183話 暗中の進撃

 下水道は複雑に入り組んでいたが、アメリアや銀の能力である魔力探知でフロランスの位置を捉えていた。さほど迷うことなく下水道を抜け、出口であるラフィーネ郊外のテグレア川へとたどり着いた。

 あいにく新月だったせいで周囲はほぼ真っ暗であり、裸眼ではほとんど何も見えない状態だったが、波照間が暗視ゴーグルを持っていたおかげで捜索には支障なかった。

 矢沢は部隊に集合をかけ、欠員の有無を確認する。


「全員集合。点呼を取る、右へ倣え。番号始め」

「1!」

「2!」

「3!」


 矢沢の指示で波照間、佐藤、愛崎が順に返答。波照間の部隊は、彼女以外の人員は三沢と横田共々エグゼクター1に回収されているため、これで全員揃っていることになる。


 そこで、アメリアもその点呼に加わるかどうか迷っていた。ジエイタイに協力する仲間とはいえ、実際は入隊しているわけではない。

 ただ、仲間として言っておきたいという気持ちももちろんある。

 意を決して、アメリアは声を上げた。


「よ、よん……」


 とはいえ、恥ずかしさと後ろめたさは抑えられず、声量はどうしても小さくなる。

 そこに、矢沢からの厳しい声が飛ぶ。


「そこ、声が小さい!」

「はっ、はい! 4!」

「5!」

「それでいい。誘拐犯の追撃に移る、分隊、ナイトビジョンを装備せよ。前へ進め」


 アメリアの次に銀も整列し、点呼が終了する。矢沢は何事もなかったかのように前へ進み、他の隊員もそれに続く。


 矢沢は点呼の際にアメリアを正式な隊員として認めてくれた。そのことを考えると、無意識に頬が緩んでいく。


「ふふ……」

「あら、嬉しそうね」

「あ、いえ、そういうことは……」


 つい笑みをこぼしていたところを銀に見られ、アメリアは赤面してしまう。銀は暗視ゴーグルを持ってはいないが、暗闇でも魔法防壁のロケーティングで表情を読み取られるのだ。


「そ、それよりフロランスちゃんを見つけましょう! ほら、早くしてください!」

「はいはい、わかったわよ」


 アメリアは顔を隠すように踵を返し、そそくさと足を動かし矢沢らを追いかける。

 途中、銀がクスクスと声を押し殺して笑っていた気がするが、早く忘れてほしいアメリアは何も言わなかった。


  *


「目標発見。1時方向、敵兵複数」

「よし、気づかれてないか?」

「気取られている様子はありません」


 矢沢は佐藤の報告を聞きつつ、敵を暗視ゴーグルで確認する。波照間の部下が撤退時に矢沢らへ引き継いだおかげで、全員が暗視ゴーグルで敵の姿をはっきり捉えられている。

 敵は12名ほど、川の土手の下にいて、馬車にフロランスを押し込んでいるところだった。彼女の腕には石作りの手錠がはめられており、その片方には小さな魔法陣が描かれている。


「ヤザワさん、私にも見えています。フロランスちゃんは戦闘用防壁の魔力収束を阻害する魔法陣で魔法が使えないみたいです」

「問題はない。我々が奇襲をかければいい」


 矢沢はハンドサインで隊員たちに射撃用意の合図を出す。アメリアが周囲の警戒を行う中、奇襲の準備が進む。

 しかし、虫の声と川のせせらぎしか音がなかった河原に、突如として爆発音が響く。


「っ、なんだ! 状況報告!」

「敵襲です! 6時方向! いえ、3時と9時方向にも!」


 アメリアが叫ぶと、光の剣を召喚するなり発見した敵へ突っ込んでいく。

 続いて、佐藤と愛崎も別方向へ射撃を開始。瞬く間に河原が明るい光で照らされた戦場と化した。


「波照間くん、フロランスの奪還は我々で行おう」

「了解です。馬を狙います」


 波照間は小さく頷くと、小銃を手にして馬へと射撃。近くにいた敵兵が防御魔法陣を展開したが、一部の銃弾は展開前に抜けて馬へと着弾する。


「ヒヒイイイイィィィ!!」

「こら、暴れるな!」


 馬車を牽く2騎のうち1騎が被弾し、血を流して地面に倒れ伏せる。側の1騎は攻撃を受けていないにも関わらず、隣の馬が死亡したことに驚き、大きくいなないて暴れ出した。

 他方ではアメリアや佐藤が敵兵を駆逐し、馬車へと殺到していく。たとえ領主軍の兵士といえど、少数であれば能力に勝るアメリアや自衛隊員の敵ではない。


 矢沢も馬車へと駆け寄り、馬を宥めようとしていた御者の腕に拳銃弾を叩き込んだ。これで馬車は動かない。

 そして、馬車の扉を開けて拳銃を中に向ける。


「これまでだ、ローエン・サリヴァン」

「それはどうかな」


 サリヴァンはフロランスの首筋にダガーを突き立て、矢沢を脅した。流石にここまで追いかけられるとは想定外だったのか、脂汗が車内の照明を受けて鈍い光を照り返していた。

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