396話 世界の責任

 レン帝国の軍務大臣ハオは、実のところ内心ほっとしていた。


 灰色の船の艦長は抵抗してくると思っていたが、そのような素振りは全くなく、大人しくお縄についた。


 艦艇の艦長とは、その艦を司る最高司令官に他ならない。艦隊司令官の指示には従う必要があるものの、艦長の部下たちは文字通り「艦長の部下」であり、上位組織があろうとも、艦長を押さえれば、艦艇そのものを無力化したことになる。


 つまり、灰色の船はレン帝国が押さえたことになる。後は実際に部隊を派遣し、船を占領すればいいだけだ。


 ハオは南へ部隊を派遣するよう命令するため、陸軍大臣のザップを呼び出した。彼も懸案事項を排除できて安堵しているのか、普段よりも心持ち穏やかな表情をしているようにも見える。


「ザップ大臣、直ちに南へ部隊を派遣してほしいのです。連中の船を拿捕したい」

「承知しております。既にバオロン大隊を出撃させ、船の破壊を目的とした戦闘準備に入っております」

「あくまで目的は接収、それを厳命するのです」

「は、承知しました。ところで、あの艦長の仲間はどうしましょう。既に捕らえて牢に連行しておりますが」

「仲間も捕まえたのですか。まあ、構わんでしょう」


 ザップ大臣が話していた仲間とは、以前から交渉に同行していた護衛の兵士たちだろう。彼らも奴隷にすれば、それなりの高値で売れるはずだ。


 船にはどれだけいるのかはわからないが、あれだけの規模を誇る船であれば、千人近い人員がいてもおかしくはない。異世界人が持つ技術力の高さは既に明らかで、この国に役立つ専門技能を持つ者と灰色の船があれば、それこそシュトラウスやアルトリンデさえも下して最強の国家に君臨することも夢ではない。


「妄想も結構だけど、その前に少しばかり話を聞いておきたいところだね」

「よいでしょう。であれば……っ!?」


 天狗になっていたハオに水をかけるように、いつの間にかパロミデスが背後に立っていた。気づけば、ザップ大臣も青ざめた顔をしている。


 とはいえ、パロミデスは相手の思考を読み取る能力を持っている。警備が特に厳重となっている今の城に侵入されたとしても何ら不思議ではなかった。ハオはなるべく平静を保つよう努めつつ、パロミデスに相対する。


「あなたは……何の御用ですかな」

「用事は3つあるね。まずは、うちのお手伝いさんとお客さんを捕まえた理由の聴取。2つ目は、全員の解放要求。最後に、うちと敵対するかどうかの最終確認っていうところだね」

「なんの話かわからないのです。お手伝いさんとお客さんとは、誰のことなのです?」

「お手伝いさんはミルちゃん、お客さんは艦長さんと部下たちだね」


 パロミデスの言葉を聞いて、ハオは疑いの目をザップ大臣に向けた。確かに灰色の船の艦長を捕まえろとは命令したが、パロミデスの従者まで捕まえろとは言っていないからだ。


「どういうことなのですか。説明してほしいのです」

「いえ、私にもさっぱりで……」


 ハオはザップに詰問するが、彼も事態を把握できていないようだ。


 おそらく、どこかで命令の行き違いがあったのだろう。城の防衛部隊には艦長の捕縛を行うよう命令したが、彼の部下をどうするかは命令を下していなかった。そこで現場指揮官が部下の捕縛も行うと勝手に解釈したのだろう。上を捕まえるということは、下も捕まえて然るべきだ。


 となれば、そこにはパロミデスの弟子、もといミルも含まれていたに違いない。ハオはとんでもないことをしてくれたと内心頭を抱えていたが、今はそれを取り消させることしかできない。


「であれば、ミルは直ちに解放するよう命令を発出しましょう。これは命令の伝達ミスによるものなのです」

「ミルだけじゃ不十分なんだよね。艦長さんや部下も解放してもらわなないとね」

「ですが、彼らは侵略者なのです。奴隷の権益は守られなければなりません」

「言ったよね。あの人たちはうちのお客さんだってね。いずれにしても、あの人たちは象限儀を奪い返すために、ダイモンと戦うことになるんだよね。君たちは彼らに代わってダイモンたちと戦ってくれるのね?」


 パロミデスは普段と変わることなく、飄々とした表情でハオに問いかける。決して怒っている様子は見せなかったが、実際は強い怒りを抱えているのかもしれない。


 とはいえ、あの異世界人たちがジンに信用されているのであれば、その戦力を丸ごと得たレン帝国は、さらに強い戦闘力を持つことになる。ハオにはその自信があった。


「彼らに任せるというのなら、あの船を接収することになる我々には、それに加えて強力な陸軍が加わります。であれば、勝利は容易いものかと」

「そうだといいんだけどね。ダイモンを倒したとしても、その後が問題かな。君たちがあの船を接収するなら、うちらが向こうの世界に事情を説明しに行かないといけないんだけど、そうなれば向こうの人たちは怒り心頭になってレン帝国を攻撃するかもしれないね。向こうには小手先の魔法を跳ね返す戦闘車両が数百輌に、この世界のどの軍隊よりも練度が高い数十万の兵士、灰色の船があと8隻いるんだけども」

「敵がこの世界に侵入すれば、それはただの侵略者ではないのですか。であれば、それを阻止するのはジンの役目ではないかと」

「少なくとも、灰色の船がこの世界に連れてこられた原因は神器とダイモンにあるんだよね。だからこそ、うちらがどうにかして解決に動いているんだけど、中心的な役割を持っていた灰色の船を君たちが接収するのであれば、君たちが全部責任を負うべきなんだよね。そして、うちらは向こうの世界に迷惑をかけたんだから、向こうの世界に対して説明する義務があるのね。そこで君たちが原因で戦争になったとしても、うちらは関与できないよね」

「それでは世界が大混乱です。あなた方が責任を負うべきでしょう」

「だから、それを収拾するために、今のうちらと灰色の船が動いているんだよね。それを邪魔するなら、相応の覚悟はしてもらうよって警告なんだけどね。灰色の船がやっているのは奴隷の返還交渉だけど、うちらから見れば、交わってしまった双方の世界のデカップリングなんだよね。それを阻止する君たちの行動は、この世界を戦乱に巻き込む行為そのものだね。どうにかしろって言うなら、今すぐうちがこの国の皇帝になるべきだけどね」


 ハオが何度言い返しても、パロミデスは引き下がらなかった。


 それだけ、ジンに関しても死活問題となりうる問題を引き起こしてしまったのだ。ハオもそれは理解できていたが、ここでこちらが引き下がってしまえば、本格的に国益を害しかねない。


「申し訳ありませんが、我々も譲れないのです。お引き取りを」

「……しょうがない、みんなで相談してみるね」


 ハオの最後の一押しで、ようやくパロミデスは眉根を上げて困り顔をしながらも諦めた。


 とはいえ、これで解決したわけではない。次の一手を打つ必要がありそうだ。

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