370話 狭まる選択肢
マオレンという種族は、常に戦いを求める傾向にある。このエイディーン大陸に根を張るレン帝国だけでなく、スタンディア大陸の雪山に暮らすマオレンの少数民族たち、アモイ北部の小国サミド首長国も例外ではない。
それに加え、他種族への差別感情も高いレベルにある。まずプライドの高さが根元にあり、そのメンツを保つために強さを求める。単純に強さを求めるのではなく、自らのプライドを保つための術がマオレンの戦う意味なのだ。差別意識もそこから来るもので、決して種族としての誇りがあるわけではない。
マオレンという種族意識も重要な要素であることも事実ではあるが、その種族内でも階層があり、戦いを繰り返す辺りがその表れだろう。
パロム自身は乗り気ではなかったが、レイリの命令ならば致し方なかった。レイリの命令は神の勅命に等しい。たとえ天地を一つに混ぜ合わせるような無理難題だろうと、すべからく引き受ける義務がある。
その命令に従い、パロムは帝都タンドゥの帝府を訪れていた。俗に赤於宮と呼ばれる皇帝の居住区であり、政府機関もこちらの敷地にある。
警衛たちに迎えられて赤い門をくぐり抜けると、軍務大臣のハオが出迎えてくれる。背の高い金色の毛並みを持つ男で、矢沢たちの言う「チーター」と呼ばれる生物に顔立ちが非常に似ている。
「やあ、パロミデス。待っていたよ」
「心にもないお出迎え文句をどうもね」
「はは、何を。我らはいつでもあなたの味方なのだよ?」
「そうであることを願うよ」
パロムは嫌味ったらしく粘ついた声を発するハオに呆れつつも、彼と並んで広場を歩く。今日も赤於宮は政府職員や侍従たちが行き交い、人通りだけならば市場にも劣らない活況を呈していた。
「さて、我が国はシュトラウスと緊張状態にある。連中の侵入が増えてきてね、我らとしても迷惑を被っているのだ。この状況、どうにかならないものか」
「穀物の先物価格が全体的に上がっていることは承知してるけど、だからと言って戦争に走ることはやめてほしいんだよね。シュトラウスのせいにされても、うちだって困るね」
「穀物のことは関係ない。我はただ、シュトラウスに対する防衛政策の話をしているのだよ」
「シュトラウスの話は後で話すから、今はうちのお願いを聞いてほしいんだけどね」
「相変わらず、あなたは世間話ができない子なのだね」
「うちだけじゃないね。ジンはみんな世間話が嫌いだからね」
「どうもそうらしい。わかったよ、お願いとは何かな?」
自らの弁舌を振るっていたハオだが、それを思い切りぶった切られたせいで少しばかり不機嫌になっていた。その心の機微はパロムにも察知できており、彼が考えないようにしていた灰色の船のイメージも同時に浮かび上がってくる。
「そっちの予想通りだね。灰色の船と交渉を受け持ってほしいんだよね」
「……その話はココじゃあまり触れられたくない話題なのだよ。シュトラウス以上にピリピリしている」
「そんなことは百も承知なんだよね。3巨頭のうち2ヶ国を陥落させたあの船は、確実にそっちの脅威になるはずだからね。だからこそ、大事なのは対話と譲歩じゃないかね」
「そうは思わない。幾ら得体の知れない技術を使って世界を混乱に陥れる存在だろうと、彼らは人族なのだろう? 文明的ではない者たちと対話するなど、陛下や政府が許さないのだよ」
「そっちの定義で言う文明的って何なのか、うちには理解しかねるけどね。猫耳が文明的だっていうなら、あっちの世界にもそういう喫茶店はあるけどね」
「何が文明的かは陛下が決めることなのだよ」
「それじゃ困るんだよね。これはレイリの命令なんだからね」
「はぁ、その名前を出されちゃ、こっちだって困るよ」
レイリの名前を聞くと、ハオはこめかみを押さえてため息をついた。彼らにとって頭が痛い事案なのは承知しているが、それでも、これは命令なのだから。
「困っているのはうちも一緒なんだよね。そもそも、そっちがくだらないプライドとやらを維持するために他の種族を貶すようなマネをして、奴隷なんて運用しなければ、こんなことにはならないんだからね」
「奴隷は実務面でも必要なのだよ。彼らがいなければ、どうやって食肉の飼料を生産するんだい? 鉱山の働き手は?」
「それは君たち自身がやるべきだね。自分たちの食べ物や使うものくらい、自分たちで作ってみたらどうかね?」
「そんなことをしたら、あのトカゲ共と戦う力が減るじゃないか。灰色の船だけじゃない、シュトラウスだって安全保障上の懸念材料なんだから」
ハオはムッと怒りの表情を湛え、パロムに食って掛かる。もちろん彼が言う安全保障上の懸念も怒りの源流にあるのだが、それ以上にパロムの辛辣な一言に苛立ったことが一番大きい。
だが、パロムはそれに付き合う義理などなかった。あちこちに根回しするような丁寧な外交交渉などしたくないと思っていたし、任務が達成できるのならそれでいい。
「それなら、君たちには選ぶ権利があるね。シュトラウスに滅ぼされるか、灰色の船に降伏するか、それともジンに滅ぼされるか。今あちこちで起こってる問題は、それこそ放っておけばレイリがガチキレしそうな案件だしね。これ以上人間たちの間で不和が起きるようなら、戦争中の同士討ちを避けるために国を1つ2つ間引くようなことはしかねないね」
「それは脅しなのかい?」
「可能性の話に過ぎないけど、うちだって10年前の大暴れは予想できなかったんだからね。今は比べ物にならないくらい状況がひどいね。ダイモンが直接介入していた事例もあるし、異世界まで巻き込んでいたんだから、レイリもなりふり構っていられなくなってるんだよ」
「……ああ、わかったよ。こっちでとりなしておくから」
「じゃ、よろしくお願いね」
パロムは小さく頷くと、ハオの全く取り繕わない辟易した顔をじっと眺めた。
ただ外交交渉を使って相手に選択を強要させるだけではダメだ。何としても、彼らの意識改革を行う必要がある。でなければ、パロムが自分で口走ったことが現実になりかねない。
誰かに肩入れするようなことはしたくないが、今は自衛隊の味方をするしかない。さっさと帰ってもらわなければ、今度こそこの世界は大混乱に陥る。
自由勝手に生きるのがパロムの生きがいだが、世界が滅んでしまえばそうもできなくなる。
結局のところ、ある程度は誰かに奉仕しなければ人は生きられない。パロムは城内で遊ぶ子供たちの横顔を見ながら、妙な懐かしさを覚えていた。
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