185話 終わらない戦い
「終わりましたね、艦長」
愛崎は脳幹を綺麗に撃ち抜かれて即死したサリヴァンに目をやりながら微笑んだ。小銃を下ろし、大きく息をついて気を抜く。
しかし、矢沢はかぶりを振る。愛崎の呑気さに呆れているからだ。
「まだ何も終わってはいない。武力は使わずとも済むはずだが、交渉という戦闘より辛いステップを踏むことになる」
「そうよ、愛崎くん。拉致問題と領土問題はとりわけ解決しにくい問題なんだから」
波照間も矢沢の意見に賛同していた。愛崎を一瞥するなり、困ったように口をへの字に曲げる。
一方で、佐藤は傷ついたフロランスに駆け寄り、救急セットを取り出し治療を行おうとしていた。
「フロランスちゃん、今すぐ治療を──」
「いえ、必要ないわ」
フロランスはやんわりと手のひらを佐藤に向け、治療を拒絶した。まだ涙を顔に張り付かせていたが、左腕で拭ってなるべく笑顔を作り出そうとしている。
「しかし……」
「ふふ、わたしには神の奇跡があるっていうこと、忘れてもらっちゃ困るわよ」
フロランスは大人しい子供のように小さく笑うと、右手の中指に魔法陣を展開。それを首筋にちょんと触れさせると、一瞬にして傷口が消え去っていく。流れ出した血液も肌に吸い込まれるかのように、その場で消失する。
「すごい……い、いや、感染症の心配もあるんだから、早めに検査を受けないと」
「もう、サトウくんは心配性なんだから」
傷が消えたにも関わらず診察を行おうとする佐藤の慌てように、フロランスはクスクスと笑ってしまう。
一時はどうなることかと思ったが、フロランスはもう大丈夫らしい。矢沢はほっと一息つくが、すぐに周囲の警戒を行いながら通信を行う。
「こちらマルヒト、エグゼクター1応答せよ」
『こちらエグゼクター1、送れ』
「人質を解放した。これより行方不明のロッタを捜索しつつ、離脱を行う。送れ」
『了解。10時間後にLZ4にて待機する。オーバー』
エグゼクター1、もとい萩本は冷静に言うと、通信を切った。現在エグゼクター1はあおばに向かって南に進路を取っており、すぐに通信可能圏外になるはずだった。
「何を言っている。我はここだ」
矢沢が通信を終えた直後、聞き慣れた声が矢沢らの耳に届いた。矢沢が振り返ると、ロッタが暗がりから歩いてくるのが見える。
「ロッタじゃないか。今までどこに?」
「下水道で迷っていてな。いつの間にやら追い越されていたようだ」
後頭部に手をやり、ははは、と陽気に笑うロッタ。しかし、すぐにサリヴァンの死体に気づくと、一転して岩のように硬い表情になる。
「……これは、お前たちがやったのか?」
「フロランスを人質に取られていたので、やむなく射殺した。生け捕りや懐柔は不可能だった」
「そうか……くそ、早すぎる」
ロッタは歯を食いしばり、拳を握りしめた。矢沢から見れば悔しそうにしているが、その理由がわからなかった。
「なぜ悔しがる? ずっと恨んでいたのだろう」
「あ、ああ……私の手でトドメを刺せなかったことを悔やんでいる」
「ふうん。そんなことにはこだわらないと思ってたけど」
フロランスが割って入ると、ロッタは険しい表情のまま彼女に向き直る。
そこに、アメリアと銀も乱入する。アメリアは花のような笑顔を浮かべ、銀は凛とした態度を崩さずに。
「ま、いいじゃないですか。悪は絶たれました! 後はヤザワさんのお仲間が戻ってくるまで話し合いを頑張るだけです!」
「アメリアの言う通りね。でも、双方に話し合う意思があるんだから、問題はないとは思うけど」
「そうだな」
ロッタは短く言うと、フロランスがいる馬車へとゆっくりとした足取りで近づいていく。その途中、刃に幾何学模様が描かれた小型のナイフを取り出し、フロランスに見せつけた。
「敵から奪ったものだ。素晴らしいエングレーブだろう? 敵を討ち取った証だ」
「敵? でも、それってフランドル騎士団のエングレーブよ? ほら、シュルツが親愛の証って、あなたにくれたものじゃ……」
フロランスは話している途中、ロッタの話が矛盾していることに気づき、目を見開いた。信じられないものを見るかのような顔で。
「ああ、そうだ。お前も奴と同じ場所に送ってやる」
ロッタは鬼のような歪んだ笑顔を見せると、何のためらいもなくナイフを構え、フロランスの胸に突き立てた。普段着にしていた略式法衣の上から、フロランスの胸部に深々と突き刺さる。
「う……そ……」
フロランスは焦点が定まらない目何とかロッタを追いかけようとするも、刃が抜かれるとサリヴァンに折り重なるようにして倒れ込んだ。
それを目撃していた一同の間に極寒の冷気が流れる。だが、すぐに矢沢と波照間はそれぞれ拳銃を構え、ロッタを威嚇する。
「お前、何者だ。ロッタではないな?」
「艦長さん、奴を敵対者と判断します!」
波照間は形だけの宣言を言い終えるより前に発砲する。しかし、発砲を読まれていたのかロッタは撃たれる前に回避。外れた銃弾は馬車の外装を抉った。
波照間が発砲したところで、唖然としていた愛崎や佐藤、アメリアと銀も正気に戻る。
「さ、佐藤さん、今すぐ治療を!」
「わかってる!」
「私も回復魔法が使えます! まーくん、援護してください!」
「ええ、もちろんよ!」
愛崎と佐藤、アメリアはフロランスの下へ駆け寄り、銀は脚に魔法陣を展開して加速し、ロッタへ肉薄。スピードが乗ったパンチをお見舞いする。
しかし、ロッタはこぶし大の小さな防御魔法陣で防いだ。そこで銀は歯をむき出しにし、怒りを露わにする。
「やっぱりアンタ、ロッタじゃないわね! 魔力の質が全然違うわ」
「おっと、バレてしまったか」
ロッタ、いや、ロッタの姿をした何者かは、ニタニタと下卑た笑みを浮かべた。
すると、首都から反対方向の川岸から、続々と光が現れ始めた。
「サリヴァンは時間稼ぎをしていたのか……」
矢沢はサリヴァンの意図を悟り、鼻息荒く歯を食いしばった。サリヴァンの領主軍はすぐそこまで迫っていた。
*
「こんな奴、何で治療しないといけないんだよ……」
「しょうがないだろ、侯爵様の命令なんだ」
帝城の廊下で近衛騎士団の兵士たちがぶつぶつと文句を並び立てつつ、仰向けに倒れている少女に回復魔法をかけていた。
しかし、2人の魔法では無駄なこともわかっていた。傷は回復魔法で治療済みだが、武器に仕込まれていたと思しきヘビ毒は回復魔法では解毒できないせいだ。せめて毒が回らないように回復魔法を刺された部位にかけ続けるしかなかった。
「うう、ぐ……ぁ……」
ロッタは泡を吹き、虚ろな目をただ天井に向けるだけだった。
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