272話 目的地へ

 矢沢が寝不足でうとうとしていたところ、不意に遠くから爆発音のような突発恩が響いた。それで目を覚ました矢沢は、何事かと辺りを見回す。


 岩盤を掘りぬいた陰気臭い牢屋はコンクリートのフレームで補強されていて、崩れる様子はない。命の心配がないとわかったところで、2名の看守が矢沢の牢の前に集合、短剣や戦斧を持って戦闘態勢に入った。


 ようやく作戦が開始されたか。矢沢は安堵する一方、この作戦で死者が出るかもしれないことを考えると、やはり心苦しくもあった。


 十分な援護もない特殊部隊が敵の基地に押し入るなど自殺そのものだが、今回はそれに輪をかけてひどい。正規の自衛隊員たちとはいえ、陸戦には慣れていない者たちを動員しているだけでなく、おそらく人目を引きつけるあおばも現場海域にはいないはずだ。


 それでもなお、彼らは矢沢を助けるために命をなげうっている。ならば、矢沢もそれに応えない訳にはいかなかった。


 すると、矢沢の足元に白いネズミが現れ、そのまま体をよじ登ってくる。何も着ていないせいでくすぐったく、笑い声を抑えようとして結果的にうめきを発してしまうのだが。


 右肩まで登ってきたネズミの正体はわかっている。矢沢はそのネズミに対し、小声でささやきかける。


「銀、状況は?」

「ちゅ、ちゅちゅっ」

「ううむ……わからん」


 白ネズミ、もとい銀はネズミらしい鳴き声を上げるだけで、言葉の類は一切判別不能だった。やはり変身しなければならないのだろうか。


 ネズミは呆れたように首を左右に振るなり体から降り、彼らへの足元へと移動する。何をするか理解した矢沢は、彼女が変身する前に看守たちの注意を引きつけることにする。


「あああああああっ、ああああああああああああ!!」

「っ、どうした!」


 突如発狂し金切り声を上げる矢沢に看守たちが振り向く。すると、銀は人間の姿へと変身、アメリアと同じ光の剣で彼らを切り伏せてしまった。


「じゃ、さっさとここから出るわよ。お姫様」

「お姫様はやめてくれ」

「作戦名がDIDになってるのよ。つまり、囚われのお姫様」

「全く、趣味の悪い……」


 矢沢は愚痴をこぼすが、銀は全く気にも留めずに倒した看守から鍵を奪い取り、牢と体の錠を外した。


  *


 A分隊が地下3階の階段前に到達した頃、B分隊も留置施設へ突入、外への警戒に出た兵士たちをなぎ倒しながら、援護をC分隊や狙撃分隊に引き継いで階下へと降りていく。


 元々1個中隊分の居住区だったせいか、施設内部は極めて広い。銀が利用していた下水道からの侵入ルートも人間では物理的に通れず、制圧作戦は厳しい状況が続いていた。


「敵の状況は?」

「後ろから10人です!」

「よし、一気に降りて階段で殲滅する。来て」


 波照間はアメリアからの報告を基に、適宜判断を下していく。


 状況は未だに敵方が優勢だった。奇襲を仕掛けはしたものの、やはり火力不足と練度不足は否めない。ここに来るまでに佐藤と環が軽いけがを負い、射撃に支障を来している。


 階段を降りると、銀と解放された矢沢の姿があった。矢沢は看守から服を剥ぎ取り、ズボンを身に着けている最中だった。


「艦長さん、ご無事で何よりです」

「ああ、すまない」


 波照間はズボンを履いた矢沢に短く敬礼すると、拳銃をホルスターから取り出して手渡した。波照間が愛用しているUSPだ。


「ミネベアは慣れてないもので。すみません」

「気にはしない」


 矢沢は慣れた手つきでUSPの安全装置を解除し、薬室に弾を送り込む。自衛隊が正式に採用している9mmけん銃とは勝手が違うが、それでも武器が手元にある安心感は計り知れない。


 その間、波照間の背後でコソコソと話し声がしていた。環とアメリアだ。


「艦長のアレ、少し小さかないか?」

「一応、旦那様のよりは太いですけど……長さは旦那様の勝ちです」

「旦那様って豚だろ? 参考になんかなりやしないよ」

「そうですね。私も旦那様の方が好きですから……」


 敵が迫っている状況下で猥談とは、何とも情けない。確かに波照間も一目見て「あっアフモセのより小さい……」と思いはしたが、これは不可抗力であって、しかも任務中だ。それを気にする余裕があるなら、敵の動向に気を配るべきだと波照間はわかっている。


 一方、自分の大事なブツを豚と比べられた挙句、豚が好みだと言われてしまった矢沢は怒りを抑えられないらしい。引きつった笑みを環とアメリアに向けた。


「環、アメリア、後で艦長室に来るように」

「「は、はいぃ……」」


 後で怒られるパターンか。波照間は戦闘中に気を抜いた2人の間抜けに呆れつつも、地下2階へ続く階段の脇の壁に張り付き、敵を迎撃する準備を整えた。

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