49話 炎の槍
「あれは……!」
水平線の向こうにある灰色の船を注視すると、船の後部から再び飛行物体が飛び立ったのが見えた。
ただ、ここからではよく見えない。見張り員に声をかけた。
「見張り員、灰色の船から飛び立った飛行物体の特徴を詳しく確認してください!」
「はい! 先ほどの飛行物体より大型で形状が全く違い、しかも人が乗っています!」
「人……?」
ライザは息を呑みながら、飛び立った飛行物体をよく見ようとした。
人が乗っているのは、先ほど文書を運んできた物体より重要な任務を帯びていることの証左だ。彼らがアセシオン語を操っていたことを考えると、流星攻撃の危険性も知っていて、その上で降伏を伝えに来たのかもしれない。
いや、その可能性は存在しない。あれほど圧倒的な能力を見せつけておいて、このまま降伏するとは思えなかった。
「となると、偵察行動……?」
考えられるとすればそれしかない。本格的な攻撃に備えてか、はたまた今後の情報収集目的か。いずれにしろ艦に危険が迫っていることは確かだった。
そうなれば、提督に報告しないわけにはいかなかった。
「提督、彼らは偵察を行っていると思われます。流星を使うなら今すぐに」
「お前もわかっているだろう、流星は時間がかかる」
「それは……そうですが」
ライザは歯噛みをしながら灰色の船を睨みつけた。
あれだけの圧倒的かつ強大な戦闘力を持ちながら、不可解な行動ばかりを行ってくる謎の船。速度はあちらの方が上で、戦力でも絶対的優位な立ち位置にありながら拿捕もせず見逃すような通告を出してきたり、わざわざ有人の飛行物体を飛ばしたりと、一体何がしたいのかわからない。
ライザが流星攻撃をなるべく早めるようにと言ったのも、あの船の不気味さから来る恐怖心からだった。
これほどの不気味な相手は早急に沈めてしまうに限る。そうでなければ、やられるのはこちらの方だ。
得体の知れないものに対する恐怖。ライザは枯れ果てたと思っていた自分の心がそんな感情を宿せるのかと、1人考えていた。
その時、ライザは何かに見られているような寒気を感じた。
どこまでも不気味な灰色の船とは違って、この魔力の感覚には覚えがあった。
「摂理の目……やはり偵察目的ですか。となると……」
そこでライザは悟った。彼らは奴隷を取り返そうとしているのだ。既に近衛騎士団の何人かが捕虜に取られ、ハイノール島に奴隷を移送したことが知られたのだろう。
あの有人の飛行物体にはアセシオンの協力者が乗っていて、摂理の目を使って奴隷を探していた。そう考えるのが筋だ。
そして、彼らは偵察を終えた。この船に奴隷が乗っていないことを知られてしまっただろう。そうなると、この船は攻撃を受ける可能性が極めて高い。
「提督、あの飛行物体を今すぐ撃墜してください! あれが報告に戻れば、艦隊は壊滅します!」
「できん! 奴らは遠距離魔法が届かないところを飛んでいる上、グリフォンは全て叩き落とされたんだぞ!」
「く……! ならば、流星を放った後は総員離艦を進言します。この船は狙われます」
「その必要はない。もう流星を落とせる」
提督は神妙な表情をライザに向けたが、すぐに甲板の魔法使いたちに指示を出した。
「流星を落とせ!」
「了解!」
魔法使いたちが返事をするなり、魔法陣の光が輝きを増していった。遥か天空に浮かぶ流星を地上に引き寄せ、狙った場所に落下させる究極の技が発動したことを示している。
ただ、発動から落下までには5分程度の時間が必要になる。その間に攻撃を受ける可能性は高い。早く、早く、とライザは逸る気持ちを抑えきれずに何度も心の中で叫んだ。
どこまでも常識が通じない危険な敵。彼らはそういう存在なのだ。
それを証明するかのように、それから間を置かずに灰色の船から再び何かが射出された。先ほどグリフォンを駆逐した尾を引く槍と同じく垂直に発射されたそれは、真っ直ぐ天に向けて上昇していく。雲を突き抜け、その遥か高くまで。
「まさか、隕石を撃ち落とそうと……!?」
空高く昇っていくということは、それしか考えられない。
流星は迎撃不能であることから人族最強の魔法として君臨しているのに、それを迎撃されるとなれば、本格的にあの船への対抗策が無くなる。そうなれば、この無敵を誇るアセシオン帝国が敗れることになるかもしれない。
そうなれば、この国はどうなるのだろう。そんなことを考えると共に、敗れてしまえば腐りきったアセシオンの地も少しはまともになるのではないか、という淡い希望を持ったりもしている。
そして、あの皇帝や提督の処遇も、それ相応のものに……。
「提督! 奴らが何かを発射! こっちに向かってきます!」
「今度は何なんだ……」
見張り員の怒号と、提督の萎れた声がライザを現実に引き戻した。
ふと灰色の船を見やると、尾を引く槍が残した煙が増えていることに気づいた。それも、斜めに発射された跡がある。
そして、噴煙の先には水面を這うように高速飛翔する飛行物体が複数見えていた。それは迷うことなくファルザーと麾下の流星小隊を狙っている。
「やはり、そうか……」
ライザは右手で顔を覆うと、大きくため息をついた。
あの誘導武器には複数の種類があり、攻撃目標ごとに別種の武器が投射されるのだろう。グリフォンを襲ったものが対空用のそれだとするなら、水面を這いながらこちらへ向かっているのは、船舶へ向けるものだ。
たとえ腐敗していたとしても、アセシオンの皇帝が保有する立派な海軍戦力。それをたった1隻の船に蹂躙されるなど、悪い夢を見ているようにしか思えなかった。
すると、遥か上空から多数の光の筋が落ちてくるのが確認できた。それは海面に落ちる前に燃え尽きていき、光のシャワーを空に描いていた。
あの光は灰色の船に直撃させるはずだった流星が砕かれた後の残骸だと知るには、さほど時間がかからなかった。その引き寄せたはずの流星が時間になっても一向に落ちてこないからだった。
「僕たちは、負けたのか……」
ライザが気づいた時には、船の後部楼から巨大な火柱が上がり、強い衝撃波が甲板を襲っていた。
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