74話 ふたりの過去

「ソコロヴァ……?」


 アメリアはライザの苗字を聞くと、確かめるようにその言葉を反芻する。


「コードネームではありません。本名です」

「でも、ソコロフって、お父さんの執事の……」


 アメリアには、彼女が名乗った苗字に聞き覚えがあった。


 アセシオンの友好国であるアルトリンデという国には、イルスク族と呼ばれるガントラ人の少数民族が存在する。そのイルスク族が使う苗字の1つだ。

 彼らの苗字は、同じ家族内でも男性と女性で呼び方が変わり、女性であればソコロヴァ、男性であればソコロフと変わる。アセシオンに暮らすイルスク族など、アメリアは父の元使用人一族しか覚えがなかった。


 アメリアの反応に、仏頂面だったライザも表情を変える。


「お父さんの執事……もしや、あなたはレセルド様の関係者ではありませんか」

「は、はい。私はアメリア・フォレスタル、レセルドは父です」

「アメリア様……まさか、お嬢様だったとは」


 ライザは驚きと困惑が入り混じった複雑な表情でアメリアを見つめていた。


「それじゃ、あなたは、あのライザちゃんですか……?」

「そうです。7年前まではフォレスタル家でアメリアお嬢様のお世話をしていました。行方不明になったと聞き及んでいましたが、あなたがそう言うのなら、間違いないのでしょう」


 ライザは右手を胸に当てると恭しくお辞儀をする。

 だが、アメリアはまだ信じ切れていない。震える声で何とか言葉を綴る。


「でも、ライザちゃんはとても優しくて、明るい人だったんです。あなたのような暗い人じゃ……」

「かつては、そうだったのでしょう。ですが、境遇と時の流れは人を大きく変えてしまいます。あなたが海賊や反政府組織と行動を共にするように、僕も近衛騎士団のオフィサーとして行動しています」


 未だ衝撃を受けているアメリアに対し、ライザは淡々と続ける。まるで歴史の教科書を読み上げるかのように。


「なぜ、ですか。私にはわかりません」

「あなたが消えてすぐ、アルグスタが攻撃を受けたことをご存じですね。その際に僕も家族を亡くしています。父や母、姉の死体はこの目で見ました」

「そんな……」

「確かにフォレスタル家を破壊した皇帝や関係者たちは恨んでいます。ですが、それ以上に家族を奪ったエルフ共が憎い。あの時は死んでもよかったと思っていましたが、命拾いしたので今は生きています。だから僕はエルフに吠え面をかかせるため行動を起こすことにしました。正直言って国への忠誠心は皆無ですがね」


 ライザは表情を崩さず、瀬里奈が背中を預ける木に拳をぶつけた。魔力が乗った一撃は太い幹をマッチ棒のようにへし折り、続いて倒れてくる木に赤黒いレーザーを撃ち込んで消し炭にした。

 決して表情には出さないが、体は正直らしい。


 ライザもまた、エルフとの戦争で被害を受けた。アメリアとは恨む相手も同じ。

 なのに、2人が歩む道は全く違っている。


 アメリアは抑えきれないほど膨れ上がったライザの怒りに恐怖を覚えながらも、彼女に問いかけた。


「それなら、何でフランドル騎士団に入らないんですか? あの人たちは、どっちも恨んでいます」

「彼らはダメです。その力がありません。アセシオンならばその力があります。ヤニングスに拾われたという縁もありますが」

「うそ、ヤニングスに!?」


 その事実自体が、アメリアにとっては絶望的な話だった。


 自分の世話をしていた人物が、今や倒すべき相手であるヴァン・ヤニングスの施しを受けたことで敵に寝返っているのだから。


 かつての使用人にさえ、怒りや嫌悪感が湧き起こってくる。ヤニングスは近衛騎士団の強さの象徴。そのことはアセシオンの地に住む者なら誰でも知っている。アメリアにとっては、同時に腐った権力の番人でもあるのだ。


 アメリアも限界が近かった。今にも暴れ出しそうな体を理性で抑え込み、ライザに強い視線をぶつける。


「……ライザちゃん、セリナちゃんを返して、大人しくジエイタイに捕まってください。そうしたら、ちゃんとした待遇を得られます」

「お断りします。申し訳ありませんが、お嬢様とはいえ今や敵同士。あなたの身柄を拘束し、帝都へ送還します」

「くっ……わかりました。それなら、私も容赦しません」


 もはや戦闘は避けられない。アメリアは魔法防壁を完全に解放し、大量の魔力を収束させ始める。両手には光の剣を1振ずつ召喚して腰を落とし、ライザの隙を伺っている。


 一方のライザも、魔法防壁を解放して体中に黒いオーラをまとう。ただ突っ立っているようにしか見えないが、常にアメリアの動きを目で捉え続け、同じく攻撃のタイミングを伺っていた。


 アメリアは覚悟していた。この戦いからは逃げられないと。

 逃げてしまえば、本当にセリナを見捨てることになる。それは絶対に嫌だった。

 シュルツおじさんをあんなになじっておきながら、今度は同じ行為を見逃すなど、何が何でもできるわけがない。それも、赤の他人ではなく大事な弟子なのだ。


「やああああッ!」


 アメリアは魔力でブーストをかけながら地面を蹴り、ライザの頭上に光の刃を振り下ろした。

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