アノール子爵領内政計画編

1話

 あなたが帰宅したところ、カル=ロスら『アルバトロス』がやって来た。

 そして、あなたは仲間たちに質問攻めにされていた。


「娘ってどういうこと? あなたの子供ってこと?」


 カル=ロスは義理の娘だ。

 あなたの最愛のペット……まぁ、本妻か。

 それが拾った子なので、あなたが母になる。


「あなた“が”母になる? あなた“も”ではなくて?」


 エルグランドにおいて、捨て子を拾って養うのは大変男らしい行為だ。

 そのため、捨て子を拾った者が父親であり、そのパートナーは母親になる。


「……言われてみると納得と言えば納得ではあるな」


「拾った場合において家計の担い手の認証が必要であろうことは確かですから……」


「するとなるほど、拾うという決断をした者が父親と言うのも納得の理屈ではあるな」


「しかし、12人全員がそうなのか?」


 レウナの質問にあなたがカル=ロスに目線で問いかけると、カル=ロスが首を振った。


「彼女らはただの友人です。お母様の娘は私だけですよ」


「そうか……アレの娘の割に、随分とまともに見えるな」


「お母様が最低の屑でエルグランドのダニであっても、娘までカスになると思われては些か心外ですよ」


「母親に対するディスが凄い」


 あなたもちょっと悲しい。

 あなたはそんな悲しさを紛らわすため、手を叩いて注目を集め、荷解きをしようと提案した。


「ああ、そうね……いつまでも荷物持ってちゃ疲れるものね」


「じゃあ、荷解きをして、身を清めたら、えーと……食堂にと言うことで?」


「このお屋敷は初めてなので、構造の把握からしないとですね……」


 代官が屋敷を使っていた頃からいる使用人がいるはずだ。

 その使用人らに案内を頼めばいいだろう。あなたはポーリンにその辺りの通達を頼んだ。


「はい、おまかせくださいミストレス。では、いってらっしゃい」


 あなたは頷いて自分の私室へと向かった。その際にはイミテルもついてきた。

 この屋敷における主人はあなたで、女主人はイミテルなので、それは当然のこととも言えた。




「我が鼓動よ……私は、私はどうしたらいい……?」


 部屋で荷物を降ろしたところで、イミテルが困ったような顔で訪ねてきた。

 あなたはなにが? と返した。


「あなたの娘なら、私の娘でもある。どうしたらいい……?」


 まぁ、その理屈はそうかもだが。

 エルグランドにおいてその辺りは割と人によって扱いが違う。


 あなたは自分の血を引く者は産んだ相手が誰であれ我が子として扱う。

 そして、血を引いていないとしても……たとえば連れ子とか。

 その人物があなたの妻、あるいは夫であるなら我が子同然に扱う。

 最愛のパートナーが拾った子であろうカル=ロスならば、あなたにとっても娘だ。

 実の娘であろうが、義理の娘であろうが、そこに変わりはない。


 しかし、それを他の誰かに強要するようなことはしない。

 イミテルはカル=ロスを赤の他人として扱ってもいいし、我が子同然に可愛がってもいい。

 そのあたりはどうしても心理的なもので、言って聞かせられるものではないから仕方ない。

 さすがに使用人扱いとして奴隷のように扱うようなら止めるが、無体なことをしない限りはなにも言わない。


「そうか……手探りでやっていくしかないのか……」


 親なんてものは子供が生まれる時に一緒に生まれるものだ。

 子供が生まれたら自動で立派な親になれるわけではない。

 子供の成長と共に、少しずつ立派な親になるよう努力していくしかないのだ。


「そう言うものか。我が鼓動は、慣れているのだろうな」


 慣れてはいる。だが、子供なんて1人1人違うものだ。

 やんちゃな子、大人しい子、暴れ放題な子といろいろある。

