93話 一騎打ちの始まり
「いよっしゃー! そんな奴いてまえー!!」
瀬里奈の歓声が響く中、アメリアも魔法防壁を最大限まで解放していく。
「やはり洗脳を解いてしまいましたか。陛下直属の宮廷魔術師4人がかりでかけた魔法でしたが」
「フロランスさんが神の奇跡で解いてくれました。本当に感謝しています」
アメリアは鋭い目線をヤニングスに投げかける。
先ほどまで豚に心酔していた哀れな少女の姿などどこにもなかった。ただ自分の敵だけを見据え、立ち向かう意志を瞳に湛えた戦士がいるだけだ。
矢沢は89式小銃の安全装置をロックすると、アメリアへと駆け寄った。
「アメリア、本当に無事でよかった」
「はい、お陰様で~~~~~ッ!?」
アメリアは矢沢に振り返るが、急に顔を真っ赤に染めてしまった。
それだけではない。右手に持っていた光の剣を霧散させると、代わりに火球を生成して矢沢にぶん投げたのだ。
「んごぉ!?」
「ああうううううぅぅぅぅ……」
もちろん攻撃を受けた矢沢は煙を吐きながら仰向けに倒れ込んだ。一方のアメリアは顔を腕で覆ってその場にしゃがみこんでしまう。
「な、なぜだ……」
「えっと、だって、あんな裸の姿を見られたなんて……ううっ」
「まあ、確かにあんな姿で豚が旦那だと言わされていれば、恥ずかしいのもわかるが」
「いえ、実際あの豚さんは結構筋肉質で男らしかったので、結婚してもいいかなーって思ってました」
「なぜ私はダメで豚はいいんだ!?」
豚の話になるとケロッと正気に戻るアメリアに、矢沢は深く呆れてしまうと同時に、彼女に艦内の案内をした時のことを思い出し、先ほどの豚にえもしれない敗北感を感じていた。アメリアはおじさんより豚を結婚相手に選ぶのか?
「コホン……漫才はそのくらいにしてください」
さすがに見苦しかったのか、ヤニングスが割り込んでくる。矢沢は煤塗れにされた顔をタオルで拭きながら高機動車の脇にまで撤退し、アメリアは再度光の剣を召喚し直した。
「すみません、取り乱してしまいました。敵を前にして取り乱すのは戦士の恥。そうですよね?」
「戦士の恥ではなく、最低限してはいけないことです」
「あはは、そうですよね」
アメリアは苦笑いをしながらも、腰を落として戦闘態勢に入る。今度こそ集中し、己の敵だけを見据える。
「アメリア、我も戦うぞ」
「いえ、ここは私に任せてください。この人を倒さないと気が済まないんです」
「お前……いや、いい。好きにしろ」
ロッタはアメリアに対し助太刀を申し出たが、アメリアはそれをすぐさま拒否した。
その様子を見て何か思ったのか、ロッタは渋い顔をしながら後ろへ下がる。
矢沢は下がってきたロッタに対し、皮肉交じりに声をかけた。
「君なら無視して戦うかと思っていた」
「ふん、あいつは戦士ではない、まだ少女のままだ。奴に負けることで己の未熟さを知るだろう」
「年上のお姉さんに対してそんな口を聞く──!?」
「黙れ。我は魔物相手に遊んでいた者とは違う」
次の句を継ごうとした矢沢だったが、いきなり股間への一撃が飛んできて中断させられてしまう。ロッタは愛称で呼ばれることも嫌うが、子ども扱いした時も同様らしい。
とはいえ、外見通り子供っぽいものの、自分の実力には自信があるようで、明らかに対人戦闘経験が薄いアメリアとは違うと強調した上で分析を行っている。
これから行われるのは軍隊同士の集団戦ではなく、イーブンな条件下での一騎打ちだ。互いの実力が如実に表れることになる。
現代における正規戦は、あくまで国家同士が対称な状態での戦争でしかない。特殊部隊を用いた少人数での戦闘行為も、結局は手厚い支援と連携ありきの集団戦になる。
スポーツではなく、実際に国の行く末を賭けて雌雄を決する戦闘行為としての一騎打ちは、矢沢や愛崎が初めて目にするものだった。
銃を構えて横入りするタイミングも掴めず、ただ固唾を呑んで見守るか、周囲の警戒を行うしかない。
アメリアは魔法防壁を解放し、ヤニングスへの攻撃タイミングを見計らっている。
「私はあなたを倒すため、いえ、アセシオンとアモイを倒すために日々努力を続けてきました。絶対に負けません。負けられないんです」
「それは手前とて同じこと。貴族が領地そのものであると同じように、陛下は国家そのもの、国家への攻撃は陛下への攻撃に同じ。あなたが国を亡ぼすと言って聞かないのなら、もはや手加減も容赦もできません」
「望むところです!」
アメリアは力強く叫ぶと、脚に青い魔法陣を展開させて反動をつけ、一気にヤニングスへ襲い掛かった。魔力の加速で目にも止まらない速さで接近し、光の剣を振りかぶる。
「せやっ!」
光の剣がヤニングスのレイピアに防がれ、火花を散らした。攻撃は完全に防御されている。
矢沢はその様子を見て疑問を口にする。
「光で剣を作っているのに、なぜ防がれる? あれはレーザーソードの類ではないのか」
「あれは強烈な光を放つ実体剣だ。光に変換する前の魔力を集め、硬質化させている。光を放つのはアメリアの魔力が持つ特徴だろう」
「アメリアちゃんの得意技だけど、ああいう技って実はけっこう高い技術力がいるのよ?」
ロッタが答えていると、後ろから急に現れたフロランスが言葉を継いだ。ロッタと矢沢、愛崎は驚いて飛びのいた。
「お前、また唐突に!」
「ふふ、驚いたでしょ?」
「全く、心臓が止まるかと思ったよ」
ロッタが叫ぶと、フロランスは小さく微笑みを返した。一方で愛崎は青ざめた顔を彼女に向けていた。
あちらでは戦闘が行われているというのに、まるで緊張感がないと呆れていた矢沢だった。
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