4話

 ソーラス迷宮の踏破から、およそ1か月。

 あなたとイミテルの結婚式が執り行われていた。


 なんと言うかまぁ、スゴイ権力の力を見たというか。

 あなたをトイネに縛り付けたいというダイア女王の執念が見えたというか。

 普通、貴族の結婚式の準備なんて年単位でやるものなのだが。

 特にドレスの仕立てなんて1か月そこらで終わるものではないのだ。


 そこをダイア女王は金と権力の力で強引に短縮して来た。

 普通、子爵家の結婚にくちばしを突っ込む時点で批判も免れない。

 やたら内情にくちばしを突っ込めば逆鱗に触れることもある。

 小なりとは言え貴族を怒らせることは、王家として手痛いダメージになることもある。


 まぁ、そこは信頼を置く側近の結婚式と言うことで、納得はさせたらしい。

 同時に、あなたがダイア女王に手籠めにされている、と言う認知もある。

 2人ともに女王と親密な間柄なので、そのあたりは辛うじて納得されたらしい。


 主役たるあなたは白いタキシード姿でイミテルと共に披露宴を行っている。

 あなたは一応男性と言う体でイミテルを娶るので、ちゃんと男性装をしている。

 肉体は普通に女のままだが、元々あなたの肉体年齢は15歳前後で、さほど豊満でもない。

 胸を潰し、腰回りに布でも巻いて腰のラインを潰せば、美少年で通らないこともない。


「……なんと言うか、すごい面々だな」


 来賓たちを見回して、イミテルがそう零す。


 トイネ王国が女王ダイアの臨席を賜り、さらには誉れ高き第一戦闘団のお歴々。

 そしてウルディア子爵家の寄親であるセレグロス辺境伯その人。

 トイネ王国は王都アラナマンオスト司教区からザイン神の枢機卿。

 この枢機卿はダイアの戴冠式を執り行った枢機卿で、それを推薦したあなたに義理立てて来てくれたらしい。


 そして、マフルージャ王国からは、ゼオミ辺境伯。

 誰だよ? となるだろうが、このゼオミ辺境伯はザーラン伯爵家の寄親だ。

 そして、セレグロス辺境伯とは国境を面して隣接領でもある。

 ザーラン伯爵家と多少なり縁深く、さらに隣国の辺境伯と言うこともあって一応招待を贈ったら来たのである。


 マフルージャ王国は王都ベランサ司教区からもザイン神の枢機卿が来ている。

 一応マフルージャ王国の民なんだから、こっちからも出さないと……みたいな理屈だろうか?


 そして、バトリー公爵家からは名代が来ている。

 あなたの知人たるレナイア・アルカソニア・イナシル・バトリーだ。

 バトリー家はマフルージャ王国王家たるザルクセン家の流れを汲む名門だ。

 分類で言うと公爵家だが、格で言うと大公家だろうか。

 バトリー家の開祖は副王だったという事情もあるし。


 その他にも冒険者学園時代の友人も片っ端から呼んだ。

 来ていない者の方が多いが、来ている者も多い。全員女なのは余談だ。


 サーン・ランド冒険者学園の学園長も来ているし。

 サーン・ランドの代官であるケンビアエ子爵も来ている。

 踏破記念のパーティーをブッチしたこともあってやや気まずいソーラス侯もいる。


 その他にもあなた関連でかなりの数の人間が来ている。

 あなたのチームメンバーたるEBTGのメンバーは大事な賓客だし。

 仲良しの友人であるハンターズに、冒険者学園で世話になったエルマにセリアン。

 未だに滞在してるコリント、アルトスレアからわざわざ呼んだジルとノーラ。


 エルグランドから誰か呼ぶこともちょっと考えたが……。

 そこ経由であなたの最愛のペットに話が行きそうなので、やめた。

 殴られる覚悟はあるが、好き好んで殴られたくないし、殴られるにしても後に回したいお年頃なのだ……。


 

