下。市内は壊滅したらしい。


 広島を攻撃した新型爆弾が、長崎にも投下された。タエは直感的に悟った。


 だが、少女はそのことを知らない。見たこともない巨大なキノコ雲に怯え、ただタエの後ろに隠れるだけだった。


「大丈夫、心配ないから」

「本当……?」


 タエはそういうが、少女はまだ不安だった。

 何が起こったのかもわからない。あれは一体何なのか。まだ9歳の少女が理解するには余りある光景が、長崎市北部に現れていた。


 1945年8月9日、午前11時2分。後に矢沢圭一の母となる来海穂香は、友人である萩生田妙子と共に原子爆弾に遭遇した。


 年の暮れまでの死者は7万4000名、2022年代には16万人にも上る死者を出した長崎への原子爆弾の投下をもって、人類は『核兵器』というメギドの火に怯え、共に歩む時代を迎えたのだった。


  *


「そんな兵器が……」

「そうだ。地球人類が世に解き放った、悪魔の兵器だ。あおばはそれを迎撃するために建造された。現在でも核兵器は世界に拡散し続けている」


 あおばに戻るヘリの中、アメリアは矢沢の昔話に聞き入っていた。元々はアセシオンが持つ『流星魔法』の話題だったのだが、いつの間にか原爆の話にすり替わってしまっていたのだ。


 傍で聞いていた波照間も、矢沢の話には関心を抱いていたようで、じっと彼から目線を外すことなく見つめていた。


「艦長さんのお母さん、被爆者だったんですね」

「私も防大を出てから聞かされた。もし日本に帰れたら直接話を聞いてみることもできる」

「へえ、まだご存命なんですね」

「原爆どころか、サリンや自爆テロ、津波に遭遇しても死ななかった不運な猛者だ。旅行好きでね、この世界に放り込んでも生きていけるだろう」

「あはは……」


 一体どんな経歴なんだ、と波照間は心の中で何度もツッコミを入れた。


 サリンはほぼあの1件しか心当たりはないが、自爆テロや津波は複数の例がある。どのことかはわからないが、とにかく不死身のおばあちゃんであることは確かなようだ。


「話が逸れたな。いずれにせよ、アセシオンの流星には十分に警戒する必要がある。これを使う魔法使いを排除できれば一番楽なのだが……」

「そういう高位の魔法使いは厳重に警備されています。近づくことも容易ではありません」

「それもそうか。厄介だな……」


 アメリアの言葉に頭を抱える矢沢。流星は迎撃できるとわかったが、それでもなるべくは発射前に阻止したい。


 戦場にジレンマは付き物だ。それにどう対処していくのか、決めるのは指揮官の采配次第なのだ。

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