7話

 いろいろと考えた。

 ハンターズのやや不可解な言動。

 それらの多くに説明がつく。

 モモの狂言ではないことが分かる。


 あなたとメアリが愛し合った時に、気持ち悪がっていたこと。

 アレは自分たちだという認知があって、それが気持ち悪かったのだろう。

 自分ではない自分がよがっている。まぁ、気持ち悪く感じそうだ。


 ハンターズのメンバーは微妙なラインに自分たちを置いている。

 一応他人と言う認知はあるので、人格や言動を尊重している。

 ただ、かつて、あるいは未来の自分という認識があって、自分を重ねている。

 なので他人だが、ある意味で仲良さげに、そして仲が悪そうにも見えるのだろう。


 キヨが来世は魔法使いになりたいと言ったことがあった。

 そして、メアリが速攻で無理と断定したこと。

 たしかバカンスの時だったと思うが、これも事情を知ると納得だ。

 キヨの来世はメアリ、とも言える。なるほど、魔法使いにはなれない。


 ただ、納得いかない部分もいくつか出て来た。

 リンやキヨなどは違う地方の出身と言う主張をしていた。

 実際、外見からして人種が違うし、独特な風習などの話もしていた。

 なのでその点をあなたは疑っていなかった。

 だが、実質的に同一人物なのであれば、あれは嘘と言うことになる。


「嘘じゃねえよ。実際には少し違うんだが、リンとキヨだけが東部地方なんじゃなくて、俺たち全員が東部地方出身ってだけだ。わざわざ言わないだけだな」


 なんのことはない話だった。

 考えてみれば、外見的に明らかに違うリンとキヨにはそんな話をした。

 だが、アトリやメアリ、そしてモモにはしていない。

 なので認知していなかっただけのようだ。


「それに、同一人物であっても性格が一緒ってわけでもねぇんだぜ。環境次第で性格なんざいくらでも変わるからな」


 どでかい肉を切り分けながら、モモがそんな風に続ける。

 たしかに環境次第で性格が変わることはままあることだ。


「あんただって、実家にいた頃と冒険者になってからじゃ、性格も少しは変わったろ? 変わらないのは異常者くれぇだよ」


 あなたは首を振った。あなたは徹頭徹尾昔のままだ。

 両親にも幼い頃からまったく変わらないとよく言われる。


「………………特に、ストイックに狩人の頂点を目指してたメアリなんかは顕著に性格違うだろ?」


 なんか話を強引に元の軌道に戻された。

 異常者呼ばわりについてはべつに怒りもしないのだが。

 昔から事あるごとに言われていればさすがに自覚くらいする。


「その当時の精神状態のまま来てるからな。だから割と別人に見えるだろ?」


 あなたは頷いた。同一人物などとは露とも思っていなかった。

 ただ、いま思うとかなりの数のヒントはあったように思う。

 以前にアトリの剣技はモモの完全下位互換と評したことがあったが。

 アトリが最初の頃のループなのだから、それは実際にそうなのだ。


 そのほかにも、体の使い方や、身のこなし方。

 口調は全員違うが、発音やイントネーションの癖は同じだ。

 ハンターズのメンバーに出来ることはモモにもできること。

 モモがハンターズのメンバーの最終到達点なので当然だった。


「理解してもらえてうれしいよ。疑問はそれで全部か?」


 あなたは首を振って、残る最大の疑問をぶつけた。

 つまり、なぜこれをあなたへと話したのか? そう言う疑問だ。

 打ち明けてくれたことはうれしい。だが、話した意味はなんなのか。

 そこのところが分からない。


「なんとなく察してるかもしれんが。うちの女郎どもの言う亡夫ってのはトモのことだ」


 まぁ、そうかなと察してはいた。

 モモもそうだが、アトリもリンもキヨも、性に奔放なところはあっても割と義理堅い。

 娼館遊びは出来ても、本気の浮気はできない。そう言うタイプだろう。

 ただ、異性と同性はどちらであっても別口。そんな風に考えている節がある。


 アトリの時に婚姻まで結んだのならば。

 その後に別の男と結婚は心理的に拒否するだろう。

 彼女らにはそう言う方向性の義理堅さはある。


「ご明察だな。同性なら浮気じゃないからセーフだ!」


 なんてダメな理論を堂々と公言するのだろう。

 だが、あなたには得しかない理論だ。

 そのため、サムズアップしてそれを全肯定しておいた。


「しかしな、そこである問題が浮上してくる」


 どういう問題だろうか?


