288話 不信

「そんな、それって……」

「こうなることは、ラナーだって予想できたはずだけどね」


 ジャマルはさも当然のように、だが、どこか困った様子でマウアに言う。


 結局のところ、ラナーは連れ去られようとしても抵抗の素振りさえ見せなかった。それがダーリャの政府に伝わると、彼女に対する不信感が一気に噴出していったのだ。


 そもそも、ラナーは東方の国モディラットの血を引く肌の白いエルフであり、しかも味方についたのは奴隷解放を謳う灰色の船だという事実もそれに拍車をかけていた。


 それを収めるための方策が、ジャマルが提案した『事実上の追放』という案だった。


 ラナーがこの国を変えたいと思っているのは、マウアの証言やジャマルの調査で明らかになっている。彼女の使用人であるコニーも、新しい奴隷を買い入れる度に嫌な顔をしていたと話していた。もはや疑いようもない。


 ならば、ラナーがこの国に干渉できないようにするしかない。この国は世論が大きな力を持つ。一度壁を作れば、それ以降は容易に国への侵入を拒めるだろう。


「私らしくないのはわかっているけどね、ラナーのため、この国のため、両方を考えるならこうするしかない」

「そんな、バカなことってないわよ! あんた、本当にラナーから居場所を奪う気!?」

「私は次の王、ラナーのための居場所ならいくらでも作ってあげられる」


 どうしてもラナーの居場所を奪いたくないマウアは怒りを込めてジャマルに食ってかかるが、そのジャマルは自分の権力を過大に見ているのか、具体的な根拠もなく大丈夫だと言わんばかりに説明する。


 しかし、マウアにはそれが許せなかった。これはどう見たってラナーの居場所を奪う行為に他ならない。マウアはジャマルの胸倉を引っ掴み、あらん限りの大声で怒鳴りつける。


「あんたね、ふざけるんじゃないわよ! それとも、ラナーは最初から妾にする気だったわけ!?」

「そんなつもりは……ないよ」


 ジャマルは否定するが、マウアの怒りは全く収まらない。


「モディラットを潰したのはあんたたちでしょ!? 私たちの国を、居場所を奪っておいて、今度はアモイの居場所まで奪うつもりなの!?」

「……違う。私も君たちがどれだけ苦悩しているかは知っているつもりだ。ただ、それとこれとは話が違うってだけさ」

「何が違うっていうのよ! 私はね、ただモディラットの心を守りながら平穏に暮らしていけたらいいだけ! ラナーをそんな目に遭わせるくらいなら、私もこの国を出ていくわよ!」


 そう吐き捨てると、マウアは王宮のエントランスから飛び出していった。


 自分がアリゼティのおまけなのはわかっている。それを了承した上で、彼女を守るためにモディラットの宝だった『剣』まで差し出して自分を王族に入れてもらったのだから。


 そのはずが、アリゼティは自殺し、その娘であるラナーはアモイから締め出されようとしている。その方策を示したのがジャマルだった。


 許せるわけがない。それまでは自分たちのことを守る要塞として国を守ってきたが、その国が牙を剥き始めた。たとえラナーに落ち度があったとしても、それだけは許せなかった。


 行く当てはないが、探し出すしかない。


 灰色の船と、そこに乗っているであろうラナーを。


  *


「船の数が増えてきたな」

「こりゃ面白い。船がよけていきますよ」


 鈴音は艦橋右舷側のウイングで双眼鏡を覗きながら、行き交う船たちの動きを面白おかしく監視していた。もちろん衝突の注意や脅威の監視などが任務だが、この状況では表立って攻撃を加える者もそうはいないだろう。


 周囲30㎞範囲には、あおばを含めた23隻の船が行き交っている。ほとんどがダーリャ港への入港針路をとっているが、中には海外へ向かう船舶や、あおばを監視する哨戒艇も存在している。あまり楽に動けるような状況ではなかった。


 ただ、民間船舶は速度が速いあおばや哨戒艇との衝突を危惧して距離を離していったので、衝突の危険性自体は小さい。敵地ではあるが、航海科員たちの態度にも余裕が伺える。


 矢沢も同じく艦長席から周囲の民間船や哨戒艇を監視していたが、やはり相手に攻撃の意思は見られない。領域侵入を警告するようなこともなく、ただ純粋に動向の監視を行っているだけだろう。


「ひとまず、陸地が見えるまでは直進でいい。敵側がこちらの情報を掴んでいるのなら、首都の目前に堂々と現れた我々が攻撃など行わないと理解できるだろう」

「ま、そこまでわからないバカだとしたら、このまま絶滅戦争ですからね」


 はは、と鈴音は苦笑いするが、本当に起こればシャレにならないことも事実だった。


 信頼性は低いとリアに言われたとはいえ、相手がどれだけ戦争に対して危機感を抱いているかは疑問符がつく。今でさえ戦争や紛争をいくつも抱え込んでいる国だ、油断は一切できなかった。


「少し席を外す。何かあれば連絡してくれ」

「了解」


 矢沢は休憩時間に入るため、一度艦橋の様子を再確認してから艦橋を辞した。


 今後の交渉はどうなるかわからないが、少なくとも誰かの命が奪われるようなことはあってはならない。それだけを念頭に置くべきだった。

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