237話 否定された願い

「死傷者数はどれだけ出た?」

『重軽傷者22名、死者はありません。艦の修復にはアメリアが必要不可欠です』

「承知した。なるべく早く送り返す」


 矢沢は艦隊司令を任せている徳山に確認を取るが、どうやら状態は良くないらしい。


 襲撃に際して死者が出なかったのは幸いだが、負傷者が多数出てしまっている上、設備にも大きな影響が出てしまっている。


 大神官との和解を行うには、この襲撃に関して謝罪してもらう必要がある。これだけは譲れない問題だった。


 矢沢は大神官やラナーらの前に戻ると、傍にいたアメリアに耳打ちをする。


「この会談が終わったら、すぐに艦隊へ飛んでほしい。艦隊の機能復帰が最優先だ」

「はい。任せてください」


 アメリアは真面目な面持ちで、かつ自信を持った声色で応える。


 そうと決まれば、話はさっさと終わらせるしかない。調整役を買って出たラナーには負担をかけることになるが、彼女の願いを成就させるためには避けては通れない道だ。


 矢沢は大神官へと目をやり、笑顔を消して彼へと向き合う。


「なぜ、我々の艦艇を攻撃したのですか。これは明らかな武力行使、敵対行為です」

「逃げられては困るのでな。あの沿岸で押しとどめておくために航行能力を無力化した」

「本来ならば正当防衛のために武器の使用を行うところです。そちらの非を認め、誠意ある謝罪を求めます」

「それは俺への協力を確約してからだ」


 大神官はただ冷徹に述べる。悪いことをしたとは一切思っていない、ただ逃がさないための手段を取った、という思考が透けて見えるようだった。


 そこで矢沢は悟った。やはり、エルヴァヘテプはマクロな視点しか持ち合わせていない、ただのありふれた政治家であり、なおかつ非難されても自身の目的を達成させるというエゴに従う人物なのだと。


 矢沢ら自衛隊の活動目的は邦人の救助にある。それは「不当に苦しむ拉致被害者を救うため」「自衛隊の存在目的かつ普遍的な任務である」というごく当たり前の論理と感情を併せ持った理由が根底にある。


 しかし、エルヴァヘテプの主張はそうではない。全人類の調和という目的は崇高なものだろうが、内容が一切伴っていないのだ。


 なぜ彼がそのような思想を持ったのか。それは推測のしようもないが、少なくとも彼が政治家であることはハッキリした。それも、交渉が苦手な理想家タイプの。


 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。人員への被害は、自衛隊が一番に憂慮すべき問題だからだ。


「我々は何より邦人や自衛隊員の人命を重要視します。その隊員の命が危険にさらされたとなれば、絶対に見過ごすことはできない。何としても最初に説明を求めると共に、協調する気があるのであれば謝罪を求めます」

「何度言えばわかる。そちらが協力の意思を明確にしなければ、俺とて謝罪はしない」

「……っ」


 矢沢は大神官の強情具合に呆れた。彼は何としても自衛隊の協力という『保険』を必要としている。しかし、初接触時から敵対行為を働いた者への信頼などできるはずがないというのが矢沢の本音だ。


 議論はまたもや平行線か。そう諦めかけていた時、ラナーが口を挟んだ。


「エルおじさん、元はと言えば未来だか何だか知らないけど、ネモさんを強引に従わせようとしたおじさんが悪いんじゃないの? 素直に謝った方がいいと思うけど」

「ラナー、君も理解してくれ。この世界はカオスに戻りつつある。それを防げるのは、全種族の調和だけだ」

「ねえ、調和って何? 何をどうしたら調和できたって言えるの? 聞いてて思ったけど、そこがわからないのよ」

「全ての種族が手を取り合える環境を作り出すことだ。そのためには国の政治を変える必要がある。ネイト教の教義では、人を犠牲にしすぎる。それを正してこそ、第一歩が築けるのだ」

「それって……」


 ラナーはごくりと生唾を呑み込んだ。ようやく大神官の口から『国教の教義を正す』という言葉が出たことで、ラナーの気持ちが揺らいでいるのかもしれない。


 だが、それでも矢沢は納得しなかった。それでもただの理想論だ。


「確かにそちらは神殿の最高位にいるかもしれない。だが、それを信者たる国民が認めるかは別の話に過ぎない。我々が懸念しているのは、そのために強権を振るったり、敵対者を排除する行為に及ぶ可能性です」

「そのようなことはしない。俺の信条に反する」

「では、まずは艦隊襲撃の謝罪を。隊員の命を危険にさらした一方で、それを言うのはダブルスタンダードではないのですか」

「誰の命も犠牲にする行動はとってはおらん。その辺りは考慮してフウェレに作戦を命じた」

「死ななければ重傷でも構わないというのか。あまりに滅茶苦茶だ」


 矢沢は声を抑え気味にしながらも、大神官を強く睨みつけた。


 こちらが何度言っても、大神官は謝罪をしようとはしなかった。一度頭を下げることで相手の態度は軟化すると知らないのだろうか。


 外交の場においては、他人との協調がまず重要となる。戦争は協調がどうしてもできず、核心的利害が対立しあう時になり、その脅威をコントロールできなくなった時に採られる選択肢だからだ。


 そして、相手を敵対化させるつもりではないのなら、譲歩という形で手打ちにするか、謝罪するのが常識だ。そのどちらもしない大神官は、自衛隊側に喧嘩を売っているのと同義だ。


 矢沢は立ち上がり、先の言葉に続けて言う。


「仲間の命は何より重い。それを危険にさらしたというのに、何の説明もしない、責任も取らない者とは協調できない。ここで話は終わらせてもらう」


 もはや話を続けることはなかった。相手の強情のせいで、ラナーの努力は完全に水泡に帰したのだ。


 しかし、大神官は見逃してはくれなかった。杖を構えると、先端にはめ込まれた赤い宝玉へと魔力を込める。


「ならば、従わせるほかあるまいな」

「させません!」


 大神官が魔法を発動しようとしたところ、割り込んできたのはアメリアだった。アメリアは大神官の手に細いレーザーを放ち、杖を取り落とさせたのだ。


「くっ、小娘が」

「ヤザワさん、逃げてください! ここは私が食い止めます!」

「アメリア、ダメだ!」

「いえ、私はあなたの役に立ちたいんです! ここでヤザワさんに何かあれば、あなたに顔向けできませんから!」

「……アメリア」


 矢沢はアメリアの一言に諭され、頷くしかなかった。


 彼女は自分のために努力してくれている。それは何よりわかっている。


 ならば、アメリアの意思を尊重してやることは、自分を慕ってくれる者への恩返しではないのか。


「それでは、援護を頼む。ラナー、君はどうする?」

「あたし……わかった」


 ラナーは困惑気味に目を泳がせたが、それでも首を縦に振った。


 それで何をするかは決まりだ。アメリアの援護の下、ヘリで船へと逃げる。その後は態勢を立て直すため、ダリアへと撤退するのだ。

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