81話 竜騎士の襲来

 言うまでもなく、村は大混乱に陥っていた。

 突如現れた赤いドラゴンが村の広場に着地するなり、背中に騎乗していた1人の騎士により、村の守護者が全滅してしまったからだ。


「くそ、くそっ……」


 村長はやりようのない怒りを、地団駄という形で大地にぶつけるしかなかった。


 魔法の才能はからっきしだったガルベスにも、あの竜騎士の強さは十二分に理解できた。魔法防壁を最大限に展開し、全方位から攻撃をかけた守護者たち18名を一瞬で戦闘不能にしてしまった。それも、得物として使っていたレイピアは一切体に触れさせず、殺すこともなく。


 アメリアも魔力で作り出した光の剣を使わせれば、並の領主軍兵士など赤子同然だ。事実、1年前に徴税に訪れたベルリオーズ伯と部下40人を、たった1人で返り討ちにしてのけた程だ。


 だが、奴は次元が違う。明らかにアメリアの実力を大きく上回っている。

 数多くの修羅場を潜ってきたであろう卓越した戦闘技能、人とは思えないほど強大な魔法防壁、そして全く容赦がない目つきと立ち振る舞い。全てがアメリアを凌駕しているのだ。


 その騎士がガルベスの方へ歩いてくる。その歩行の仕方までもが戦士然としていた。一切の隙がないくせに、自分こそは王者だと言わんばかりに堂々と胸を張り、一歩一歩確実に地面を踏みしめていた。


 身長はおおよそ190㎝前後、やや細身ながら服越しにも発達した筋肉が見て取れる。ほぼ全身を覆う白基調に赤と金色が入った騎士服は、胸や脚に銀白色の装甲が施されている。それとは対照的に、頭部はバンダナ1つ身に着けていない。

 髪型はアッシュブロンドの短髪で、やや強面ながら精悍な顔立ちをしている一方、瞳は青く透き通っていた。


 外界との関りがほとんどないこの村にも、彼の噂は少しばかり入ってくる。3年前のエルフとの戦争では、たった1人でエルフの大部隊を撃破したとされるほどの高い戦闘力と、そして自身が指揮に徹した戦いでも戦力差10倍を謎の戦略で包囲殲滅してひっくり返し、自軍に損害はほとんど出さなかったほどの卓越した戦略眼を持っているという。

 彼の名はヴァン・ヤニングス、近衛騎士団陸軍部の団長だ。


 ヤニングスはレイピアを収めながら村長に近づくと、重々しく口を開く。


「ここは皇帝陛下が治めるアセシオンの領土、陛下の信任を受けた手前に刃を向ける行為は、すなわち陛下への反逆を意味します。今後はこういうことが無きよう願いたいものです」

「う、うるさい! ここは我々の村だ! お前たちなんぞに年貢など払わん!」

「今回は税の話ではありません。ここを集合地点として使わせてもらいます」

「集合地点だと……?」


 村長が訝しげな顔をする。ガルベスにとっては見慣れた顔だが、一方でヤニングスの来訪は異常事態に過ぎた。それも、村をただの集合場所に使うことなど。


「そろそろ来るはずです」


 ヤニングスがそう言うと、村の入り口付近の茂みから2人の女が現れた。それも、どちらとも誰かを背負っている。


「時間通りですね。さすがライザです」

「御託はいいので、早く出発しましょう」

「あーあ、やっと帰れるわ」


 ヤニングスは2人の姿を確認するなり、村へ乗りつけてきたドラゴンへ戻っていく。

 だが、そんなことは問題ではない。ガルベスにとって重要なのは、黒髪の若い女が背負っている少女のことだ。


「おい、あれ……アメリア姉さん!?」

「何、アメリア?」


 その場で凍り付くガルベスに反応し、村長もアメリアを確認する。最初は怒りを湛えていた表情が驚愕のそれに変わる。


「待て、お前たち! アメリアをどこに連れていくつもりだ! いや、それよりアメリアをどうやって捕まえたんだ!」

「おや、お知り合いでしたか。ですが、あなた方には関係のないことです」


 黒髪の若い女は振り返りもせず冷徹に切り捨てた。

 だが、こんなことで引き下がるわけにはいかない。ガルベスは黒髪の女の上着を引っ張り、強引に彼女を引き留める。


「待てって言ってんだろ! アメリア姉さんを離せ!」

「しつこいですよ」


 もちろん、止まれと言って止まってくれるほど彼らは優しくないことをガルベスは知っている。振り払われるのもわかっていた。

 だからこそ、アメリア姉さんを取り戻すのだという決意が湧き出てくる。


「アメリア姉さんを……返せ!」


 ガルベスは魔法防壁を解放すると、アメリアから教わった白いレーザーを発射した。黒髪の女を覆うほどの極太レーザーが村を貫き、外部の森まで焼き払う。


「何度も言わせないでください」


 だが、敵は遥かに上手だった。魔法防壁を集中させてレーザーを防ぎ、逆に紫の光弾を連射してくる。


「うっ、このヤロ!」


 ガルベスは防御魔法陣やサイドステップで回避していくが、それでも1、2発は食らってしまう。腕に直撃した痛みを堪え、態勢を整えていると、次の瞬間には赤髪の女が眼前に現れていた。


「大人の言うことは聞きなさい!」


 赤髪の女に殴りつけられたガルベスは、力なくその場に倒れるだけだった。

 あの赤髪が特別強かっただけではない。そもそも黒髪が放った光弾で魔法防壁を瞬く間に飽和させられ、防壁の防御力を相殺されたところで追撃を食らったのだ。


「くそ、姉さん……!」


 目の前で、またもやアメリアが離れていく。

 これを何度繰り返せばいいのだろうか。もうこれ以上アメリアが傷つくところを見たくない。それなのに、見ているだけで何もできない。


 気絶しているアメリアを含めた5人がドラゴンの背に騎乗すると、赤いドラゴンが魔法防壁を展開しつつ背中に生えた巨大な翼を羽ばたかせ、ふわりと空中に舞い上がった。

 村に降りてきたヘリコプターという乗り物もかなり威圧的なフォルムをしていたが、あのドラゴンはそれ以上に禍々しい。


 ドラゴンが飛び去ると、そこには何も残らなかった。

 唯一、ガルベスの悔しさという感情を除いて。


「姉さん、姉さん……ごめん、オレが弱いばかりに……!」


 ガルベスはドラゴンが消えた空を眺めていた。目で追っても無駄だというのに。

 すると、西の空から聞き慣れない、だが、どこかで聞き覚えのある甲高い音が聞こえてくる。


「何だ……?」


 ガルベスは耳を澄ますと、それがどんどん近づいてくるのがわかった。

 一瞬のことだった。彼の頭上を、形状は違うもののヘリコプターが飛んでいったのだ。

 カーキ色に茶色が混ざった迷彩模様の平べったいヘリが、ドラゴンを追いかけて北の空へ去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る