 1人1人違うのだから、いくら慣れていたって正解が分かるわけではない。

 きっと、イミテルのお腹の子を育てる時も、それはもう四苦八苦するだろう。


 今から気が重くて仕方ないが、それでもやっぱり楽しみだ。

 新しい命が産まれるという、もっとも身近な奇跡。

 その日が来るのが待ち遠しい。


「ふむ、考えてみると、我が鼓動はそんなことが言えるほど子育てに慣れているのだな……これほど心強い夫も居ないな」


 そう言われてみるとそうかもしれない。

 まぁ、いざとなったらエルグランドからあなたの母を呼んで来るし。

 あなたを含め、4人の我が子を育てたグレートマザーだ。

 そして、その身体能力はまさに超人的な領域にある。


 取っ組み合いの喧嘩をしたら、あなたの勝率は3割あるかどうかだ。

 この超人的な身体能力と、それに見合った超人的な体力。

 子育てをするにあたっても十全に役立ててくれることだろう。


「……ドラゴンを一方的に殴り殺せるほどの身体能力が子育てに必要なのか?」


 要らないと思う。

 まぁ、体力はいくらあっても困らない。

 特に新生児期は大変なのだ。

 数時間おきにミルクをあげる必要があるので。


「乳母を雇えばよかろうが」


 それもそうか。

 貴族出身と言うこともあって、イミテルはその辺りに忌避はないらしい。


「だがまぁ……あなたの御母上にはいずれご挨拶をしたいものだな」


 きっとあなたの母は喜ぶことだろう。

 イミテルのように美しく、それでいて貴族的な所作のできる少女があなたの母は好きだ。

 山奥の蛮地で生まれ育ったからか、そう言うのに憧れがあるらしい。


 そして、あなたはものすごく殴られるだろう。

 あなたの母は暴力上等で我が子を躾けるタイプなので。

 理不尽なことこそしないが、躊躇なく暴力を使う。

 あなたはきっと地面に埋まるくらい強く、何回も殴られることだろう。

 今から大変に気が重かった……。





 荷物を置いて、体を清め、着替え。

 アノール子爵領は岩塩鉱山と同時、小なりと言えど穀倉地帯を含む。

 そのため、水資源はそれなりに豊富で入浴も可能な程度に水が使えるのだ。


 そうして身を清めた後、食堂に集合した。

 全員が全員、ラフな格好で集っており、あなたの目は潤う。

 そして、カル=ロスを筆頭とした『アルバトロス・チーム』なる面々も集っていた。


 全員が変わらず黒い水兵服を着ており、座る姿も整然として美しい。

 画一的な教育によって仕草を矯正された様子が見受けられる。


「お母様、お腹が空きました。ごはんを要求します」


 座るなり、カル=ロスがそのように要求して来た。

 あなたは頷いて、この屋敷の上級使用人である執事にカル=ロスらには無制限に食事を出すように命令を下す。


「炭水化物マシマシで、なおかつタンパク質もドカ盛りでお願いします。主食は米飯で。あ、金曜日はカレーにしていただけますか。それから午前9時と午後3時にはおやつもお願いします。鶏ササミとかでよろしくどうぞ」


 あなたはそのようにしろと執事にそのまま命令を流した。


「それから飲酒もしたいので、飲酒の許可もお願いします。銃器の発砲を伴う訓練をしたいので射爆演習場をください。あと水分補給のために麦茶を毎日30リットル用意してください」


 麦茶とやらがなんなのか分からないので、そのあたりは使用人らに教えるようにと言いつつも執事にそのまま伝える。

 射爆演習場は後ほど造成するので、詳しい緒言は後で聞く。


「アストゥムは信仰上の理由で祭壇を必要としているので祭壇も用意してもらえますか。全員に個室も貰えますか。優花とあさぎは情交の声が苦手なので、お母様の部屋から離してもらえるとありがたいです」


