2話
EBTGの仲間たちの方針は概ね分かった。
そして、急遽あなたの警護を担うアルバトロスチームだが……。
「私たちはもちろん事前にお伝えした通り、お母様の警護を行います」
「警護計画につきましては、常時1セクションが帯同することとなっております。アルファチーム、ブラボーチーム、チャーリーチームのいずれかが常時お傍に」
「それ以外のチームについては休養、あるいは援護等に就くこととなります。24時間体勢での警護をお約束します」
「また、必要に応じてNAISEIのお手伝いをいたします」
内政の手伝いができるということは、もしやその辺りの知識があるのだろうか?
「私たちには学なんてなくても特別な知恵があるんです」
「主にググることが可能です。ヘイ! NAISEIチートのやり方を教えて!」
「すみません、よく分かりませんでした」
「って言うかそれググってないです」
ググるとはなんだろうか?
まぁ、特別な知恵があるとまで豪語するのだ。
期待してもよいのではないだろうか?
「手始めにローコストで導入可能な各種の農法からですね。窒素肥料の運用からはじめましょう」
「私は日本から春まき小麦の近代品種持ってきました。F1種じゃないので継代可能です。大々的に栽培しましょう」
「資本論持ってきました」
「それは今すぐ捨てなさい」
「うちのお母様が紅い聖女からアカい聖女になってしまうでしょうが」
「そんなものを喜ぶのはインテリだけです。農民たちに必要なものを考えてください」
「陳勝か、呉広……あるいは、レーニンかトロツキーですかね?」
「それ用意したらNAISEIが即座に失敗しますけどね」
「どうして手の込んだ自殺をはじめようとするのですか?」
侃々諤々と意見を交わし合い始めた。
なるほど、内容はいまいち分からないが、活発な議論が可能な程度に学識があるらしい。
あなたはカル=ロスに、学歴はどの程度かと尋ねた。
「全員大学卒ですが」
とんでもないエリート集団来ちゃったな。あなたは驚いた。
カル=ロスが大学に通っているのはなかなか驚きだが、不思議とは思わない。
だが、そのほかの11人もの大学生が揃い、それが1チームを成すとは……。
大学は入るだけでも大変だが、通うのも、卒業するのも大変だ。
特に通うのには莫大な金がかかる。カル=ロスの学費はあなたが出しているのだろうが……。
その他の11人も、学費を賄える太い実家の出と言うことだ。
なんともまたとんでもないエリート集団である。これは期待が持てそうだ。
大学を卒業している時点で高い学識と知性が保障されている。
国家に極一握りの超エリート。それは間違いのない事実だ。
「……日本の大学生はそこまでエリートではありません」
カル=ロスに困ったような顔で訂正された。
そこまでエリートではないとは? 大学と言えば最高学府。
そこに入れる時点で高度な学識があるのは間違いないはずだ。
「私たちが通っていたのはべつに名門ではなく、偏差値的にはほどほどのところでしたから」
ほどほどの大学……? ほどほど……?
学問を追求する最高の研究機関に、ほどほどもクソもあるだろうか?
大学である時点で、学び舎としての最高峰なのは確実のはずだ。
「いえ、ちゃんと高校に真面目に通ってれば入れる程度のところですから」
コウコウ?
「高校と言うのは高等学校と言いまして、15歳から18歳まで通う学校です」
高等学校と銘打つと言うことは、少なくとも小等学校はありそうだが。
「はい、あります。小学校に6年、中学校に3年、高校に3年通って、大学で4年です」
見たことも聞いたこともない超絶のエリート育成コースにあなたは瞠目する。
カル=ロスは高く見積もっても20歳そこそこくらいだろう。
そこに総計で16年の学問の期間をぶち込む? つまり、学びの開始は片手の指で足りる程度の歳なのでは?
「いえ、小学校は6歳からなので……それ以前は幼稚園ですし」
ヨーチエン?
「幼児が通う……なんでしょう?」
「幼稚園は教育施設ですよ。3歳から小学校入学までと決まってます」
「だ、そうです。お母様」
3歳から……総計19年……?
あなたはニッポンの学生たちの凄まじい教育振りに畏怖した。
そんな物心つくかつかないかの幼児の頃から教育を施す……?
さらにはそこで落伍することなく教育に追随して来た一握りのエリート……。
そんなエリートですら大したことがないと自認するほど、上がある……?
