221話 お見通し
『もう、艦長さんってば……』
「はは、ダメだったか」
波照間からのお叱りに、矢沢は頬を人差し指で掻きながら苦笑いするしかなかった。
矢沢はラナーの邸宅から離れた、スラムにほど近い路地裏で定期通信を行っていた。普段はバレないように通信機のスイッチを規則正しく切り替えて生存確認を行うだけだが、今回は情報センターに情報の集積を行うために、何としても声を発する必要があったのだ。
通信は情報センターに接続され、国の各所に散らばるエージェントたち全員に繋がっている。いわば情報交換会、というわけだ。
『艦長さん、やっぱり向いてないんじゃないですか?』
『艦長は何においても真面目というか、堅苦しすぎるのです』
『古いタイプの人間みたい』
「古……いや」
波照間だけでなくライザや銀にまでダメ出しを食らい、本格的に追い込まれていた。
アメリアや朱美と初めて会った時もそうだったが、根本的に『人に取り入る』ということができないのだろうか。
自衛隊ではそんなことはなく、むしろよくやっていた方だとさえ思っていた。それが、この世界では空振り続きだ。
「やはり、私には向いていないのだろうか……」
矢沢はふと独りごちる。ラナーの一件でも慎重を期したつもりだったが、計算に終始して相手の心情という要素を軽視してしまっていたのかもしれない。
スパイ活動は人との交流だ。人と人の交流で情報を入手し、それを国家に役立てる。特に古来より行われているヒューミントという手法はまさにそれだ。
スパイ活動だけでなく、外交も人との交流と言える。結局のところ、どの世界でも人との交流は基本中の基本なのだ。
「では、そろそろ私は失礼する」
『はい。お互い頑張りましょう!』
『健闘を祈ります』
『ま、頑張っていきましょ』
波照間とライザ、銀の激励を聞いたところで、矢沢は通信機の電源を切った。
仲間からの意見は貴重だ。しかし、だからと言って悪い点をすぐにフィードバックして修正できるとは限らない。結局のところ、意見をどう解釈し、どう修正していくかは最終的に自身の判断に任されるからだ。そして、それをモノにし、自在に使いこなせるようになるには更に時間がかかるのだから。
さて、そろそろ戻らねば家の者が不審がる。矢沢は路地裏の建物に預けていた体を起こし、通りに出ようとした。
すると、ガタン、と木箱が倒れる音が突如として路地裏に響く。とっさに音がした方へ振り向き、大声で怒鳴りつける。
「誰だ!?」
「あっ……」
倒れた木箱の方から聞き覚えのある声がする。すかさずダッシュで近づき、そこにいた者の姿を確認する。
ここでバレてはマズい。明らかに敵ならば口封じも必要になるだろう。矢沢は色々考えを巡らせていたが、彼女の姿を見た時に全部吹き飛んでしまった。
「っ、ラナー……!」
「ああっ、それは、その……」
前のめりに倒れていたところを起き上がろうとしていたのは、紛れもなくラナーだった。左肘を地面について、矢沢に引きつった顔を向けている。
「ラナー、なぜこんなところに?」
「それは……ネモさんがどこかに行ったから、摂理の目で探してたのよ。そしたら、こんなところで独り言ばっかり言ってるし……」
「くそ、摂理の目か……!」
矢沢は自分がやらかした大ポカを自覚してしまい、思わず歯を食いしばってしまう。
この世界には、摂理の目という範囲内のあらゆるものを見通す能力が存在している。隠れたつもりが、全く隠れていなかったということだ。
「君が摂理の目を使えるとは驚いた。はははっ」
「ネモさん、笑わずに真剣に答えてほしいの」
矢沢は笑って誤魔化そうとしたが、ラナーは容赦しようとはしなかった。転んだ状態から起き上がり、矢沢のめをじっと見つめてくる。
もはや逃れることはできないのか。矢沢は目を閉じ、息を整えて冷静になろうとする。