「今までのループだったら1対1だったからいいんだ。でも、今の俺たちは1対5なんだよな」


 全員がトモのことを愛している。

 だが、トモはただ1人である。

 なるほど、これは大問題だ。


「そう、つまりだ、4人のこれからの人生どうしようかって話なんだが……あんたなら4人全員受け入れられるだろ」


 それはもちろん可能だし、喜んで受け入れようではないか。

 だが、トモは女もイケる口と聞いている。

 5人で仲良く家族として生きていくのは無理なのだろうか?


 アトリら4人を見送るのは非常に苦しい。

 だが、彼女らにとってそれが最善の幸せなら、涙を呑んで送り出すつもりだ。


「可能不可能で言えば可能だが……たぶん俺たちで殺し合いがはじまっちまう。トモちんは明らかに男の方が好きだから……」


 なるほど、痴情の縺れと言うわけだ。


「俺らみんな、トモちんが元気に幸せそうにしていてくれれば……って言う気持ちはある。でも、人間ってのは欲張りだろ?」


 あなたは頷いた。近くにいれば、もっともっと欲しいと思うもの。

 遠くにありて思うことでこそ、清らかな思いを維持することもできる。


「そう言うことだ。俺たちはいつかは離れなきゃいけない。自分だからこそケジメが必要だ。その時の行き先をどうしようかって、そう言う話なんだよな」


 そこであなたになると。


「ああ。だから事情を全部話した。それが誠実さってものだと俺たちは考えたからな」


 そう言うことであれば納得がいく。

 あなたはすべての事情を呑み込んだ。

 心理的にはメッチャつらかったが。


「あんたがそこまで顔をしおしおにしてるのは初めて見たな……なんかすまん」


 アトリの事情がいちばんつらかった。

 メアリの時の絶望感も相当なものだったのだろうとは思うが。

 気軽に聞いていいような身の上話ではない。


 と言うか当人以外が話したらダメな生い立ちではなかろうか。

 いや、モモは同一人物なので、当人が話したことになるのか……?


「そこんとこは俺にもわかりかねるが、あいつらの許可は取ってあるから……」


 そう言うことなら、まぁ、いいのだろうか?

 あなたはひとまず納得した。


「で、あいつらのことは引き受けてくれるのか? いや、もちろん拒否ってくれても構わん。俺たちにはこういう事情があるって言うだけの話だからな。こうした事情があっても、今まで通りの付き合いを続けてくれるのか……そう言う話なんだ」


 そんなことならお安い御用だ。

 むしろ、無理して話さなくともよかったのに。

 なにかしらの隠し事があるのは分かっていた。

 だが、それを分かった上であなたは付き合っていた。


 結局のところ、あなたの傍にいるのであれば、それでいい。

 その心も肉体も、あなたは縛ろうとは思わない。

 ただ一時、あなたと共にあるのならばそれで。


「潔すぎて俺まで惚れそう」


 もちろん惚れてくれて構わない。

 トモもいっしょに可愛がろうではないか。


「かなり魅力的だが丁重にお断りする……」


 それは残念。まぁ、そうだろうとは思ったが。


「まぁ……受け入れてくれてよかったよ。9割方大丈夫だろうとは思ってたんだが」


 むしろなぜ受け入れないと思ったのだろう?


