5話
新婚ホヤホヤのあなたは旅行に送り出されていた。
かなり意味が分からなかったが、そう言う風習らしい。
結婚式後は遠方の親族を訪ね、結婚の報告をする。
それがトイネもマフルージャも問わずに行われる風習だとか。
エルグランドではなかった風習なので、割と謎である。
トイネ側ではウルディア子爵家回りでは報告する必要のある相手はいない。
そして、エルグランド側の報告は……ちょっと控えて欲しいので……。
そう言うわけで、あなたとイミテルはただの旅行に送り出されることになった。
これ幸いと、あなたは新婚旅行先をボルボレスアスの東部地方にすることにしたのだった。
あなたはEBTGのメンバーを引き連れて、ボルボレスアスはログラックの町へと『引き上げ』で転移した。
『引き上げ』のマーキングを残していたうち、町なのがここしかなかったのだ。
西部地方で最も大きい町だったので一応マーキングしていたのが功を奏した。
「へぇ~、ここがボルボレスアス……人の雰囲気はあんまり変わらないわね」
「うわー……すごく立派な町ですね……」
「本当に人間ばかりだな。エルフもドワーフも全然おらんとは……」
連れて来た仲間たちは感心しているが、あなたも少し驚いている。
ログラックの町も随分と大きくなったものだ。
かつても大きな町だったが、当時はまだまだ開拓の最前線と言った調子だった。
町としての機能は、近郊のドルドーマの町の方が整っていたはずだが。
今はすっかり大都市と言った風情である。
人口も規模もすっかりと大きくなって。
あなたはいい意味で変わり果てた町に感嘆の息を吐いた。
「たしか、この大陸では狩りをするには狩人にならないといけないのだったか?」
一応あなたが旅した時はそうだったし、モモロウから聞くに今もそうだろう。
ただ、そのあたりは狩人協会の管轄内なら、と言う話でもあるので……。
狩人協会の管理が及んでいない場所ならば、べつに気にせず狩ってよかったような。狩れればだが。
「ふむ、そう言うものか。まぁ、大人しくしているか……」
ただ、飛竜以外の小型生物は気にせず狩ってよかったはずだ。
狩人協会の管理は生態系の維持のためであるが、これは動物保護とかのためではなく。
生態系を激変させて環境が変わると、危険な飛竜が流入する恐れがあるためだ。
フィールドの環境を安定させれば、取るべき対処も分かりやすくなる。
「ああ、なるほど……と言うことは、リスやら鳥くらいは狩ってもいいのだな?」
あと、シカとかイノシシ、クマなども狩ってよいはずだ。
まぁ、詳しくは狩人協会の方で、許可証無しで狩っていいものを尋ねるのが確実だろう。
「待て待て、イノシシはともかく、シカとクマが小型生物ってどういうことだ」
飛竜は10メートル級がザラである。
「なるほど、大きさの評価は相対性だものな……」
そう言うことだ。
まぁ、とりあえずは狩人協会の方に出向いてみよう。
あなたはそのように提案し、狩人協会を探して出向くことにした。
ログラックの町にはかつて、メンゼルタ特区と言う地域があった。
ログラックが開拓の最前線だった頃、飛竜と戦う狩人が多数集っていた。
その狩人をひとつ所に集め、狩人のための施設を集めたのがメンゼルタ特区。
名前通り、狩人のための産業の税金が緩和され、所狭しと店が並ぶ地域だった。
いつでも活気に満ち溢れ、いつでも騒がしく、エネルギーに満ち満ちた場所だった。
それは今も変わらず、熱気と活気に溢れているが、名前は変わっていた。
さらに規模が多くなり、メンゼルタ特区はメンゼルタ自治区にまで成長していたのだ。
かつての十数倍にまで大きくなった街区は、まさに名前通りにひとつの町と言っていいほど。
ログラック自体が並みの都市の10倍の規模があるが、メンゼルタ自治区はその2割ほどを占める。
つまり、メンゼルタ自治区だけで、並みの町の2倍の大きさがあるのだ。
この大陸の町が軒並みデカいことを差し引いても、かなりでかい自治区であった。
「なんと言うか、圧倒される規模ね……食料品もなんだかやたらデカいし」