しかし、ラナーは待ってはくれなかった。明確な怒りをはらんだ鋭い声が矢沢を突き刺してくる。
「黙らないで! 何か言ってよ!」
「ああ、すまない。話とは何だ」
「率直に言うけど、ネモさんって何者なの? 真面目に奴隷のことを聞いてきた時は真剣に友達を取り返したいんだなって思ってたけど、灰色の船の話をいきなり持ち出した時は何でだろうって思ってた。かと思えば、こんなところに隠れて独り言を続けるなんて。どう考えたって普通じゃない」
「ああ、確かにそうだ」
矢沢は息を整え、否定することもなく素直に答えた。
これ以上はどう誤魔化しても無駄だろう。ならば、ここで彼女を『獲得』するしかない。
「私は確かに、この世界に住まう普通の人間ではない。私は異世界からやって来た」
「異世界……っ?」
矢沢が静かに、そして力強く言うと、ラナーは目を見開きながら後ずさりした。それでも、矢沢は続ける。
「そうだ。シュミード出身というのは嘘だ。本当は日本という異世界の国の出身だ」
「異世界って、そんなことがあるの……?」
「ある。つい半年前までは、私たちもおとぎ話の世界としか思っていなかったがね。君たちが話していた灰色の船で、この世界に迷い込んだんだ」
「灰色の船って、あの、アセシオンを陥落させたっていう……」
ラナーは確認を取るかのように言う。矢沢は全く否定することなく頷いた。
「そうだ。あの船の名前は『あおば』、青々とした木の葉を表す言葉だが、艦名は同じ名前の山から取られている。艦種はミサイル護衛艦、味方艦隊の防御に特化した中規模艦だ。攻撃は主任務ではなく、艦隊に危害を加える脅威の排除を任務とする。いわば防衛に特化した艦艇だ」
「防御って……それじゃ、アセシオンを倒したっていうのは?」
「噂に尾ひれがついたものだ。実態はただの終戦協定に過ぎない。我々に1つの国を陥落させる力など持ち合わせていないからだ。我々の任務は、この世界の住人にさらわれた、我々の世界の者たちを救助することにある。探し人というのは彼らだ」
「そう……だったの」
ラナーは落胆したような、それでいて驚愕したような、複雑な目を地面に向けていた。突拍子もない話をされて困惑しているのか、それとも騙していたことに絶望しているのかは定かではない。
ただ、これだけは言いたかった。矢沢はひと際強く、ラナーに言い放つ。
「私は邦人たちを助けたい。奴隷化され、世界に散らばった2000名の仲間たちを、今も辛い目に遭っているかもしれない者たちを、私は見捨てたりなどしたくない。国民の保護を行うべき日本政府が時空の帳の向こう側に消えてしまった今、彼らを救えるのは我々しかいないからだ。ここで我々が見捨ててしまえば、彼らは希望を与えられることなく死んでしまう。それでは、あまりにもむごすぎる……だからこそ、この国の者たちと話をしに来た。仲間を返してくれないか、と」
矢沢は自分が考えていることを、全てラナーにぶつけたつもりだった。
人に取り入ることは苦手かもしれないが、自分の意見をぶつけて、相手に理解してもらいたいという気持ちは十分にあるつもりだ。
当のラナーは、浮かない顔のままで俯いていた。言葉を発することもなく、ただ目を下に向けている。
やはり伝わらなかったのか。異世界の人間、それもエルフという常識を超えた存在だ。ヤニングスやロッタが言うように、意思疎通は不可能なのだろうか。
それからしばらくの時間そうしていたが、やがてラナーがぼそりと呟くように言う。
「……ついて来て」
「あ、ああ」
ラナーは体を反転させると、矢沢の脇をすり抜け、逃げようとしたところとは反対側の出口へと進んでいく。
一体何をするつもりなのか。矢沢は戦々恐々としながらも、ラナーについて行くことしかできなかった。
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