47話 流星を呼ぶもの
「……っ!?」
医務室で眠っていたアメリアは、肌を突くような悪寒を感じて飛び起きた。
忘れるわけがない、あの嫌な感覚。
幼い頃に体験した、恐ろしい記憶が脳裏によみがえっていく。
「やだ、うそ、やだ……」
アメリアの本能が、ここから今すぐ逃げろ、と何度も訴えかけていた。
でも、私は決めた。逃げるわけにはいかないんだと。
「行かなきゃ」
アメリアは唾を呑み込み、目を閉じて気分を高ぶらせる。
覚悟ができたところで、医務室を飛び出してCICへと向かった。
「流星?」
「そうだ。奴らは天より高い場所から隕石を落とす儀式魔法を運用している。多量の魔力を消費するが、人族程度の魔法防壁ならば無いも同然の威力を発揮する。常に魔力を送って誘導を行う関係上、船のような移動目標にも効果があるし、直撃すればどんな大型船でさえ粉微塵、都市でさえ数発で吹き飛ぶ」
ロッタは冷や汗を流しつつも、冷静に説明を行う。それを聞いた矢沢らは一様に顔を合わせた。
「おいおい、それじゃまるで……」
「対艦弾道ミサイルか」
菅野と徳山が言うと、CICに沈黙が訪れた。
いくら魔法がどんなことでもできるとはいえ、隕石を落とすようなデタラメな魔法があるとは誰もが予想していなかったことだ。
だが、佳代子だけは違った。少し考え込むと、普段と変わらぬ笑顔を見せる。
「なぁんだ、対艦弾道弾なら大丈夫じゃないですか! 要は迎撃すればいいだけですよね!」
「無茶を言うな。隕石は弾道ミサイルとは全然違う」
徳山が佳代子に言うが、彼女は全く気にも留めない。
「ロッタちゃん、隕石の大きさはどれくらいになりますかあ?」
「直径10メートルは超えないだろうが、グリフォンなんかとは全く次元が違うぞ」
「大丈夫ですっ! この艦はSPY-6を持つアーレイ・バーク級フライト3さえも超える、世界最高の弾道ミサイル防衛艦でもありますから! かんちょー、弾道ミサイルへの警戒を行います!」
「よろしい。ロッタ、心配することはない」
苦虫を噛み潰したような顔をするロッタだったが、先ほども同じようにグリフォンの群れを蹴散らしてみせた。彼らの自信は希望的観測でも何でもなく、技術への確かな信頼があるのだろうかと思うようになっていた。
「……わかった。好きにするといい」
もはや何を言っても無駄だろう。そう思ったロッタは、ため息をつきながら主モニターのデジタルマップに目を向けた。
一方、佳代子は徳山と共にレーダー画面を注視しつつ、CICのスタッフに指示を出していく。
「対空監視を厳となせ! レーダー、弾道弾検知モード! 通常の対空監視も継続!」
「了解」
「副長、こちらは17式SSMを後方の4隻へ発射します。迎撃はそちらに一任を」
「おっけ!」
淡々と指示を送る徳山に対し、佳代子は親指を立てて応える。
「待て、ダメだ」
だが、そこに矢沢が制止した。徳山と佳代子の目線が矢沢へ向く。
「艦長……?」
「まずは敵船に邦人が乗っていないかを確認する必要がある。そのまま海軍に編入されていることもあり得る」
「それはないぞ」
神妙な顔をする矢沢の声を遮ったのは、冷静さを取り戻しつつあるロッタだった。
「奴らは騎士団、正式に兵士として教育を終えた者のみが戦場へ出る。とはいえ、海軍も奴隷を運ぶことがある。それに、お前たちの仲間がいれば攻撃はできない」
「む……しかし、そんなことは確認のしようがない」
「現状では悪魔の証明だな。摂理の目を使える者がいるなら話は別だが……」
矢沢の言葉に、ロッタも難しい顔をする。どれだけ敵が攻撃してこようとも、敵側に邦人が乗っていれば人質を取られたも同然、反撃するわけにはいかないのだから。
そこに、CICのドアを勢いよく開け放ち、誰かが入ってきた。隊員の全員がそちらに目を向け、佳代子が注意をしに行く。
「もう、誰ですか? ここは関係者以外立入禁止の場所なんです……よ……?」
「ごめんなさい。でも、来なくちゃと思って!」
佳代子は乱入者の姿を見るなり、驚きで語尾が消えてしまっていた。
入ってきたのはアメリアだった。マスク姿のまま矢沢の方へ近づいていく。
「ヤザワさん、私が摂理の目を使えます。ヘリに乗ってある程度近づけば、船の中は全部わかります。私に行かせてください」
「お前、摂理の目を使えたのか!」
「はい。魔力を多く消費するので、あまり使えない手ですけど……」
驚愕するロッタに、アメリアは頷いた。
だが、自衛隊員にはその『摂理の目』とは何なのかわからない。矢沢は2人の間に割って入る。
「待ってくれ。摂理の目とは何だ?」
「摂理の目はですね、一定の空間内を全て見通す魔法です。外からでも船の中の様子がわかるので、この場面にはピッタリだと思います」
「そのような技があるのか……よし、すぐヘリに乗れ。後部で発進準備中だ」
「はい!」
アメリアは短く返事をすると、すぐさま踵を返してCICを後にした。
病気だというのに、できることを全力でやり遂げようとするアメリアの姿に、とても強い好感に加え、矢沢は少しばかりの危機感を覚えていた。
*
「提督、第1、第2部隊が突撃を開始。こちらは儀式魔法陣の展開を完了しました」
「よし。攻撃へ移る。流星よ!」
提督が指示を出すと、ファルザーのマストに作戦開始を示す信号旗が掲げられた。それと同時に流星攻撃の儀式を行う4隻の船が紫の光を放ち、膨大な魔力を天へと立ち上らせた。
ライザは海にそびえる光の塔を眺めながら、強く拳を握り締める。
流星はアセシオンの秘密兵器とも言えるほどに強大な魔法で、部隊をまとめて運用すれば大きな街1つを吹き飛ばして余りあるほどの破壊力を発揮する。
とはいえ、主力部隊のグリフォン隊をあれほど呆気なく蹂躙した灰色の船に効果があるのか。今となっては疑問でしかない。
ここは撤退すべきだと提督もわかっているはずだが、それができないのはヤニングスとの主導権争いの問題もある。グリフォン隊を無為に散らせたとなれば、更迭は免れ得ないからだ。
何としても倒さなければならない。だからこそ船1隻相手に流星の全力運用を指示したのだろう。
だが、それ以前に問題もある。あの船は謎の尾を引く爆発攻撃を仕掛けてくる。船の甲板から空へ上っていき、急激に進路を変えてグリフォンに突っ込むような軌道を描いていた。そうなると、空への攻撃が得意なことは明白、隕石もそれで迎撃されてしまう恐れがあった。
おまけに、あの尾を引く爆発は常軌を逸した誘導能力を有している。空という自由な空間だからこそ自由に動き回れるのだと判断しているのであれば、それは間違いだろう。
いずれにしろ、彼は決断を下してしまった。もはや結果が変えられない以上、彼の行動が正しかったと思うしかない。
その決断が裏目に出なければよいのだが。ライザはため息をつきながら、遠方に見える灰色の船に目を向けた。
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