「いえ、ほんとに大したことなくて……」
あなたはニッポンの恐るべき階層社会に恐怖を覚えた。
まるで、エルグランドの冒険者たちの強さ格差のようだ。
いくら強くなっても上には上がいるの繰り返しなのだ。
それと同じように、ニッポンもいくら勉強しても上には上がいるのだろう。
学問と言うものに対し、凄まじいなまでの積み重ねが存在している。
その社会資本の上に立つ
そんな学究の徒たちだ。ブレーン集団としてはきっと役立ってくれることだろう。
あなたはカル=ロスを筆頭とした『アルバトロス』の面々に頼りにしていると頷いた。
「ハードルが、ハードルが上がっていく……!」
「Fラン大学出のバイト三昧カス集団にそんな高評価を寄越さないでください……!」
「本当は戦闘力と士気しか高くないんです!」
「勉強とか得意じゃないんです許してください……!」
「体を動かすのは本当に得意なんです! それ以外は、それ以外はご容赦を!」
「空挺とレンジャー持ってる以外はなんの取り柄もないんです!」
「まともに就職しないでバイト暮らししててごめんなさい!」
「バイトない時は就職活動しないで水機団と近衛機甲団の訓練に参加しててすいません!」
なぜかあなたは勢いよく謝られた。
なんだかよく分からないが、あなたは期待している。
みんなが訓練に励み、精一杯頑張っていることは所作からも伝わってくる。
少しくらい頭がよくないからなんだと言うのか。
その努力の価値をあなたは分かっているつもりだ。
「分かっていただけますか……!」
その上で大学まで卒業しているなんて、本当に頭が下がる思いだ。
あなたは未来の我が娘の勤勉さに涙が出そうだった。
「微妙に分かってない……!」
「ほんとに、ほんとにFランのカスなんです……!」
「エルグランドの大学が旧帝大みたいなのしかないからそう言う評価になるのかぁ……」
「メッキが剥がれて、失望の表情に変わっていく未来が来ると思うと今から震えて来ました」
なぜか『アルバトロス』の面々は震えていた。
……なんでだろう?
さて、あなたたちはぼつぼつと各々の活動をはじめた。
レインは自前の魔法で王都ベランサに転移していなくなり。
サシャは屋敷の図書室に籠って蔵書を読み耽ったり、手記の編纂など。
フィリアは領内の村に出向いて、教会の建立予定地の策定を。
イミテルはフィリアと共に村に出向いて、この近隣の村々の不足品の調査を。
そして、あなたは『アルバトロス』のメンバーとレウナを引き連れて領主としての仕事を。
まず、あなたは領民に初夜権の行使をすると定め、全ての民に初夜を差し出すように命じた。
「当たり前のように悪政を敷いとるなこいつ……」
「いえ、まぁ、処女性に呪術的な意味を見出す界隈もあることはあるので……」
「どうみても欲望100%だろが」
「それはそうなんですが」
これは領主の正当な権利なので問題ない。
そもそも、あなたはダイア女王に女犯許可証をもらっている。
あなたはこのトイネの全ての民に性交を強要する権利があるのだ。
これに逆らうのは大逆罪だ。
「権威のこれほど低俗な悪用もなかなか類を見ないな」
「我が母ながらカス過ぎますね」
ごちゃごちゃとうるさい。これは領主の正当な権利だ。
問答無用でブチのめして犯さないだけ淑女的だと思って欲しい。
「開き直ったな」
「うちの母がカスで申し訳ありません」
「おまえは悪くない。謝る必要はない」
レウナとカル=ロスが仲良くなっている。
なんだかいまいち納得いかない仲良くなりかただ。
まぁ、不仲よりはいいのだろうが……。
さて、初夜権行使の布告は追々広めていくとして。
領主として、この領地を富ませていくことを考える必要がある。
ぶっちゃけた話をすると、この領地の経営収入など小銭にも等しい。
そのため可能な限り減税をするなどすれば、領民は容易く富むだろう。簡単なことだ。
「民の目線からするとありがたいことこの上ないのですが、やめた方がいいですよ」
「ほう? その心は?」
「民が富み過ぎると野盗が来るので」
「そこか……」
「税はキチンと取りつつ、祭事や施しの形で還元をするのが賢いやり方だと思いますよ」
なるほど、そう言う問題もあるのかとあなたは頷く。
当人たちは謙遜していたが、やはり『アルバトロス』チームはブレーンとして頼りになるようだ。
「……自分で自分の首を絞めてしまいました」
「実際、その辺りの目線があるなら役立てるのは事実だろう。諦めろ」
「使うしかないようですね……イントゥアーヌェッツと言う集合知の力を……!」
「イントゥアーヌェッツて」
「インターネットはいろんなことが分かります。レウナさんもお知りになりたい秘密があれば検索してみましょうか」
「なら、人はなぜ生きるのか……生命の究極の謎、その答えでも教えてくれ」
「42です」
「……何が42なんだ?」
「え、さぁ? 42ですよ。私にもよく分かりません」
「どういうことだ……」
さて、そうなると税は普通に取りつつ、最低限の維持管理以外は民に還元すればいい。
還元の方法も、金品ではまずいので生活必需品に加算する形が適当だろうか。
この領地には岩塩鉱山があり、穀倉地帯があるため、必需品の多くが自給可能。
あとは燃料類か。この近辺では燃料には何が使われているのだろうか?
