番外編 嫁探しブラザーズ・その15
「セリナ、まずは逃げるぞ。多くの味方の援護が得られる場所に退避するんだ」
「そないな言うて……環ねーちゃんにケガさせた奴やで!」
「それが作戦だ。奴は敵をあえて殺さず負傷させ、救護役を出させて戦力を分散させる。そこを各個撃破する腹積もりだ」
兄はセリナの肩に手を置くと、諭すように言う。セリナは未だに作戦の重要性を理解してはおらず、しっかり説明してやる必要がある。
「卑怯やんか、そんなの……」
「それが戦いだ」
周囲を取り囲むゴブリンたちの圧力を受けながら、セリナは冷や汗を流して呟くように言うが、兄は冷たく言い放った。
究極的には、戦争にルールなどない。勝てば正義。どれだけ事前に残虐行為はしてはならないなどと取り決めをしても、相手を倒し勝利しさえすれば、追及されないし封殺できるからだ。
戦争とはそういうものだ。セリナはまだ、その事実を理解していない。
「フ、消エ去レ余所者共!」
「カカレ!」
悪趣味帽子が叫ぶと、傍にいた毛深いゴブリンが他の敵に命令を出す。ゴブリンの上層部らしき個体が4体いると報告があったが、そのうちの1体と見える。
すると、4人のゴブリンが粗末な棍棒や剣を手に兄とセリナに襲い掛かり、上位個体4人が魔法の準備を始めていた。
「セリナ、後ろだ!」
「オッケー!」
セリナは兄の指示通りに反転して駆け出す。前を塞いでいた雑魚1体は兄が斧で頭を割り、セリナへ狙いを定めていた3人が兄へと標的を変更した。
「バカめ、オーラル・スパーク!」
「……っ!」
次の瞬間、兄は上位個体の1体から放たれた真っ白な電撃をもろに食らった。魔法防壁があまり強くない兄は予想外に大きなダメージで目の前が暗転した。甲板に体を打ち付け、息を荒くついて痛みを紛らわせようとする。
普段は弟がエンチャントの魔法で兄の防御力を底上げするが、今回はそれがない。ゴブリンとの戦いでの疲労に加え、ろくに減衰されていない攻撃で、兄は既に戦闘力をほとんど失っていた。
*
兄が稲光に撃たれる瞬間を自身の目で見てしまった瀬里奈は、頭が真っ白になってしまっていた。
「ムキムキン! この……アホタレ!」
眼前で兄が攻撃を受けたことに動揺したセリナは、すぐさま振り向いて攻撃者を確認した。パイナップルのような白髪を生やした小さめのゴブリンで、やはり悪趣味帽子の傍らにいる。
だが、瀬里奈には攻撃できるチャンスはなかった。雑魚たちが兄を狙っているからだ。
「邪魔や! どけやアホ!!」
瀬里奈は力の限り叫ぶと、兄を攻撃しようとした剣士ゴブリンに魔力ブーストで急接近。首根っこを引っ掴み、他の雑魚にぶつけて無力化。返す刀で最後の雑魚に光弾を投射して胴体を破壊する。
瞬く間に3体が無力化されたことで、さすがの上位個体たちも面食らっていた。まだ子供の人族にここまでの強さがあることもそうだが、一番に言及したのはそれではなかった。
「コイツ、退魔ノチカラ……」
「奴ハ危険ダ、スグニ倒セ!」
悪趣味帽子が口をついて出たような一言を発する横で、アゴが割れているゴブリンが前に出て防御魔法陣を展開する。
「邪魔や、どけーーー!」
瀬里奈が絶叫すると、渾身のパンチを防御魔法陣に叩きつけた。退魔の力をもろに食らったケツアゴの防御魔法陣は、本来の防御力を発揮することなく粉々に砕け散る。
「冗談ダロ……ウブッ!?」
ケツアゴは自身の防御魔法陣が破られたことを信じることができなかったのか、次のアクションを起こすこともなく瀬里奈の拳を受け、あおばの第2煙突基部を巻き込んで倒された。
「コノ野郎! コンナノ聞イテナイゾ!」
「黙レ! サッサト奴ヲ倒セ!」
「オ前ガヤレ!」
ケツアゴが一撃で倒されたのを眼前で見せられたにも関わらず、残った上位個体3名は仲間割れを始めていた。毛深いゴブリンが文句を言うと悪趣味帽子が怒鳴りつけ、それにパイナップル頭は反発する。
それを見せられていた瀬里奈は困惑するが、そこに兄が息切れしながらも立ちあがって瀬里奈に声をかける。
「奴らは烏合の衆だ。保身のためには仲間を平気で裏切る」
「ほな、倒してええの?」
「あのダサいハレンチ野郎はダメだ。生け捕りにしたい」
「おっしゃ」
瀬里奈は頷くと、ジャンプして毛深いゴブリンに飛び掛かり、手を組んで頭を殴りつける。子供の拳どころか質量兵器と化した瀬里奈のダブルハンマーは、03甲板の床をぶち抜いて毛深いゴブリンの死骸を格納庫に叩きつけた。
「クソッ!」
「死ネ!」
もはや喧嘩をしている余裕さえ無くしたのか、パイナップル頭と悪趣味帽子は一斉に瀬里奈へそれぞれ白い電撃と赤黒いレーザーを発する。
「そんなの効くかいな!」
しかし、瀬里奈は防御魔法陣を展開し、完全に防いでみせた。拡散したエネルギーは後部VLSやファランクス、射撃指揮レーダーを破壊するが、瀬里奈の魔法陣は船体の破片や誘爆したミサイルの爆風さえ無力化してしまう。
「ヤ、ヤメロ……来ルナ!」
「うちはな、おっちゃんらを守るんや! 自分らなんかに、この船を荒らされてたまるかいな!」
瀬里奈は絶叫と共にパイナップル頭のみぞおちにパンチを食らわせた。パイナップル頭は凄まじいスピードで吹き飛ばされ、前部構造物のSPY-7レーダーに直撃して完全に抉り取ってしまう。
そして、すっかり怯えきった悪趣味帽子を睨みつけると、一歩前へ進み出た。
「ケガしたくなかったら、参りましたって言うんやな」
「マ、参リマシタ……」
悪趣味帽子は震える声で降伏を宣言すると、腕を上げて膝をついた。
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