「米1粒でおにぎりになりそうなほどでかい米があるんだが」
「屋台料理の量がおぞましいんですけど、あれは1人前なんでしょうか……」
「うわっ、すごく大きい狼の死体……ええ? あれで子供なんですか……?」
「なんともまた異文化と言うか。うーむ、トイネとはなにもかもが違うな……」
みんなお上りさん丸出しである。
微笑ましさに思わず頬が緩む中、ようやっと狩人協会の出張所に到着した。
狩人に各種の依頼を斡旋するための場所で、マフルージャにおける冒険者ギルドに近いシステムの場所だ。
ここではもちろん一般人が依頼を出すことも可能だ。
目的地周辺の環境が激変することが見込まれる依頼は却下されることも多いが。
別大陸の冒険者ギルドと違って、あくまでも環境維持が第一の組織であるからこそだった。
あなたは一般窓口の方へと向かう。
この大陸の文字が読めるのは今のところあなただけなので、あなたが行動をしないといけない。
幸い、窓口の方に人はおらず、あなたはすぐに応対してもらえた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件ですか?」
あなたは一般人が狩猟していい動物について尋ねた。
「こちらにリストがあります。どうぞ!」
この大陸は活版印刷が盛んなので、かなり気軽にこうした情報が手に入る。
ありがたいことだと思いつつ、受け取った紙面を軽く眺める。
やはり、あなたが予想した通り、一般的に飛竜と分類されるもの以外は狩ってよいようだ。
ただ、オオガザミとかミツムシなどの貴重な生物類なども禁じられているようだった。
「以上でしょうか?」
あなたは次に、飛竜の素材で防具を仕立ててくれる店について尋ねた。
一応それらしいところは見つけたのだが、飛び込みはちょっと失礼だし。
なにより、一般人が飛竜の素材を持ち込んで防具を仕立ててくれるのか分からなかったのだ。
「一般の方の防具の作成自体は問題ありません。お店の方もやってくれるはずですよ。ただ、防具を作るための密漁は重罪ですよ~」
と、釘を刺して来る受付嬢。
別大陸で狩猟した飛竜の素材なので、それを使うから問題ないと一応断っておいた。
「なるほど、でしたら問題ないですね。ただ、別大陸の素材となると、難易度が高いでしょうから腕利きの工房に持ち込んだ方がいいでしょうね」
それまた道理だ。しかし、腕利きの工房はどこにあるのだろう?
「それでしたら、ドラゴニュートのセツおばさんのお店が一番なんですけど……あそこは昔からある店なので、ちょっと奥まったところにあるんですよね……」
聞き覚えのある名前だ。
かつて、ここがまだメンゼルタ特区だった頃から職人をやっている女性だったような……。
店の場所自体は覚えているが、道の方が変わっていて辿り着けそうにはない。
「うーん、困りましたね。ちょっと抜けてと言うわけにはいきませんし……」
と言ったところで、あなたの横に人影が立った。
そちらへと目線をやると、銀色の髪をした女性がそこには立っていた。
優れた体躯と筋肉による体の厚み、そしてその身に宿すただ事ではない武威。
狩人、それも明らかに腕利きだ。そんな女性があなたを見ていた。
「話聞いてたぜ。セツばあの店なら俺が案内したろうか?」
「ハウロさん! すいません、よければお願い出来ますか?」
「ああ、いいぜ。俺はハウロ・G・ヒータってんだ。あんたは?」
あなたは名乗り、別大陸から来たと答える。
ただ、大分昔にこの大陸を旅したことがあるので、それなりに常識は弁えているとも。
「へぇ、別大陸からね。アルトなんちゃらとか、リリなんちゃらとか言う大陸があるのは聞いたことがあるが……」
などと言いながら顎を撫でるハウロ。
別大陸の名前をうっすらとでも把握しているだけのようだ。
まぁ、それでも十分情報通の部類ではあるが。
「ま、俺には縁遠い話だな。行こうぜ、向こうだ」
みんな優しくて親切だ。この大陸の人間は親切で暖かい。
気軽に案内を買って出てくれるし、仕事で応対してくれる嬢も丁寧で優しい。
なんと言うか、季候が穏やかだと、性格も穏やかになるのだろうか?