また、風土に根ざす病害虫や、それの対策に伴う資源の消費……調べることはなかなか多そうだ。
「では、チャーリーチームに調査に向かわせましょう。もし、アルファです。チャーリー、偵察願います」
カル=ロスが自分の耳元に手を当てて発話する。
特に何か魔法を使っている様子などはないが、それで伝わるのだろうか?
「はい。実際は念じれば伝わるのですが、他の人に伝えたと分かりやすく見せるために発話しています」
なんとも便利だ。どうやっているのだろう?
「チャーリーチームの晶が
実質無理と言うことだ。理解した。
「ご理解いただけて幸いです。さて、お母様。われわれがNAISEIをするにあたって、前提となる知識についてお話したいのですが」
なんだろうか。一応は聞こう。
理解できるかは、ちょっと保障出来かねるが……。
「それで構いません。まずですが、この世界における技術水準は19世紀末、一部20世紀初頭レベルに達しています」
世紀ってなんだろう。
「われわれの世界における暦の上での時代区分で、1世紀が100年です。現在21世紀ですので、われわれから見て100年ほど前の水準と言うことになります」
なるほど、そのあたりは理解した。
すると、カル=ロスたちから見れば随分と時代遅れの世界に見えることだろう。
逆を言えば、あなたたちから見ればカル=ロスらにとって時代遅れの代物が最先端を超えている。
カル=ロスたちが持ち込んで来たものには絶大な価値がありそうだ。
「この大陸、リリコーシャも技術水準はさほど変わりません。機械動力の発明、実用化。女性の社会進出。そう言った面は一部20世紀後半にまで及んでいます。ですが……」
ですが?
「この大陸は人口が少なすぎます。われわれの世界において、機械動力の発明と、労働人口の都市への集約、農村における労働力過多、そうしたものが重なり、産業革命が成立しました」
ほう、産業革命とはまた厳つい名前だ。
よほど革新的な発明でもあったのだろうか?
「実際のところ革命と言えるようなものはなかったりします。数十年以上かけてそのような変化が起きたので。慣例的に産業革命と言います」
革命的な革新があったのではなくて。
それまでの歴史における構造に変革があったことを指して革命と言っているとか、そう言うことだろうか?
「おそらくは。その産業革命の肝は、都市部の人口過密化、それら人口を労働者として吸い込める工場、そして原料供給にあります。集約化された近代的工業生産。それこそが産業革命です」
なるほど、その辺りの産業構造の変革は理解した。
それで、その産業革命なるものがどうしたのだろうか?
「原料と、工場を成立させる技術はあります。ですが、人口が少なすぎる。ですので、産業革命と言えるものは起こせません。膨大な労働者を用立てられないのです」
そんなに?
マフルージャの王宮なんて万単位に及ぶほどの使用人を抱えている。
王都の人口はそれ以上なのは確実で、数十万人規模の都市だ。
これをして膨大な労働者が足りていないとは?
「はい。ブリテンの王都たるロンドンは19世紀はじめに80万人、そして半ばには180万人にまで人口が膨れ上がりました」
50年足らずで倍以上とは。
たしかにその人口過密化は凄まじい。
ベランサの人口では歯が立たない規模だ。
「そうした莫大な人口がなければ産業革命は成し得ない。近代工業は成立しないのです。家内制手工業で手一杯……いえ、必要十分なのです」
なるほど、そのあたりは理解した。
それで、その辺りを理解させて、本題はなんだろう?
「人口が足らないので、そう言う工業生産とかは無理なので諦めて欲しいという前提の共有です。21世紀の社会にあるものをそのまま取り込むのは無謀です」
そう言う前提条件かとあなたは頷く。
たしかに最初から無理なものは無理と提示されていた方が助かる。
「ですので、われわれが提案する計画のほとんどが、現在の産業の効率化に集約されるでしょう。革新的なものはないものとお思いください」
あなたは頷いた。その方が領民たちも受け入れやすいだろう。
あまり革新的なことをしようとし過ぎると人がついてこれない。
そう言う観点で言えば、それはむしろありがたいことだと言える。
「お分かりいただけて幸いです。では、われわれの持ち寄った計画案についてお話しますが……そのあたりは偵察情報が戻ってからでもよいでしょう」
では、待っている間はお茶でもするとしよう。
あなたがそのように提案する。
「そうですね。お母様、私はミルクを所望します。お母様のミルクはおいしいですからね」
あなたは頷いて、カル=ロスらにお茶を用意するのだった。
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