 あなたとイミテルの姿をお披露目して、各テーブルに豪勢な料理を提供し。

 それらのテーブルを回って祝福を受けていく。


「おめでとう。お幸せにね!」


「百合婚じゃん百合婚。挟まると即死するぜ!」


「その場合即死するのは薔薇から造った百合の造花なおまえだけだぞ、モモ」


「テメーらだって実際は薔薇から造った百合だろうが!」


「おめでとうでござる。イミテル殿、とてもお綺麗でござるな。主殿もカッコいいでござる。抱かれたいでござる」


「新婦の前で新郎を寝取ろうとするな」


「私もお嬢様と結婚したい……!」


「おめでとうございます。末永くお幸せに」


「お幸せに! いいなぁ、私も結婚したーい。ジル君もそろそろいい歳だから結婚考えないとじゃないの?」


「その場合、私は妻を娶るべきなのですか、夫をもらうべきなのですか」


「私に聞かれてもわかんないよぉ……」


「センパイちゃん最高に綺麗ですよ! うっ! ふぅ……!」


「センパイちゃん結婚おめでとう! まさか貴族の奥さん貰うとはね!」


「接してみると明らかに庶民だけど、センパイちゃんって美貌が高貴過ぎるんだよな……」


「わかりみ」


「アイエェ……センパイちゃんの結婚、祝福すべきだけど、実際悲しい……体に気をつけてね、お達者でー!」


「おお、おめでとうございまする、我が師よ! イミテル殿も、おめでとうございまする!」


「ククク……女同士で結婚だと……狂気の沙汰だが、面白い……!」


「我が師の御子なればさぞや強き者になるに違いあるまい……楽しみだ……!」


 口々に祝福を受けるのはうれしい。

 あなたとイミテルの関係が祝福されている。

 全員あなたが食った相手なのはともかく。


 あなたたちは雨のごとく祝福を受け、幸福な未来を願われた。

 それはとても幸せな光景で、素敵な瞬間だった。




 祝福され、ご馳走を食べ、やがて酒が入り……。

 結婚式は混沌の様相を示しだしていた。


「はぁ……こうなるとは思っていた……」


 頭を抱えて溜息を吐くイミテル。

 そんなあなたたちの眼前では、みんながフリースタイルで結婚式を楽しんでいる。


 テーブルと椅子を退かし、毛足の長いふかふかの絨毯に車座になって座って飲んでいる者や。

 腕相撲を始めたり、飲み比べをしたり、ナイフで指の間を指す遊びを高速でやったり。

 もう直球に殴り合いをしている者もいるし、食事用のナイフで殺し合い寸前のことをしている者まで居る。


 賑やかと言うより騒がしい……いや、それを通り越してうるさいほど。

 混迷し始めた披露宴会場に、トイネではアリなのかとあなたは訪ねた。


「……絨毯がおかしいと思わんか」


 それはちょっと思った。

 絨毯を敷くのはまだわかる。

 テーブルとイスの様式でも不思議ではない。


 だが、ふかふかと毛足の長い絨毯なのは変だ。

 心地よくはあるものの、靴越しにそれは足を取られて危ない。

 普通は薄くともしっかりしたものを使うはず……。


「トイネでは元々テーブルと椅子を使う習慣は薄かった。それ以前……つまり、古式のやり方では、毛足の長い絨毯に直接座っていた」


 つまり、車座になって飲んでいる者たちがやっているような感じだろうか。

 すると、一応アリと言えばアリ、と考えていいのだろうか?


「そうだな。テーブルと椅子を用意して現代式にしつつ、足元は古式に則ったということなのだろうな……出席者に年配のエルフが多い都合上、さして不自然ではない配慮だが……」


 そこでまた大きく溜息を吐くイミテル。

 まさかここまで好き勝手するとは思わなかったのだろう。


 マフルージャ側の貴族も「トイネだからしょうがないな」くらいのノリで流しているし。

 冒険者たちは車座になって座るなんて普通のことなので疑問にすら思っていない。

 結婚式でそれをやるのがおかしいとは思わないのだろうか。思わないのだろうな……。


「はぁ……まぁ、トイネの民である以上、こういうのもあるとは思っていた。古式の結婚式も、少し憧れたのだが……マフルージャから賓客が来る以上、この様式が最適だったのだろう」