激烈に寒いエルグランドの民は大体余裕がないし。
激烈に厚いあの大陸の民たるサシャは度を越したサディストだし。
この大陸は温暖なので、ほどよい人格なのかもしれない。
ハウロに案内されて、あなたはやや入り組んだ路地の先にあるセツ婆さんの店に辿り着いた。
向こうはあなたのことは覚えていなかったようだ。残念である。
「ほっ! こりゃあイキのいい素材だね! 見たことない飛竜だよ! 氷と火の相反する属性を同時に使う飛竜とはね!」
「なんとかなりますか?」
「まぁ、任せておきんさい! それで、誰の防具を仕立てるんだい? そうだねぇ……3人分くらいならなんとかなるだろうさ!」
「3人分しか作れないの?」
「そうさ、素材のよさを活かすには、分けられる限界って言うものがあるからね! 人の体に合わせるのに適した形に裁断するとなると、それが限界だねぇ」
よく分からない理屈だが、まぁ、職人が言うからにはそうなのだろう。
あなたはそれでお願いすると言って、誰が防具を使うかを決めることにした。
「私はパスだ。新婚だからな」
「私もだ。心惹かれるものはあるのだが……私ではいずれ無用になる以上、他の者が得るべきだ」
イミテルとレウナが自分で遠慮して来た。
そして、あなたは自前の防具が高性能なので不要。
すると、残るサシャとレインとフィリアの3人になる。
「ほっ! それじゃ、そっちのお嬢ちゃんたちだね! じゃ、採寸から始めるからこっちにおいでな!」
そう誘われて、3人が奥へと引っ込んでいく。
店先で採寸なんかできるわけもないので仕方ないだろう。
「ふーむ……本当に見たことない飛竜だな……別大陸にもこういうのがいるんだなぁ」
そう感慨深げにつぶやくのは、ここまで案内してくれたハウロだ。
別大陸の飛竜が見れるなら見て見たいとのことでまだ残っている。
べつに隠すものでもないので見せたが、思った以上に興味津々だった。
「いやなに、俺はすべての飛竜の祖とも言われる竜を探しててな。新種の飛竜ってのは興味深いのさ」
すべての飛竜の祖?
「神話に語られる神の如き飛竜ってやつでな。あらゆるすべての飛竜は、その飛竜から生まれたという……真実がどうか知らないが、興味深いだろ?」
あなたは頷いた。
モモロウもそんな飛竜の話をしていたような気がする。
すべての祖となると、やはり凄まじく強いのだろうか?
もしも会えたのならば、ぜひとも狩ってみたいものだ。
そのように溢したところで、あなたはなにか視線を感じた。
しかし、その視線が一体どこからきているのか分からない。あなたは首を傾げた。
「ん? どした? 見られてる気がする? おいおい、俺を脅かそうとしたってそうはいかないぞ」
などとハウロには笑われてしまったが、たしかに視線は感じる。
まぁ、あなたはなにせ美人なので、見られるのは慣れている。
さして害意は感じないし、強さも感じないので問題なかろう。
「まーでも、あんたの言うことも分かるな。やっぱ俺も最終目標はそれだ。狩り殺してやんよ」
そうハウロが言ったところで、きょろきょろと周囲を見渡しだした。
どうしたのだろうか?
「あ、いや、なんか視線感じるっつーか……」
あなたは笑って、担ごうとしたってそうはいかないぞと言ってやった。
先ほどあなたが視線を感じるとか言ったので、似たようなことをして来たらしい。
「いやいや、そう言うわけじゃないんだけどな。あ~、まぁ、いっか」
ハウロは頭を掻いてなにやらぼやいた。
もしかしたら本当に視線を感じているのだろうか?
先ほどのあなたのように。なんで?
「さて、じゃあ、俺はそろそろ帰るぜ。じゃーな」
そう言って立ち去ろうとするハウロを呼び止める。
そして、案内してくれたお礼に1杯奢らせてくれないか? と提案した。
「おうおう、タダ酒は大歓迎だぜ。じゃ、1杯ご馳走になろうかな!」
ついでなのでハウロのおすすめの店も教えて欲しい。
あなたはこの町のことはまったく知らないので、飲食店もさっぱりなのだ。
「おう、いいぜ。量が多くてうまい店知ってんだ。狩人御用達のおばちゃんの食堂があるから、そこだな」
複数の案内をしてもらえてありがたい限りだ。
これに報いるために1杯奢るくらいは当然の礼儀だろう。
あなたはそう頷いて、あわよくばそのまま酔わせてお持ち帰りを……なんて画策をしていた。
新婚早々とんでもないクズっぷりだが、それがあなたなのでしょうがなかった……。
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