292話 3000超もの同類

「あーあ、おもんな」


 瀬里奈はあおばの欄干に寄りかかり、ゆらゆらと揺れるだけの水面に恨み節を吐き捨てる。


 現在、護衛艦あおばは敵対国家への入港ということもあり、錨を降ろして停泊中ながら警戒態勢が継続されていた。そんな中、瀬里奈は隊員たちの目を盗んで甲板へ出て、退屈を紛らわせていたのだった。


 すると、前部構造物基部の通路からリアがひょっこりと顔を見せた。隠す気が無いとも思える強大な魔力を放つジンの動きはつぶさにわかる。瀬里奈はやってきたのが自衛隊員でなかったことに安堵しつつ、ちらりとリアに目をやる。


「なんや、自分かいな」

「ずいぶんなご挨拶だね。広報の人から連れ戻してきてほしいって言われたよ」

「えぇ……勘弁してーな。暇やねん」

「そう言ってくるようなら、船が急に動き出した時に振り落とされて、スクリューに体をバラバラにされたくなければ早く部屋に戻りなさい、って反論するように言われたよ」

「エグいこと言いよるやん……わかった、ええよ」


 ほぼ脅しにしか聞こえない忠告に戦きながらも、瀬里奈はしぶしぶ頷いてリアに歩み寄った。頭1つ分程度にも満たない身長差と魔女の恰好、そして可愛らしい顔立ちも相まって、近所に住むコスプレ好きの女子中学生か何かに思え、瀬里奈は思わず苦笑を浮かべた。


 リアは瀬里奈が近くまで来たところで、元来たであろう道筋を辿るように艦橋構造物の通路へ足を向けた。その途中、前を向いたまま瀬里奈に話を振る。


「本当はそれを言いに来ただけじゃないけどね」

「ほーん。ほな何なん?」

「君の魔法防壁のことさ。特に何もしていないのに滅魔の力を使えるわけがないと思って調べてみたけど、どうやら同じように最初から滅魔の力を使える人がいるようでね」

「うそやん、ほんま?」


 瀬里奈は予想だにしなかった答えを聞かされ、前に歩きながらもリアの顔を覗き込んだ。


 元はダイモンの力であり、後天的に習得することで扱えるようになる、魔法防壁破りの特異な力。そんなものを瀬里奈以外の人間が生まれながらにして持っているというのか。


 自分だけが特別だと思っていた瀬里奈は、少しばかり残念な気持ちになりはしたが、一方でその「誰か」というのも気になっていた。


「うん。かなり多いよ。それこそ3300人くらいかな」

「さんぜ……え?」

「そう、概算で3300人。全員調べたわけじゃないけど、ほぼ確実だと思っていいね」


 リアは全く表情を変えず、さも当然のように説明するが、瀬里奈にとってはとんでもない話以外の何物でもなかった。


 瀬里奈と同じような人間が3000人以上もいるというのか。思ったより人数が多く、自分の特別さが余計に失われたような気がして、ばつが悪くなりリアから目を逸らす。


「そんな大勢、どこにおんねん……」

「あおばとアクアマリン・プリンセスの乗員乗客。つまり、君たちが言っていた転移時にこの世界へやって来た人たちだね」

「あー……え? せやけど、他の人らは魔法なんて使われへんで」

「それは単に魔法防壁が馴染んでいなくて、魔法を扱うには至っていないから。そういう意味だと君はすごく特別と言えるけどね」


 リアは瀬里奈が不貞腐れていることを見抜いたのか、安心して、と言いつつ頭を撫でる。兄というより、優しいお姉ちゃんに頭を撫でてもらっているような感覚がして、くすぐったくなるような気分に陥った。


 しかし、直後に「けど、」と前置きすると、リアの表情が一気に暗くなった。一体何を話すのやらと思いつつ、彼の言葉を待った。


「艦長さんにも言ったけど、これは君たちをこの世界に放り込んだ連中の意図である可能性を裏付けるようなことなんだよ。もしかすると、彼らは何か、僕たちの考えが全く及ばないような、そういう実験をしているのかもしれない」

「はぁ……ほんま、ナンギな話やわ」


 リアの話は不気味さに満ちている。それを聞いて居たたまれないような、それでいて何か言いたくなるような複雑な気分になり、特に意味のない言葉が口をついて出た。


 当のリアもそれは同じようで、少女のような可愛らしい微笑みを作る。


「そうだね。だからこそ、君の力も少し調べさせてもらっていいかなってお願いをしに来たんだ。ついでに訓練もつけてあげるよ」

「ほんま?」

「そう。この後にはエルフとの対決も控えてるかもしれないんだ。最悪の事態に陥った時に、君たちが選べる選択肢を増やしておきたい」

「も、もちろんや! そういうことやったら、付き合ってもええで!」

「決まりかな。じゃ、後で上の甲板に来てね」

「おっしゃ!」


 瀬里奈は右腕を上げ、リアにやる気があることを示した。彼が特訓に付き合ってくれるのなら、これほどうれしいことはない。


 最近は暇を持て余したり雑用をやらされたりと、ロクなことがなかった。これから自分の手で自衛隊に協力できると考えると、瀬里奈の胸は自然と高鳴った。

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