388話 在りし時の記憶

「む、ついてこないのか」

「紹介はしたから、後はセルフサービスでよろしく、っていうところだね」


 皇宮に向かう牛車の前で、パロムは飄々とした態度で矢沢に言い放った。


 今回のレン帝国との会談に際しても、パロムの協力を得た形となっていたが、もう力は貸してもらえないらしい。


 理由は何となく察しがついたが、一応念のために理由を聞いておくことにする。


「申し訳ないが、理由を聞かせてほしい」

「これ以上口を突っ込む義理はないからね。うちはあくまで協力しただけだね。それに、最後まで面倒を見るようなことは、君たちも望まないんじゃないかと思ってね。それこそ出過ぎたマネだと思うけどね」

「わかった。交渉に協力してくれたことには強く感謝している。後は我々だけで解決してみせるよ」

「それでこそだね。仲間たちを君たちの手で取り返せるといいね」


 パロムはそう言うと、小さな子供のように天真爛漫な微笑みを見せてくれる。


 これも彼女なりの応援なのだろう。確かに協力は得たかったが、パロムはそれ以上にこちらの「意志」を尊重してくれている。


 この世界は多くの種族がいて、それぞれは大抵の場合が独立して各個に国家や集団を形成して生活している。他人はどこまで行っても他人であり、種族が違えば思想も大きく違う。


 そんな中で、ラナーや彼女に賛同した者たちのように、人族へ憐みの目を向ける者たちもいれば、ミルのように人族にべったりな者もいる。そういう人々は「他種族であっても隣人である」という思想、もしくはそれに近いメンタルが、頭のどこかにはあるのだろう。


 それは、もしかするとジンである彼女らがいるからなのではないか。矢沢はふと考えた。


「……艦長さんの考えは、まぁ当たらずとも遠からずって感じだね」

「む、どういうことだ?」


 また思考を読まれたらしく、パロムはクスクスと笑いながら矢沢に上目遣いをする。


「それはね、神様の存在のおかげなんだよね。うちは神様のことを知らないけど、神様はかつてダイモンと戦う時に、ジンの集団とは別に多種族で構成される大規模な軍隊を創設したんだよね。ダイモンはこの世界にとって極めて有害な存在だから、みんなで協力して倒そう、って宣伝活動をしたんだよね。その多種族連合はダリアやアルトリンデのような古い国家の素地になっているんだよね」

「そうなのか?」

「今も世界中でその話は語り草になっているし、様々な形を得て人々に浸透しているんだよね。それこそ勇ましい英雄譚だったり、日常を語り継いだ平和な詩歌だったりね。もちろん、今のアモイやシュトラウスみたいな神様への大逆まがいなことを喧伝する国家も現れたけど、それでも完全には拭いきれないんだよね。神様がこの世界を今も守っていて、かつて神様やジンと轡を並べて戦った種族たちも、そのことを覚えているんだよね。まるで遺伝子に刻まれているようにね」

「まだ覚えている、か……」


 パロムの言葉に、矢沢はえもしれない複雑な感情を抱えた。


 どんな国にも、煌びやかでノスタルジックな歴史や、トラウマとなるような記憶は存在するものだ。


 中国で言えば、長い歴史の中で幾度となく戦争を繰り返して国を幾度となく失おうとも、アジア一番の大国であり続けた矜持。ロシアで言えば、かつて強大な力を持ったソ連という大国だったという、もはや羨望にも近い郷愁。アメリカで言えば、自らの手で独立を勝ち取り、世界の大国に上り詰めた誇り。


 そして、日本で言えば、かつて凄まじい戦火にさらされ敗北したという苦い歴史、その中にあっても日本を維持し続けた、日本はどこまで行っても日本だという里心がそれに当てはまるのだろう。


 この世界の人々は、かつて違う種族たちと肩を並べ、神と共に恐ろしい敵と戦った記憶をどこかに共通して持っているのだという。だからこそ、多くの種族がいたとしても、完全に他人だとは思わず「隣人」として協力し合う思想が生まれるのだろう。


 世界は決して1つにはなれないが、手を取り合うことはできる。ジンたちはそれを経験しているし、今を生きるこの世界の人々も先祖の記憶という形で覚えているのだと。


 そう思うと、我々自衛隊も、レン帝国と交渉することで解決策を見出し、囚われた邦人たちを助け出せるかもしれない。そういう希望が湧いてくる。


「助けにはなったかい?」

「ああ、十分に」


 パロムは先ほどとは打って変わって、慈愛に満ちた大人の笑みを見せた。


 直接的な力とはならないが、背中を後押ししてくれる素晴らしい話だった。それだけでも大きな価値がある。


 すると、パロムは牛車の上で手遊びしていたミルに目を向けると、そちらに近づいて声をかけた。


「ミルはどうするかね? このまま艦長さんについていく?」

「アタイはそうするつもりにゃ。ご主人様のお使いがいたら、あっちも安心できると思うにゃ」

「そうかい。じゃあ、君に任せるよ」

「にゃ!」


 パロムが軽く返すと、ミルは大きく頷いた。


 ミルの「ついていく」とはどこまでを指すのかよくわからないが、パロムとは違って今後も助力してくれるようだ。それをありがたいと思いつつ、矢沢は牛車に乗り込むのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る