 やや諦め気味と言うか、苦笑気味のイミテル。

 時代と時代の狭間、そして国境近くに住む者特有の、なんとも言えない狭間に生きる感覚。

 あなたには分かりにくいものだったが、そう言うこともあるのだろう。

 あなたは苦笑して、こう言う結婚式も思い出に残るからアリなんじゃないかな、と慰めを口にした。


「ま、そう言うことにしておくとしよう」


 おたがいに笑って、そう流すことにした。

 まぁ、実際、こんな結婚式早々忘れやしないし……。





「さて、宴もたけなわであるが、そろそろ日も落ちようという頃合いだ。ここはひとつ、トイネ王国女王たる私の話を聞いて欲しい」


「この結婚式の主演であるトイネ救国の英雄たる我らエルフの友と、我が最良の配下であったイミテル・ハーン・ウルディアについてだ」


「我が友のめでたき門出にあたって、王家としても形あるもので報いたいと考えている」


「元より、我が友は些少な報酬で我がトイネ王国の究極の国難に立ち向かってくれた真なる勇士」


「その働きに報い、我が友情の篤さを示すべく、私は爵位と土地で以て祝福をしようと考えた」


「略式であるが、私はここに我が友を子爵位に叙するものとし……また、王領よりアノール子爵領を与えるものとする」


「我がトイネ王国の貴族として範を示すことを願う。祝福を!」


 最後の締めの挨拶に、ダイア女王があなたへと子爵位を与えた。

 そうして会場の興奮と混迷は頂点に達し、乱闘の有様を示しだした。

 これに耐えかねたかのごとく、披露宴会場のドアが解放され、人間がそこへと誘導される。


 会場に隣接していた中庭にはガーデンテーブルが幾つも並べられている。

 そして、そのテーブルの上には、更なるご馳走がうずたかく積まれている。

 中庭の中心では煌々とかがり火が焚かれており、暮れなずむ空に負けないほど赤々と周囲を照らしている。


 人々がそちらへと流れるように出ていく。

 そして、中庭で思い思いにご馳走を食べ、火を囲んで踊りを楽しんでいる。

 なんと言うか貴族らしさがかけらもない、プリミティブな結婚式だ。

 エルフが草原を駆けていた部族だった頃の風習を垣間見るかのようである。


「ふん。ま、粗方は予想通りか。賓客らまであの有様になるとは思わなかったが」


 先ほどまで朗々と声を上げていたダイア女王が半分苦笑、半分呆れ気味でそうぼやく。


「ここは一応、諸国に明媚さで謳われた王都アラナマンオストにして、トイネの宝石たるエゼル・オスト王宮なのだがな……」


 でかでかと溜息を吐くダイア。

 王宮を場末の酒場みたいなノリで使っている連中に思うところがあるのだろう。

 あなたもちょっとどうなのかなとは思うのだが。

 エルフたちが率先してやっているせいで、冒険者連中も「アリなんだ」と羽目を外してしまったところがあるので……。


 まぁ、王宮なんてまず入れないところに入れたという非日常性。

 それが招待客たちのタガを外してしまったというのもあるとは思うが。


「うん、まぁ、気にするな。悲しいことに、トイネでは度々あることだ……」


 度々あるんだ……。


「うむ……姫様の供で参席したことは少なくないが、たしかにこういうノリになることが年に5回くらいはあったな……」


「甘いな、イミテル。おまえたちは成人前だったから知らんのだ。夜会では5回のうち3回はこうなる。僕は成人してからそれを知った」


「おお……なんという……」


 思った以上にひどい有様だ。

 だが、まぁ……これも思い出になると思えば……まぁ……。

 うん、決して悪くないと思う。冒険者としては親しみやすいノリだったし。

 気おくれせずに楽しめていたという点では、参席者に配慮したよい趣向だったのでは?


「……すまん」


「我が鼓動よ、今日の夜は、その、ほら……サービスしてやるからな?」


 頑張って褒めていたら、なんだか憐れまれてしまった。

 自分を騙そうとする悲しい嘘とかではなく、一応本音だったのだが。

 まぁ、イミテルがサービスしてくれるならそれでいいか。




 あなたはトイネ王国の貴族になった。

 そう言う意味で言えば、あなたの本拠はトイネになった……と言うことになる。

 やむを得ないことだが、これからいくつかトイネの貴族としての仕事もこなす必要が出てきた。


 エルグランドでは博物館やら店舗経営、牧場経営など色々やっていた。

 そうした作業の煩雑さ、面倒さから、こちらではそう言う仕事は抱えないようにしていたのだが……。


 まぁ、そう言うこともある……。

 あなたは自分にそう言い聞かせて、やむを得ないことだとした。

 とりあえず……もらったアノール子爵領の女の子は全員味見したいところだ。


 気長にやるとしようではないか。

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