420話 高鳴る平和の旋律
皇帝が魔法の力を使い吼えた直後、瀬里奈は魔法防壁で音を防ぎつつ、地面に着地した。
奴はやる気だ。瀬里奈はごくりと唾を飲み込むと、両手を前に突き出して召喚魔法陣を展開、そこから事前にこっそり召喚魔法の刻印を施しておいた物品を召喚する。
「うちかてな、ちゃんと戦えるんやで! うちの願いに応えよ、スターライトギター!」
瀬里奈が手に持っていたのは、護衛艦『あおば』で用いられているごく一般的な消火器だった。それは瀬里奈の魔法で、金色と白を基調としたギターへと変化する。瀬里奈の趣味なのか、ボディには星やハートなどファンシーな模様がびっしりと描かれている。
「……っ、あの魔法は何だ!」
「すごいやろ! これがうちの魔法なんやで!」
瀬里奈は高らかに言い放つと、ギターの弦を勢いよくかき鳴らした。甲高い音色が辺りに響き渡ると、瀬里奈の周囲に黄色い音符たちが次々に湧いて出てくる。
「うちは不幸な人らをみんな守りたい! だからうちは戦うんや!」
「
「んなわけあるかいな! これでも食らいや!」
皇帝は爪を引き出し瀬里奈に飛び掛かる。しかし、瀬里奈の方が攻撃動作が早かった。
「高鳴る平和の旋律! シャイニー・ストライク!」
瀬里奈がステップを踏みながら再びギターをかき鳴らすと、周囲の音符たちが発射されて皇帝に殺到。それは衝突した瞬間に光の粒となって弾け、皇帝に突き刺さるようなダメージを与える。
「うぐあ……まだまだああああ!!」
しかし、皇帝はそれでも攻撃をやめようとしない。ただ痛みをこらえ、喉笛を掻き切らんと瀬里奈に殺到する。
「なっ……!」
もはや、瀬里奈に回避できるような時間はなかった。皇帝は腕を振り、瀬里奈に爪を突き立てる。
その時だった。突如としてどこからかリング状の武器が飛来し、皇帝の背中に突き刺さったのだ。
「うあああぁぁぁ!! くッ!」
瀬里奈の攻撃より威力が高かったのか、さすがの皇帝も苦悶の表情を浮かべて膝をついた。荒い息をつき、態勢を立て直そうとしている。
「な、何もんや!」
「とうとう見つけたにゃ! さあ、ここでアタイの登場にゃ!」
どこからか跳躍し、皇帝の背後に着地した何者かは、他でもないミルだった。皇帝の背中に突き刺さった封旋圏を引き抜くと、得意げにVサインを作り出す。
「あっ! それあたしの決めポーズなのに!」
「パクったわけじゃないにゃー」
敵兵と戦っていたラナーもミルのポーズに気づいたのか、自身の決めポーズを使われたことに腹を立てていたが、ミルはそっぽを向いてしまう。
「く、お前は……あの浮浪者の……」
「今はそんなのじゃないにゃ! アタイは平和のために戦う美少女戦士にゃ!」
「うちかて平和のために戦っとんねん!」
「このクズの攻撃も止められないようなちんちくちんはお黙りにゃ」
「な、何やて!」
ミルの挑発にあっさり乗ってしまった瀬里奈は、額に青筋を立ててミルに掴みかかる。ミルも頭に血が上っていて、今にも戦い始めそうな険悪な空気が2人を包み込む。
「おい……何を、やっているんだ……まだ、終わっ……」
そこに地面に倒れ伏せたままの矢沢が注意しようとするも、彼はウェイイーから受けたダメージが大きく、声を絞り出すことさえままならない。
当然、2人には聞こえていない。そこに、皇帝が瀬里奈とミルに目線を向けると、ミルの胴体を両手で掴んだ。力を入れると、ミルの骨格がミシミシと悲鳴を上げる。
「ああ、ううあっ……痛い、痛いよ……」
「はは、ははははっ! まさか、舞い戻ってくるとは思わなかったがな! 失敗作めが!」
「しっ、ぱい……?」
皇帝が狂気を持って発すると、ミルは大きく目を見開いていた。何を感じているのかは瀬里奈にはうかがい知れなかったが、少なくとも恐怖感以外の、何か冷たく昏い感情が芽生えているのは察知できた。
しかし、ここで見ているだけではどうしようもない。瀬里奈はミルへの怒りを頭から追い出し、皇帝の脇へと回り込み、ギターのヘッドを皇帝に向けた。
