6話
狩人の集う店と言うのは、大抵の場合で賑やかだ。
そして、テーブルはバカでかく、椅子はひたすら頑丈で、床は広い。
店員は愛嬌のある小型の猫や犬。この大陸の猫や犬は人語を解し、ウェイターくらいは楽勝でこなす。
そして、案内された食堂は、まさにその典型と言うべき店だった。
ばかでかい丸太をそのまま切り出して来たような分厚くデカいテーブル。
そして椅子は分厚い板材をガッツリ噛み合わせて作った頑強なもの。
そこにドカッと腰かけ、豪快に飲み、食べ、謳う。
それこそがボルボレスアスの狩人であった。
「ガッツなチャーハン一丁よろしく。あと、とりあえずマスタービールな」
「ビールは先にお持ちしますワン?」
「おー、そうしてくれ。それからバッチリ唐揚げと、最強エビフライな」
「あの、私たち、こっちの字は読めないのよ。何かおすすめを頼んでもらえないかしら?」
「おお、そうか。じゃ、こっちの淑女たちにはオッタマゲピザをよろしく頼むぞ」
「はい! 喜んでだワン!」
尻尾をフリフリしながら走り去っていく二足歩行の犬。
もちっとした尻がプリティーでたまらない。
あなたは小動物類は人並み程度に好きだが、アレは反則的に可愛い。
「見たことない種族ね……どういう種族なの、あれ」
「どういう種族って、ただの犬だよ」
「いや、ただの犬は喋らないでしょ」
「そりゃ訓練しなかったら喋らんだろうよ」
「訓練したら喋れるの!?」
「? そりゃ、喋ってるやついるし」
「知らなかった……」
レインが慄いているが、たぶんボルボレスアスの犬が特殊なだけだと思う。
少なくともエルグランドの犬は喋らなかったので。
「ああ、そうなのね……そうよね、この大陸が特殊なだけよね。エルグランドでも、犬や猫は喋らないわよね」
いや、猫は喋る。
「猫は喋るの!?」
度々迷子になっておうちどこ? とか聞いて来る猫がいる。
あなたは親切なので、『引き上げ』のスクロールを渡してあげたものだ。
なので、人語を認識して、それを使って質問してくる猫はいる。
「い、異文化……!」
慄くレイン。まぁ、喋る猫は割とレアだったりするが……。
まったく喋ることのない大陸出身のレインからすると、どうにせよ驚天動地の事実かもだが。
「ところで、あんたらどういう間柄なんだ? 女所帯で華やかなのは分かるが」
あなたは関係性を説明した。
サシャはあなたのペット。
レインはあなたのともだち。
フィリアもあなたのペット。
レウナはあなたのともだち。
イミテルはあなたの奥さん。
「意味分かんな過ぎて竹」
真顔で竹と宣言するハウロ。なんだろう、竹とは。
ハンターズの面々も竹と言っていたような気がするが……。
ボルボレスアスで流行ってる感嘆表現とかなのだろうか?
「まぁ、なんか複雑な関係なことは分かった……」
言いながら届いたビール瓶を受け取るハウロ。
それを手酌で注いで、勢いよく呷る。
「んぐ、んぐ……っかぁー! この1杯のために生きてるよなぁ、オイ! しかも今日はタダで最高にうめーぜこれがよ!」
飲み方が実に豪快だ。だが、男らしいというほどではない。
口調も荒いが、無理をしている雰囲気ではない。
ごく単純に、昔からこう言う態度で、こういう性格だったのだろう。
田舎の人間の口調が荒々しいなど珍しいことではないし。
性別で言葉を分けるという習慣が存在しないことも珍しくはない。
ハウロもたぶん、そう言った口の人間なのだろう。
もしくは男所帯で育ったとか、そう言う感じだ。
「ねぇ、そう言えば私たち、この大陸のお金持ってないんだけど……あなた持ってる?」
レインに声をかけられて、そう言えばそうだなとあなたは思い出す。
まぁ、心配しなくとも、あなたが持っているので問題ない。
ボルボレスアスではゼニー証紙と言う兌換紙幣が使われている。
たぶん、通貨と言うシステムがもっとも発達した大陸だろう。
とは言え、しばらく滞在するなら金は必要だ。
まぁ、金地金の形で取引すればどうとでもなる。
ゼニー証紙は兌換紙幣であり、正貨と兌換可能だ。
そして、それは逆もそうだ。銀行に金地金を持ち込めば……たぶんなんとかなる。
「へぇ、金に困ってんのか。別大陸の便利な道具あるなら高く買ってやってもいいぞ」
ビールをがぼがぼ飲みながら、ハウロがそんな提案をして来た。
あなたはちょっと考えてから、テーブルの上にワンドを置いた。
だいぶ昔……ソーラスを探索し始めた当初の頃に作ったものだ。
当時まだ魔法の使えなかったサシャのために用意したものの予備である。
そして、そのうち『軽傷治癒』が込められたワンドである。
