251話 対立する者たち

 スタングレネードとスモークグレネードを駆使して店から逃げ出した矢沢だが、やはり逃走のハードルは高いようだ。


 店から出た先の大通りにもアモイ軍の兵士と思しき集団が待機していて、矢沢の姿を捉えるや否や、光弾や電撃の束を次々に発射してくる。


「くっ……」


 矢沢は追い立てられるように店の脇の路地へ逃げ込み、そのまま反対側の通りに向かう。その途中、耳にインカムを詰めて通信機を起動、常にダーリャ郊外で待機しているスキャンイーグルを介して艦隊に救援要請を送る。


「こちらマルヒト、問題発生。敵に追われている。繰り返す、問題発生。敵の追跡を受けている」

『こちらネスト、直ちに救援に向かう。合流地点はLX2』

「事態は切迫している。頼む」


 矢沢は手短に用件を言うと、通信回線を開きっぱなしにしたまま前に集中する。敵に包囲されている今、重要なのはここから逃げることだ。


 万一の場合に備え、郊外には通常のLZに加え、緊急用のそれも設定されている。ここから近いのは東部のバラゴン岩より少し北西寄りにある平原で、格好の着陸場所だが街から見える位置にあるので普段は決して使われない。


 ここからの距離はおよそ5km程度、荷物を抱えて走っても息が続く程度には近い。矢沢はとにかく、LX2と名付けられたLZへと向かうことに決めた。


 路地の出口が見えてきているが、相手は確実に待ち構えているだろう。となれば、おいそれと出ていくわけにはいかなかった。

 矢沢は一度停止すると、手持ちの荷物から最後のスモークグレネードを取り出して投擲。スモークグレネードならば市民に危害を加えることもなく、敵の行動を制限できる。そこから煙に紛れて路地を脱出、東へと足を向けた。


 敵は周到に襲撃計画を企てていたようだ。ラナーの家は罠を仕掛けられている可能性もあり、荷物もそこにある。逆に準備を整えて指定する場所に敵を誘い出してしまえば、作戦を圧倒的に有利に進められる。


 とはいえ、ジャマルから食事の誘いを受けた時からこうなることはわかりきっていた。それでも断らなかったのは、彼の思考を少しでも探りたかったという思いもある。どのみち断ったとしても、その場で襲撃を受けていたかもしれない。むしろ、敵の出方を測りやすかったので、提案に乗ってよかったとも思っている。


 スモークグレネードの煙から抜けると、別の部隊が矢沢の前に現れる。6人くらいの分隊で、完全に矢沢の前を塞いでいた。


 倒すしかないか。矢沢は9mmけん銃を敵に向けつつ、相手の出方を探る。


 すると、そのうちの1人である金髪の女兵士が前に進み出てくる。他とは服装が違い、ラナーのものと似た白い羽飾りを頭につけている。


「あなたがラナーをたぶらかした人族のスパイなのね。許さないわ!」


 ラナーの知り合いなのか、端正な顔立ちの女兵士は怒りの形相を湛えながら、光でできた車輪より巨大なディスクを2発連続で投射。矢沢はとっさに前転して回避したが、その背後にあった建物はディスクに切り裂かれて壁に薄い亀裂を残した。


「おいおい、冗談だろう……」


 ただのエネルギーの塊で相手に衝撃を与えるわけではなく、丸ノコ状に成形したエネルギーを高速回転させて対象を「切断」しているのだろうか。


 人間の体はある程度の衝撃ならば耐えられるが、斬撃に対しては出血を伴いやすくめっぽう弱い。魔法防壁とやらが守ってくれるにしてもダメージは減衰程度に留まることから、殺しきれなかった力でそのまま切断されてしまいかねない。


 しかも、かなり悪いことに女兵士の部隊が進路を完全に塞いでしまっている。もちろん退いてくれるはずもなく、矢沢は北へ向かわざるを得なかった。


「この、待ちなさい!」


 当然ながら、女兵士の分隊は追跡してくる。矢沢は次の路地に逃げ込み、タイミングを見計らってスタングレネードを落とした。その数秒後、狙い通りにスタングレネードが破裂、轟音と閃光を発して兵士たちが悲鳴を上げる。


「くうっ、何よコレ!」

「うあ、ああああっ……!」


 思った通り、敵はスタングレネードをもろに浴びて大混乱に陥っている。

 先頭の兵士だけでも無力化できれば、後は高速道路の渋滞のように人がつかえて追跡速度が弱まる。振り切った後は一直線にLX2へ向かう。


 しかし、喜ぶのは時期尚早だった。先ほどの女兵士が目の前に着地し、矢沢の前に立ちはだかったのだ。振り切ったと思いきや、全くそんなことはなかった。


 ありえない。スタングレネードを至近距離で浴びれば、音と光どころかグレネード自体が発する熱で火傷をしかねない。目と耳を潰してなお、こちらが見えているなど常識外れもいいところだ。


 いや、女兵士は目を閉じていた。まばたきというわけでもない。ということは、確実に目は見えていないはずだ。


「くそ、一体どうなっているんだ」

「この、よくもやったわね! いい加減に捕まったらどうなのよ!」


 女兵士は先ほどのエネルギーディスクを作り出し、今度は手に持ったまま矢沢に殴りかかる。汎用性が高い故に厄介だ。


 矢沢の声にも反応がないことから、耳も聞こえていない。となれば、一体どうやって矢沢を認識しているのか。


 そこで、脳裏に自分でも戦慄するような可能性が浮かんできた。


 ロケーティング、もしくは摂理の目だ。


 魔力をレーダーのように制御して敵の位置を探るロケーティング、その更なる発展型である効果範囲の全てを見通す摂理の目。いずれもアメリアが使える魔法で、ラナーの摂理の目を使える。


 となれば、この女兵士も類似する魔法を扱える可能性がある。魔力で敵を探知することで、目や耳の代わりとしているのだ。


 魔法の世界は常識外れに過ぎる。無力化兵器を受けても、強い精神力があれば後はどうにでもできると言わんばかりだ。


 やはり、射殺するしかないのか。矢沢は覚悟を決め、エネルギーディスクの攻撃をかわしながら9mmけん銃を相手に向ける。


 すると、女兵士がふと空を見上げた。夜の帳が降りつつある街には、いつの間にか星が輝きだしている。


 その星に紛れ、また何かが落下してくる。それは矢沢と女兵士の間に降り立つと、矢沢を守るように腕を広げた。


 ラナーだった。煤が付いた顔を拭うと、女兵士を睨みつける。


「マウアちゃん、ごめんだけど退いてくれないかな?」

「ダメよ。スパイは必ず捕縛せよっていう命令なの」


 どうやら2人は知り合いらしい。そう思うと、矢沢の胸に罪悪感が湧きあがってくる。


 だが、それは今更どうしようもない。矢沢はラナーの影に隠れながら、どう逃げるか再び考えを巡らせ始めていた。

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