 部屋の数が足りるか分からないので、増築を待ってもらえるなら可能だ。


「それで構いません。今のところそのくらいです」


 あなたは一気に伝えられた要望に頷いて、全部許可すると答えた。

 その返答に、カル=ロス以外のアルバトロスチームが動揺したのが伺えた。


「あの、カル=ロスのお母さん……甘すぎませんか?」


 そんな問いかけをして来たヒフミにあなたは笑って答える。

 娘の可愛いワガママは全部叶えてあげたいものだと。

 実際、要求の数自体は多いが内容自体はさして無理筋なものでもないし。


 おなかいっぱいごはんが食べたいのは普通のことだし。

 体を鍛えている人間が間食を必要とするのも当然だ。

 そして食べたいメニューの希望も、週に1回と言うことを思えば慎ましいくらいである。


 飲酒なんてわざわざ許可を取る意味も分からないくらいだ。飲めばいい。

 射爆演習場はたしかに豪快なおねだりだが、どうせ貴族になったので土地はあるから容易いこと。

 水分補給のムギチャなるものがなにかは知らないが、12人で30リットルなら妥当な量だし。

 祭壇や個室についても、ごくごく普通の要望ではないかと思える。


 そのように答え、納得してもらえたかな、ヒフミ。と最後に付け加える。


「うえっ……こ、この人、私たちの区別ついてる……!」


「まさか。そんなわけないでしょ。あてずっぽが当たっただけだって」


 そう笑うアスマイーフに、アスマイーフって変わった名前だね、と笑いかける。


「おうっ!? ほ、本当に区別ついてる!?」


「お母様は女なら区別付けられる人だから……たぶん全員識別できるよ」


「ほぼ初対面だよ!?」


「いや、でも、たぶんできるし……お母様、右から順に名前を挙げて、誰か分かります?」


 アキサメ、ユーカ、キリカ、アストゥム、モエギ、カル=ロス、アキラ、アスマイーフ、ヒフミ、ムツミ、ミズホ、ミコトだ。


「怖いんだけど」


「怖過ぎる」


「女たらしとはこんなことまで……!」


 なんか恐れられてしまった。

 さておき、次にあなたはこれからのことについて考える。

 ひとまず、ここに連れてきてしまったが……サシャは王都屋敷に送るべきだろうか?


「あー、えーと、そうですね……ん、んんー……! あの、このお屋敷に図書室は……?」


 サシャが執事に問いかける。

 その答えは、それなりの規模のものがあるとの返答だった。


「なるほど。じゃあ、ここの蔵書を読み終えてから行きます」


 まぁ、図書館は逃げないので、それもありだろう。

 サシャはまだ転移魔法が使えないので、王都屋敷に送られたら戻ってくる術がないし。


「お姉様、あの、私も1つお願いがあるんですが」


 フィリアの控えめなおねだりにあなたは頷く。

 可愛いペットのおねだりだ、可能な限り応えたい。


「先ほど聞いたのですが、この領地にはザイン様の教会がないそうなんです」


 まぁ、そう言うこともあるだろう。

 穀倉地帯があるとはいえ、規模としては小さい。

 他所から攻め込まれるほどではなく、国境沿いでもない。

 それなりに平穏な土地柄だ。戦いの神はさほど必要とされない。


「しかし、ザイン様の恩寵なきようでは、ザイン様の信徒が困ります。よって、私はこのアノール子爵領にザイン神の教会建立を願います!」


 なるほど、許可する。

 教会の建立見積もりなどはあなたには分からない。

 なので、そのあたりはフィリアに見積もりを出してもらいたい。

 詳しくはあなたの方に書類の形で提出してもらいたい。


「わかりました、お任せください!」


 ふんすと張り切るフィリア。

 異なる神に奉ずる立場とは言え、信仰に生きる姿は微笑ましく思う。

 多神教の文化に生きる者ならではの感覚かもしれない。


「我が鼓動よ、まず、この領地の主になったのだ。領民に名と顔を覚えてもらう必要があるぞ。振る舞いをしてはどうだ?」


 領主就任祝いということで、なにかしらの慈悲を垂れろと言うことだろう。

 あなたはたしかに必要なことだと頷いた上で、そのあたりはイミテルに任せたいと伝えた。

 なんせあなたはエルグランド出身な上、エルグランドでは単なる一市民だったのだ。

 領主としての振る舞いなどさっぱり分からない。


「だろうな。その辺りを支えるのも妻の役目、任せておけ」


 満足そうにイミテルが頷く。

 どうやらあなたに頼まれるのを前提で言い出したらしい。

 頼られたいのだろう、やはり。


「私は王都屋敷に行こうと思うの。ええ、あちらの方で、こう、なにか……何か仕事が必要だったりするでしょう? ね?」


 レインはマフルージャは王都ベランサに行きたいらしい。

 たぶん、ポーリンの目を逃れて酒を飲みたいのだろう。

 まぁ、そのくらいの要望は可愛いものだ。

 あなたはギールの予算請求を承認することを頼んだ。


 マーサにも一応そのあたりの裁量権は与えてきたのだが。

 やはりマーサは使用人なので、そのあたり多少なりと引き締めようとするだろうし。


「任せておいてちょうだい。請求書を全部承認するだけの簡単なお仕事でしょう?」


 そう言うことだ。酒飲みながらだってできることだろう。

 レインの感謝の目線にウインクを返しつつ、あなたはレウナに目を向ける。


「私は……ヒマだからな、なにか仕事があるならするぞ」


 探索に行く気概もあまりないらしい。

 まぁ、『アルメガ』が生きていると分かれば神託の目的も分かろうもの。

 迷宮のいずれかに『アルメガ』が潜んでいるということなのだろう。

 藪を突いて蛇を出したくもないので自重しているらしい。


 あなたはなにかあるなら頼むことにすると伝え、最後にあなたの行動指針を告げた。

 ちゃんと体を休めて、後遺症の完治を目指すこと。

 そしてその療養中、領主の仕事をこなすこと。


 面倒くさいがやらなくてはいけないことだ。

 ここでサクッとこなしておいて、後ほどちゃんと冒険に行けるよう支度をしておかなくては。

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