エルグランドのワンドは誰であろうと振れば使えるので、ハウロにも使えるだろう。
「へぇ、振るだけで傷が治る杖……マジ?」
マジである。
「へへへ……言い値で買わせていただきます……」
揉み手をしながら突然下手に出て来るハウロ。
この大陸の回復薬も相当強力で、それに勝るほどの道具ではないのだが。
「いやいや、瓶と違って杖なら早々壊れないからな。これはこれで便利だろうよ。何回使えるんだ? 使い捨て?」
一応50回分のチャージになるように造ってある。
まぁ、使おうと思って手に持ってみれば、残っている回数はなんとなく分かる。
理屈は知らないが、たぶんワンド自体にそう言う機能があるのだろう。
「へぇ~……お、本当だ、分かるわ……」
ハウロがワンドを手に取って確認する。
あなたはいくらで買う? と尋ねた。
「20万ゼニーでどうだ」
売った。あなたは即断した。
「あの、お姉様、20万ゼニーっていくらくらいでしょうか? 軽傷治癒50回分となると、金貨75枚が相場ですけど……」
大陸が違うと物価も違ってくるので一概には言えないが……。
おおよそだが、200ゼニーで銀貨1枚分くらいになると思われる。
つまり、2000ゼニーで金貨1枚。2万ゼニーで金貨10枚。
20万ゼニーで金貨100枚と言ったところか。
「割と相場としては正当ですか……」
まぁ、本当に大雑把に計算してのことだ。
たぶん正確ではないが、20万ゼニーもあればしばらくは遊んで暮らせるはずだ。
少なくとも、先ほどハウロの頼んだオッタマゲピザなるものが200ゼニーなので、1000食分くらいにはなるはずだ。
「それで1食済むなら1年近くは賄える計算にはなりますが……量次第な気はしますね……」
たぶん大丈夫だろう。狩人向けの食堂はボリュームが凄い。
まぁ、ハンターズのことを思うと、狩人向けの食堂ですら足りない狩人もいるのだろうが。
少なくとも、あなたが想定した10倍はザラに食うハンターズでは足りないだろう。
そんなことを話していると、犬が数匹ほどわっせわっせと皿を運んで来た。
そのじつに重たそうな皿の上には、てんこ盛りのチャーハン。
続く大量の唐揚げ、そしてエビフライ。
最後に運ばれて来たのは、テーブルの上を埋め尽くすほど大きなピザ。
「俺、移動するな」
隣のテーブルに移るハウロ。そちらでチャーハンに唐揚げとエビフライを受け入れている。
しかし、鶏を3羽くらい丸ごと使ってそうな唐揚げといい、軽く30本はあるエビフライといい……。
やはり狩人は食べる量がえぐすぎる。主食だろうチャーハンも軽く2キロはありそうだし……。
「……なんだかすごいことになってしまいましたね」
「これを……これが……いや、これを私たちだけで食べるのか?」
「絶対に無理だな。うん」
EBTGメンバーたちは、テーブルを丸ごと埋め尽くすピザに慄いている。
直径1メートル近い超巨大ピザは、標準サイズのピザのおおよそ4倍ほどのサイズだ。
直径が倍になると、面積は4倍になる。したがって、直径が4倍ならば面積は16倍である。
つまり、本来なら16人で食べるべき量を、あなたたちは6人で食べようとしている。なかなか無謀だ。
「ご主人様、この大陸はこの量がデフォルトなんですか……?」
サシャの縋るような問いに、あなたは頷いた。
狩人向けなのでボリュームが多めなのは確かだが。
一般市民でも食べようと思えばこのくらいは食べる。
スケールが全体的にクソデカな大陸、それがボルボレスアスだ。
その証拠に見るといい、とあなたはハウロを示す。
そこではハウロが巨大なスプーンでチャーハンを勢いよく掻きこんでいる姿がある。
唐揚げとエビフライも、時折丸飲みしてんのかと言う速度で消えていく。
マスタービールと言うらしい酒が次々と空いていく。
5本目の追加注文がされ、ウェイターの犬がジャンジャン追加を持って来ていた。
すでにあなたたち全員が満腹になるほどに食べている。
だが、ボルボレスアスの狩人にとって、あんなのは日常茶飯事だ。
特別大量に食べているとか、羽目を外しているとかではないのだ。
「1人前ですらこれ……!」
まぁ、狩人向けの店なので、一般向けならもう少し少ない。
たぶん、そう、これの6割くらいの量が来るはずだ。
「いずれにせよ私たち1人じゃ食べ切れないですよ……」
それはそう。あなたは深く同意した。
かつてこの大陸を旅した時も困ったものだった。
南部地方を中心に、あちらこちらを見て回ったが。
西部地方でも、東部地方でも、北方でも。
量はいつでもクソデカ、あなたの腹はいつもはちきれそうだった。
あなたはエルグランド基準では結構食べる方だ。冒険者だから当然ではあるが。
