127話 不安募る包囲戦

 ヤニングスは頭を抱えていた。


 城の近衛騎士団総司令部、隣の幕僚席に座るジョージ・ザップランドがいきなり作戦を始める決定を下したのが、昨日の暮れだった。

 どうやら、物資をやられたのが相当効いたらしい。ヤニングスがあずかり知らぬ間に彼の幕僚だけで攻撃計画をまとめたらしい。ヤニングスは夜通しで軍の動員と偵察の指揮を押し付けられ、体力や魔法防壁の回復を待つことなく灰色の船との交戦を余儀なくされている。


 過度のストレスに苛まれ続け、この1、2週間の睡眠時間の合計は3時間、食事も軽食ばかりで済ませていたヤニングスとは違い、ザップランドは作戦立案を終えるなり帰宅し、最近お熱だという奴隷の少女と床を共にしたという。それも灰色の船の同胞、彼らの言う『ニホン人』だというから、呆れる他なかった。


「ふふははは、ようやくこの時が来たな」

「ええ」


 この国の崩壊の序曲が、という意味でならヤニングスは賛成だ。


 味方にとっても急な強襲作戦のせいで戦力の集中がさせづらくなっており、物資攻撃は戦力の減衰だけでなく、ただでさえ灰色の船への攻撃でダダ下がりな士気が更に下がっている。主な構成員は傭兵である領主軍でさえグリフォン隊は全て正規兵だが、その彼らまでもが灰色の船に恐怖を抱いているのだ。


 攻撃の時期は最悪と言わざるを得ない。せめて陛下が先延ばし目的で交渉を続け、あの艦長を首都に拘束できていれば、その間にも訓練や物資調達を続けつつ、彼らの作戦行動能力を控えられていたはずだったのだが。


 とはいえ、文句を言っても始まらない。既に偵察隊のグリフォンは灰色の船を発見し、攻撃隊が四方から殺到している。後は的確に航空管制を行いつつ、吉報を待つしかなかった。


  *


「レーダーに感、四方から多数のブリップ! 各個、12機程度の編隊を組んでまっすぐ近づく! 編隊数は24!」

「とうとう来たか」

「近辺を飛行していた野生の飛行物体に偵察機が紛れていたのかもしれません」


 菅野の報告を聞いた矢沢は、主モニターのマップに目をやった。


 現在はベイナの南部60㎞沖合を3ノットの低速で進んでいる。現在はM7A-05ガスタービンとディーゼルエンジンで発電された電気のみを使って航行しているが、今から高速用機関であるLM2500IECを起動したとしても、ほんの数分で戦闘速度である25ノットにまで増速できる。飛んでくるグリフォンを迎撃するには十分な時間的余裕があると言える。


「第3戦速、黒20。進路そのまま」

『第3戦速、黒20、ようそろ!』


 CICの矢沢が指示を出すと、艦橋から舵を握る操舵手が返答する。それと同時に艦が前後に動揺しつつ、速度を出し始めた。ガスタービンが唸りを上げて起動し、艦を前へと進めているのだ。

 グリフォンはまだ接近中。一番近い編隊が200㎞圏内にまで接近したところで、矢沢は次の指示を徳山に下す。


「イージスシステムを手動モードに設定、全火器の使用を許可する。隊長機を優先して狙え」

「対空戦闘、スタンダード攻撃始め」

「SM-6、目標をロック! バースアウェイ!」


 艦に振動が走ると共に、あおばの甲板を映す小型モニターから煙が確認できた。長射程の艦対空ミサイルであるSM-6が発射され、敵へと向かっている証拠だ。

 レーダーではミサイルを示す光点が編隊に向けて進んでいる。24発のSM-6が同時発射され、SPY-7レーダーの指示で各々の目標を狙っているのだ。


 ただ、隊長機をやられただけで退くような連中とは思えない。副隊長へと指揮権を移譲し、そのまま攻撃を続行する可能性もある。


「SM-2、発射準備。フロランス、VLSの再装填を任せる」

『ふふ、任せて』


 通信機越しにフロランスが穏やかに返答する。

 士官室に待機している彼女は、設置されたモニターを見ながら発射済みのVLSセルを確認し、1発ずつミサイルを補充していく役割を与えられている。順調に行けば、5分に1発のペースでSM-6が使用可能になるはずだった。


 もちろん、敵の数を考えれば足りる数ではない。矢沢はそこを承知しつつも、主砲やファランクスだけで戦うよりマシだと判断を下している。


 まだSM-6は目標に到達していないが、攻撃は拙速を貴ぶ。矢沢は戦果報告を待たず、粛々と次の命令を下していく。


「次、編隊2番機に攻撃開始」

「SM-2発射!」


 続いて、隊長機に代わる2番機への攻撃としてSM-2が放たれる。射程ギリギリだが、グリフォン程度の低速機相手ではほぼ確実に命中するだろう。

 間を置かず、レーダーに表示されたミサイルが敵編隊に重なる。それと同時に敵とミサイルを示すアイコンが次々に消滅していく。


「SM-6、全弾命中。全目標撃墜」

「よし。防御魔法陣の影響はなかったようだな」

「もしかすると、ミサイルほどの能力となると防御魔法陣でも防ぎきれないのかもしれません」

「その可能性はあるか」


 菅野の報告を後目に、矢沢は胸を撫でおろした。徳山の言う通り、魔法を使わない物理攻撃さえ凌ぐ防御魔法陣をミサイルが貫通できるのだとすると、これほど心強いものはない。弾数消費を抑えられるどころか、包囲されて袋叩きにされる可能性も小さくできる。それだけ艦の危険が減るということだ。


「続いてSM-2も全て命中。全機撃墜」

「よし」


 どうやらSM-2も攻撃に成功したようだ。CICのモニターではアイコンしか表示されていないが、確実に敵は倒せている。

 願わくば、ミサイルが尽きても安定した戦闘ができるようにと、矢沢は祈るばかりだった。

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