「そいつを離しや!」
「っ!」
「光よ、昏き未来を照らせ! サンシャイン・ブレイザー!」
皇帝はミルを盾に使おうとしたが、それも間に合わずに瀬里奈のギターが発した黄色みがかった白いレーザーをもろに食らった。レーザーは城郭の一部を巻き込んで吹き飛ばし、はるか遠くの空を突き抜けていった。
皇帝は服のほとんどが焼け焦げ、毛皮もかなり燃えてしまっている。かなりのダメージを受けた肉体は、満足に力を発揮することも叶わず、ただ地面に崩れ落ちるだけだった。
「く……まだ、まだだ……まだ、終わっては、いない……!」
体中に火傷を負っているはずの皇帝は、それでも膝をついて千鳥足ながらも立ち上がり、ミルに掴みかかろうとする。
ただ、ミルに容赦はなかった。
「はんっ、もう諦めるにゃ」
ミルは冷徹に言い放つと、皇帝の金的に蹴りを食らわせた。それがトドメになったのか、皇帝は力尽きて前のめりに倒れてしまった。
「よっしゃ! うちの勝利や!」
「アタイがトドメを刺したにゃ」
「なんやて!?」
皇帝と倒したことで脅威は消えたと判断したのか、ミルと瀬里奈は再び掴み合って喧嘩を始める。しかし、状況はそれを許さなかった。
「ちょっと、2人ともやめなさいよ!」
「そうだよ。あんたたち、頭を冷やしな」
2人の喧嘩を止めたのは、他でもない波照間と環だった。完全に怒りの形相を作っている波照間は瀬里奈を押しのけ、冷たい目線をミルに向けた環が立ち塞がる。
「う……」
「わ、わかったにゃ」
瀬里奈とミルは互いに目を逸らし、喧嘩は収まった。ミルは足早にヘリへと戻り、瀬里奈は空を飛んで庭を見下ろす位置に陣取る。
一方、ヘリで待機していた青木や佐藤は、動けなくなった矢沢と鈴音を回収。ラルドも足元が覚束ないながらもヘリまでたどり着き、這いずるようにヘリの床面に上がり込んだ。
これで逃げる準備は整った。集まりつつある敵兵と戦っていたアメリアがラナーに声をかける。
「さあ、もういいですね!」
「そうみたいね! 瀬里奈ちゃん! こいつらを牽制して!」
「おっしゃ!」
瀬里奈はラナーの支援要請に腕を振り上げて元気に応じると、敵兵たちの前に躍り出てギターをかき鳴らす。
「高鳴る平和の旋律! シャイニー・ストライク!」
瀬里奈が叫ぶと、出現した音符たちが敵兵たちに殺到する。その隙にアメリアとラナーもヘリに搭乗。すると、ヘリのローターが回転数を上げて空中へと浮かび上がった。
『エグゼクター1、目標の回収成功。これよりホットゾーンを離脱する。RTB』
『RTBを許可。最優先であおばに着艦できる』
護衛艦『あおば』にある作戦司令部はSH-60Kに指示を出すと、今度は瀬里奈のインカムへ指示を出した。
『サリー、映像は確認できている。皇帝を回収せよ』
「おっしゃ! 任せとき!」
「そうは、させるか……!」
命令は戦闘不能になった皇帝を回収するというものだったが、皇帝はまだ立ち上がる力を残していた。瀬里奈に鋭い眼光を投げかけると、黒い魔法陣を展開する。
「はあっ!」
「うっそやろ!?」
黒い魔法陣が完全に展開されると、黒い光弾が瀬里奈に連射される。当然ながら瀬里奈は防御魔法陣を前面に展開して防ぐしかなかった。
しかし、それも少しの間。数秒の照射で力尽きたらしい皇帝は、魔法を中断して膝をつく。
とはいえ、周囲には敵兵たちが集まりつつある。もはや瀬里奈にもどうしようもなく、皇帝は回収不可能と言っても差し支えなかった。
「ごめん、無理や! 敵が集まってきよる!」
『了解。直ちに現空域から離脱せよ』
作戦司令部からの命令で、SH-60KとAH-1Z、多数のスキャンイーグルそして瀬里奈が離脱した。先に撤退したF-35Bも合わせ、全ての航空機がタンドゥから離脱したことになる。
あちこちから炎を噴き上げる城を背に、瀬里奈は去っていった。
皇帝を拉致できなかった。それだけが彼女の心残りだった。
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