しかし、町中で食事を摂れば、小食で可愛いねと言われるのはいつものことだった。
店で食べればもっと食べなさいと食堂のおかみには心配されるのがザラ。
もうそう言うものだと思って、諦めるしかない。
まぁ、安くてたくさん食べられるのはいいことではないか。たぶん。
「そうかもですね……」
「眺めててもなくならないし、食べましょうか……」
「残したら怒られる気がする……」
あなたたちはぼやきながら食事に取り掛かった。
狩人食堂のピザは実に美味しかった。
パリパリクリスピーなピザ生地はあっさりとしていて、上の濃厚なチーズを引き立てる。
チーズの上に乗ったペパロニとバジルはシンプルでうまい。
そんな最高においしいピザだが、嘘のような量に誰もが悶え苦しんでいた。
丸かったピザはきっと地獄の門だったのだ。
そんな想いすらも湧き上がってくるほどに、誰もが苦しんでいた。
「なくならない……なくならないよぉ……」
「6人がかりで食べてこれだと……」
「うっぷ……」
あなたも頑張って食べているが、やっぱり無くならない。
この大陸の食事量はおかしい。こんなのっておかしいよ。
食堂の一品料理でよかったと心底思う。
コース料理なんか頼んだら、死ぬほど食べてもまだ半分も来てないとかあるので。
「他大陸のやつらは小食とは知ってたが、ほんとに小食なんだな……」
そんな地獄めいた量の料理をあっさりと平らげ終えて、蒸留酒を舐めるように飲んでいるハウロ。
やはり狩人の食事量とか食事速度はおかしい。
まるで水でも飲んでるような勢いで米が消えていくのだから恐ろしいものである。
「まぁ、無理そうなら残しな。勿体ないが、腹壊したらコトだろ」
それもそうではあるが。
まぁ、食べれる限りは食べよう。
あなたが再度気合を入れ直したところで、店に新たな客が入って来た。
それは、全身を漆黒の装束で覆った、不吉な男だった。
その男はまるで滑るような足取りで近付くと、ハウロの対面へと断りもなく腰かけた。
すでに夕飯時に入っている食堂の客入りはなかなかのものだ。
席の6割方は埋まっており、誰もが賑やかに食事をしている。
そんな中、わざわざ対面に座る以上、ハウロに用があるのだろう。
「君に……依頼があるのだがね」
「あーっと……ごめんけど、依頼は協会通してもらえるかな? 俺、厳罰喰らっちゃうよ」
「……はい」
「そう言うわけだから……」
「い、依頼の概要だけでも説明させてもらおう……」
「あ、うん……どうぞ」
なんとも締まらない具合の会話だった。
あなたはピザに悶え苦しみつつも、依頼の話を聞く。
特に声を潜めてもいないので、普通に聞こえてしまうのだ。
「君は知っているのだろう、かの伝説に謳われし黒き龍のことを。今、その災厄が蘇らんとしている……! さぁ、狩人よ! 止められるならば止めてみせるがいい!」
「うん。で、指定のフィールドはどこだ? 制限日数は? 支給品はどうなってる?」
「そ、その辺りの詳細は協会と詰めさせてもらうので、君はただそうした依頼が指名で来ることを覚えていてもらえれば……」
「ああ、そう言うね」
「見せてくれたまえ……狩人の可能性を。そして、私を楽しませてくれ……!」
「よく分かんねーが、依頼なら断る道理もねぇ。特級狩人、ハウロ・G・ヒータ様に任せときな」
「楽しみにしているよ……さらばだ」
「おいおい。何も頼まないで出てくなよ。食堂だぞここは」
「くっ……ウェイター! おすすめを1つ!」
「はいだワン! お客さんに大人気の、狩人ビッグリ盛りセット入りましたワン!」
なんだかよく分からない会話だった。
あなたはなんの気負いもなく酒を飲んでいるハウロを見やり。
人気商品なのか作り置きがあるのか、すぐ出てきたビッグリ盛りセットに圧倒される黒衣の男を見る。
チャーハン、オムレツ、ハンバーグ、どれも致命傷レベルでデカい。
それが混然一体となったプレートに黒衣の男が慄いている。
その辺りを見ると、特に異様なところは感じられないが、先ほどの会話中は異様な雰囲気を放っていた。
入店時、あなたにも視線を送っていたことを思うと、なにかの陰謀でもあるのか。
まぁ、そんなもの、真正面から粉砕してやろうではないか。
あなたは鼻で笑うと、どうにも粉砕できそうにないピザをどうしようと困り果てた。
隣の黒衣の男も全然減らないチャーハンに困り果てている。
陰謀はともかく、この場をどうやって切り抜けたらいいのだろう……。
たぶん、この時、あなたと黒衣の男の心情は一致していた。
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