「外面はともかく、実際の中身は俺といっしょなんだぜ。実質的に男と付き合うのと同じようなもんだろ?」


 そんなことを気にするようだったら冒険者学園は女子学園になっていない。


「だよな。だから9割方大丈夫だろうとは思ってた。でも万一があるからな。こう、騙してたようなものだし……」


 エルグランドの民はその辺りの考え方は寛容だ。

 あなたは女の子しか好きではないが、人格ではなく肉体の性別を重視するタイプだ。

 その心が男性であろうと、あなたのことが好きで、肉体が女性ならそれでいい。


「それはそれで若干肉体目当て感があってクズいな……」


 まぁ、そう言う考え方もないではない。


「ま、俺も少し肩の荷が下りたよ。俺が全員の記憶を把握してるからって俺に代表させるんだもんな、あいつら……メアリが代表すべきじゃねえ?」


 集団のリーダーはアトリだからアトリがやるのが筋なのだろうが。

 そう言った彼女らの状況も含めて交渉するならアトリが不適格なのはたしか。

 すると、モモの言うとおりにメアリがやるのが筋な気はする。


「万一にも拒絶されたら、つらいからな。そう言う意味じゃ俺がやるのも正解だったのかも。っと、できた」


 そう言ってモモが調理機から大きな肉を降ろす。

 表面こんがり、中はジューシーに焼けた肉だ。

 以前、バカンスの際にも見た肉だ。


「グレートな焼き具合の肉だろ。こんがりうまいぜ。朝飯にしよう」


 なんとも豪快な朝食だ。

 まぁ、胃腸が強靭なあなたなら苦でもないが。





 モモお手製の朝食を食べ、学園へと転移して戻る。

 部屋ではまだトモが寝ていた。たぶん夜まで起きないだろう。

 あなたはトモの看病は自分がするので、モモは授業に出てはどうかと提案した。


「大丈夫。実戦剣士学とかとっくに合格済みだぜ。割とヒマなんだよ、俺ら」


 であれば心配いらないかと、あなたはモモの好きなようにさせることにした。


 それにしても、なんだかすごいことになってしまったものだ。

 最初はモモとトモの痴話げんかだったと思うのだが。

 なにやらハンターズの重大な秘密の話まで聞いてしまった。


 ……ハンターズをこの状況にしたであろう神格。

 そして、あなたをこの大陸に運んだ神格に関連はあるのだろうか。

 分かりかねたが、あなたは酷く腹立たしい気持ちになった。


 冒険者とは自由なものだ。あなたもまたそうである。

 それは荒野を駆ける狼の自由で、空を往く鳥の自由だ。

 飢えに苦しみ、外敵に怯え、あてのない未来に怯える自由だ。


 だが、それでいい。それがいいのだ。

 たとえ飢えても、たとえ何かに怯えても、たとえなんの保証もなくて。

 自分で歩き、自分で考え、自分で生きる。そうしたいからそうしている。


 まったく、この状況に追い込んでくれた神と出会えたらどうしてくれようか?

 超高位の神格となると、あなたであっても分が悪い。

 そこまで行くと単純に強い弱いではなく、どれだけ支配できるかとか、そう言う感じだ。

 それでも手立てはあるはずなので、なんとかして1発わからせなくては。


 まぁ、その辺りは置いといて。

 よりを戻すとかの話についてはどうするのだろう?

 そのあたりをエサにトモを性転換させたわけだが……。


「ああ……トモちんはケツを掘ることに特化したマジカルパワー持ってるって言ったよな」


 聞いたこともない表現だが、男相手が抜群にうまいらしいことは聞いている。

 同時に、女相手は信じられないほどのヘタクソと言うことも。


「トモちんがミスターおケツ掘りラーになったら俺は勝てない。だが、トモちんが女なら俺にだって勝負の眼がある」


 なるほど、それはたしかに言えている。

 モモは昔取った杵柄と言うべきか、女相手がうまい。

 その手練手管を用いれば、トモに勝つことは可能だろう。


「トモちんを徹底的に調教しまくってわからせたら……そのあとだな」


 すごく楽しそうなので見学を希望する。

 最前列かぶりつきで見学したいところだ。


「最前列どころかゲストとして調教に参加してもらうとしようかな」


 すばらしい。最高。ぜひ参加したい。


「右と左の区別がつかなくなるまでバカにしてやろうぜ」


 あなたはモモと熱い握手を交わした。

 トモの脳を破壊する同盟、成立――――!





