120話 オペレーション・ローカスト

 アメリアがシュルツと決別する意思を決めてから4日後、ロッタ率いるフランドル騎士団の独立遊撃大隊が物資集積地南方のパラメトル山近辺に展開したと通達を受けたので、直ちに作戦が開始されることになった。

 あおばとアクアマリン・プリンセスは反撃を警戒して岸壁を離れ、沖合に出ていた。どこかに監視要員の哨戒艦や諜報員がいてもおかしくなかったが、今のところ特異な行動を察知された気配はない。


「今日は快晴、絶好の奇襲日和だな」

「CICにいては新鮮な空気も吸えませんけどね」


 矢沢がつぶやくように言うと、菅野が茶々を入れてくる。CICのどこかで声を押し殺した笑い声が聞こえたが、むしろ戦闘前にリラックスしていることはいい傾向だと考えてスルーした。

 だが、これからはそうもいかない。ひとたび戦闘配置を宣言すれば、この艦は戦場へと変わるのだ。


 矢沢はデジタルマップ化された周辺の地図を巨大モニターに目をやりながら、CIC全体に伝える。


「対地戦闘用意。対空、対水上、対潜警戒を厳となせ」

「対地戦闘用意。繰り返す。対地戦闘用意。対空、対水上、対潜警戒を厳となせ」


 矢沢が戦闘用意を宣言すると、艦内に連続した警報音と徳山の放送が響き渡った。

 続いて、矢沢は無線機を取って艦橋へ指示を出す。


「針路090、両舷前進強速、黒20」

『針路090、両舷前進強速、黒20。ようそろ!』


 艦橋の鈴音が確認のため返答するなり、先ほどまで12ノット前後を維持していたあおばが16ノット程度にまで増速する。あおばが搭載する2基の電動機が唸りを上げ、異世界の海をかき分けて太陽の方角へと進んでいく。


 それから数十分後、前線に出ているロッタがスキャンイーグルの中継を介して通信をよこしてくる。


『こちらは準備できたぞ。山の警戒部隊は掃除できた』

「よし、よくやってくれた。死者は何名出た?」

『6名だ。案外敵が少なくて助かったが、既に襲撃がバレている可能性もある』

「問題ない。それより、直ちにそこから退避してくれ。もうすぐミサイルを発射する。戦果確認はシーホークとスキャンイーグルが行う」

『了解』


 ロッタは短く言うと、通信を切った。これから離脱し、騎士団の嫌がらせだと思わせる。バレていなければそれに越したことはないが、魔法防壁の全体的な性質からしてそれは自信がなかったのだ。


 とはいえ、作戦に障害はない。先行したSH-60KとAH-1Zがヘルファイア対戦車ミサイルを満載し、24式艦対艦ミサイルを発射した直後に攻撃を仕掛け、離脱して再攻撃を行う。どのみち全ての物資を破壊することは不可能なので、機動力を以てできる限りの損傷を与えるだけでいいのだ。


「これより、24式による攻撃を行う。ミサイル発射用意、目標は敵物資集積地」

「24式、対地攻撃始め。目標、敵物資集積地の食料及び駐留戦力」

「エグゼクター1、24式の終末誘導を行え。空対空戦闘はヴァイパー3のみ許可」

『こちらエグゼクター1、了解』

『ヴァイパー3、ラジャー』


 徳山が矢沢の号令を繰り返すと、担当する射撃員がミサイルの発射準備を進め、佳代子が配下のヘリ2機に命令を下す。


 24式は米軍のトマホーク及びLRASM巡航ミサイルを参考に開発されており、何らかの偵察手段により得た情報を活用して標的へミサイルを投射できる。


 巡航ミサイルは発射位置を悟られて艦が攻撃を受けるのを防ぐため、地上を這うように超低空で飛行しつつ、複雑なルートを辿って敵へ突入する。今回の24式は巡航ミサイルという武器を知らない敵を混乱させるため、ヘリが侵入する南を除く四方八方から同時に突入するよう時間を調整される。


「24式、諸元入力完了。射撃用意よし」

「了解。24式、順次発射せよ」

「第1陣を発射。てーッ!」


 徳山の命令を受けると、射撃要員が発射ボタンを押した。あおばの前後に設置された垂直発射装置からミサイルが発射され、橙色の炎と灰色の煙を噴き上げて地上目標へ向けて飛び立った。


 その後、ミサイルは発射時に使用したロケットブースターを切り離し、ジェットエンジンを起動。慣性航法装置と地形図、前方監視カメラを頼りに、艦の洋上計画システムで策定された航路を辿り敵へと向かっていく。ミサイルは10秒から20秒間隔で発射され、合計40発があおばのVLSから放たれた。


「あれがジュンコーみさいる、なんですね……」


 矢沢らと同じくCICに詰めていたアメリアが息を呑んだ。モニターの隅に映った外部映像からミサイルが発射される様子を見ていたのだ。


「そうだ。自衛隊はこの類の武器を最近まで持っていなかったが、周辺国の脅威を見据えて開発されたものだ。これまで防衛任務しかこなせなかった海自の護衛艦は、地上への高い攻撃力を手に入れたわけだ」

「すごい……どこまで届くんですか?」

「最大射程は2000㎞を超える。沿岸部に接岸して発射すれば、ラフィーネの北部に連なる山脈を超えていけるだろう」

「2000㎞……アセシオンの半分以上が射程内じゃないですか……」


 アメリアは冷や汗を流していた。2000㎞もの彼方から攻撃できる兵器など、この世界にとってみればゲームチェンジャーも甚だしい。


 同時に、これほどの兵器を持っている自衛隊に、畏怖とも尊敬とも取れる感情を抱いていた。これほどの力がありながら、決して驕らず、ただ人のために活動できるなど、そうできることではない。


「そういえば、この作戦って何か名前があるんですか?」

「作戦名……? ああ、考えたこともなかったな」


 アメリアからのツッコミを貰い、矢沢は腕を組んで考え込んだ。


 これまでは作戦名などつけず、計画番号として1からの整数をつけていた。アメリアはそれが気になっていたらしい。


「はい、はーい! じゃあ、わたしが考えちゃいますっ! えーっとですね──」

「オペレーション・ローカスト、つまり飛蝗と化したバッタだ」

「うう、何で勝手に決めちゃうんですかぁ……」

「バッタ……勘弁してくださいよ」


 勝手に作戦名を決められたことを佳代子は悲しみ、一方で虫が嫌いらしい菅野はばつが悪そうな顔をしていた。


 飛蝗と化したバッタの大群は飛来したエリアの食物を片っ端から食い尽くし、次の場所へと移動する。この状態のバッタは繁殖力が向上し、さらに勢力を増すことで知られる。蝗害は古くから国家を脅かしてきた災害であり、聖書にも大災害として記されている。それに加え、蝗害は飛行機の運航にも支障を来すこともある。

 多数のミサイルの群れで食料を攻撃し、反復攻撃を実行しつつ航空戦力を削り、帝国へ大打撃を与えるこの作戦にはピッタリな名前と言えよう。


「食害ですか……何というか、すごいネーミングですね……」


 アメリアは呆れながらも、理由を聞いて少しは納得した。こんな些細なことでも、彼なりに色々考えているのだなと。


 しばらくすると、マップ上からミサイルの表示が消えた。効率のいい高高度飛行をやめ、低空飛行に入ったことの証左だ。

 あと十数分でミサイルが着弾する。これから起こる未来を考えると、やはり彼らと行動を共にしたのは間違いではなかったんだと改めて思っていた。

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