 よくわかんない同盟を成立させた夜。

 あなたの部屋にハンターズのメンバーが揃っていた。

 トモは相変わらず昏々と眠ったままだ。


「なるほど、全部説明したのか」


「ああ。俺に感謝しろよ」


「感謝してるぅー。めーっちゃ感謝してるでござーる。感謝感謝マジ感謝でござるよ」


「クッソむかつく感謝の仕方やめろや、乳首ビンビン丸がよ」


「ディスってんのかメーンでござる」


「ディスってんだよボケが」


「くだらん茶々入れはやめろ。説明したということはなんだ……これからも末永くよろしく、でいいのか?」


 あなたはもちろんと頷いた。

 みんな大事にするし、苦労はさせない。

 まぁ、エルグランドに来てくれるなら、と言う前提条件は必要だが。

 あそこでないと、生活に困らない事業を与えるのは難しいのだ。


「事業……」


「拙者ら自身の収入になる事業を寄越すことで、後々の人生まで保証してくれる感じの……」


「ガチ愛人の囲い方ですね……あの、私はボルボレスアスで狩人に復帰するつもりなので……」


「拙者も拙者も。ただ、週1とはいかずとも、月1とか……年3回とかくらいは会いに来て欲しいだけでござる」


「言ってはなんだが、私らはそう言う……遊んで暮らせる環境になったらすぐ堕落するから……」


「現に私たちが飲んだくれまくっているのは知っての通りだろう。訓練でボディラインは維持してるが……」


 堕落したところで死ぬまでちゃんと養うので問題ない。


「いや、そうなると……こうな……ほ、頬がたるんだり……」


「顎が2重、3重になったり……」


「腹の肉がつまめたり……」


「私は逆に食べるのめんどくて痩せまくって、ただでさえない胸がなくなっちゃいますので……」


 何か問題なのだろうか?

 立ち上がれないくらい太っても。

 骨が浮き上がるくらいに痩せても。

 あなたにとっては可愛いお姫様だ。

 何の問題もない。


「やべぇな。ガキでもババアでも食える上に、デブでもガリでも食えんのかよ」


 モモに戦慄されてしまった。

 だって女の子なんだよ……? あなたは本気でそう思っていた。


「拙者らの美意識が許さぬゆえ……」


「このボディバランスを維持できないと鏡見るのがつらいのでな……」


「私たちが辛うじて女やれているのは、鏡見た時の自分が好きだからと言う変態みたいな理由もあるからな」


 まぁ、そう言うことなら別に止めはしないが。

 ただ、狩人は危険な仕事だ。

 命を粗末にせずに頑張って欲しい。


「そのためにはちゃんと遊びに来てくれ」


「時々は遊びにも行きたいですね……お嬢様の本妻の方とも仲良くしたいですし」


 もちろん歓迎する。

 最愛のペットは多分、また女増やしたのかとあなたを殴るだろうが。

 なに、そのくらいはちょっとしたじゃれ合いだ。問題ない。

 家族同然に育った上に、なにしろペットは蛮族育ち。

 肉体言語でのコミュニケーション上等な人種なのだ。


 これからいろいろな話し合いが必要だろう。

 そのあとにしっぽりと楽しむなどして。

 双方に納得できる形での関係を構築したいものだ。



 ……そうした事態が、あなたの冒険者学園3年目の最大の事件だった。

 他の面々が悩み苦しんだ卒業試験など片手間に片付けてしまった。

 冒険者として円熟に至っているあなただから、それはしかたのないことだった。

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