3話

 ギールをねっとりと可愛がる中、トイネでの日々が過ぎていく。

 友人らから魔法の便箋で祝電が届いたり、むしろ当人が訪ねて来てくれたり。

 そんな傍ら、トイネ貴族となる事前の根回しと言うわけでもないが、ホワイトドラゴンの素材を捌く。


 その際には王家を挟み、王家の御用商人を使う。

 まぁ、このくらいはサービスしてやってもいいだろう。

 女犯許可証の後始末をしてくれるトイネ王家には義理がある。

 どこに売っても利益が一緒ならば、トイネ王家を挟んだ方がいいし。


 そして、ドゥレムフィロアの素材も同様に捌く。

 特別に強靱な鱗や皮革の他、各種の強大なエネルギーを秘めた内臓素材。

 それらを捌く中、ドゥレムフィロアの素材を用いての武具も考えたのだが……。


 やはり、完全初見のドラゴンの素材と言うこともあり、難しいようだ。

 失敗してもいいから挑戦して欲しい、とは言っているのだが……。

 やはり失敗は評判に響く。悪評が響いて欲しくないと、誰もが及び腰のようだ。

 この国の職人連中は腰抜け揃いか? とも思うが、まぁ、気持ちはわかるのでそのあたりは飲み込んだ。


 その辺りの話を愚痴混じりにレインに相談したところ、苦笑された。

 レインも職人側の気持ちが分かるらしく、擁護気味のスタンスのようだ。


「まぁ、仕方ないことよね……王家挟んでるのよ。最悪は不敬罪だもの」


 なるほど、そこもあった。

 王家の権威が紙ペラ以下のエルグランドとはその辺りが違う。

 他大陸出身の冒険者に「王様を殺してみたかった」と言うだけの理由で殺される王に権威などない。

 あなたの祖国でもあるセリマン国だが、王家の権威はそんなものだ。

 国王に権威なんかありませぇぇぇぇん! と往来で叫んでも同意されること請け合いだ。

 王に言ったらさすがに「なんだとぉ……」とキレられるとは思うが、実際にないんだからしょうがない。


「ちなみに作るなら、何を作るの?」


 作るならやはり、鎧だろうか。

 武器を生物素材で作るのはあんまり推奨しない。

 鎧は強靱なら軽さは利点だが、剣の軽さは難点になりがちである。

 そして、生物素材と言うのは金属素材よりも概ね軽いのだ。


「ああ、そう言うことなのね。武器と言うのは重さと鋭さが必要だからと」


 魔法使いとは言え、そのあたりはレインも多少は弁えている。

 十全に使いこなせるのはダガーやクラブと言った簡単な武器くらいだが。

 それでもロングソードの扱いの基本くらいは分かっている。


「ふーん。ドラゴンスケイルのローブなんかあったら私も欲しいけれど……職人が集まらないんじゃ、どうにもならないわよね」


 一応、手立てがなくはない。


「と言うと?」


 ボルボレスアス。

 あの大陸は、飛竜素材で武具を作るのが基本である。

 高性能な鉱石ももちろん使うが、それはあくまでも補助。

 さらに高性能な飛竜素材の不足を補うような用途が大半である。


 あの大陸ならば、初見のドゥレムフィロア素材もうまいことやってくれるのではないだろうか?

 と言うより、あの大陸でなんとかならなければ、なんとかできる者などいないだろう。


「ふーん……じゃあ、ボルボレスアス行きましょうか」


 え?

 あなたはレインの思わぬ乗り気さに驚く。

 いったいどうしたのかと訝ると、レインが大きく溜息を吐いた。

 そして、『ポケット』から何十枚もの冊子を取り出した。


「来るのよ……見合いの釣り書きが……」


 うんざりし切った顔でレインが言う。

 なるほど、レインの方には未だに結婚の申し込みがドカドカ舞い込んでいるらしい。

 まぁ、現在進行形で貴族なので、その辺りのルートもあるのだろう。

 しかし、トイネの子爵家にまで釣り書きを送り込むとは、マフルージャには気合の入った連中もいたものだ。


「違うわよ。これはトイネ貴族からの申し込み……あなたに近くて、ちゃんとした歴史ある貴族家の出身だから……見合いをした、と言うだけの顔つなぎでも、後々役立つことがあるの。ダメ元で私に送って来てるのよ」


 うわぁ、超めんどくさい。

 あなたは思わず呻く。


「この鬱陶しい釣り書きから逃れるには別大陸に行くのが確実よ。同じ大陸だと、なんだかんだ密偵をあちこちに置いてる家もあるし……」


 やってることが国外逃亡犯みたいだが、まぁいい。

 たしかにそれなら逃げられそうなのはたしかだし。


「で、ボルボレスアスでの用事が終わったら、そのまま放浪の旅に出ると言うのはどうかしら?」


 なるほど、悪くない。

 別大陸経由で一度消息を途絶えさせれば、そう簡単に足跡は追えない。

 ボルボレスアスから帰還した後は、どこを探索しようか?

 マフルージャの迷宮を探索してみてもいいが、べつの国にまで足を延ばしてみてもいい。

 トイネの北方には、ランネイなる国があると言うし、見て見たいところだ。


「ああ、絹織物で有名な国ね。さして見どころがあるわけでもないけど、行ってみるのもいいわね」


 それ以外にも国はいくらでもあるわけだし。

 ボルボレスアスから、アルトスレアに足を延ばしてみてもいい。

 話によると、星屑戦争の爪痕は未だ深く残っているとのことで旅行には向かないご時世のようだが……。


「まぁ、ボルボレスアスで用事を済ませたら、そのままボルボレスアスを旅行してみてもいいわけだし……」


 それもそうだ。以前、あなたは南部地方の方を旅した。

 しかし、それ以外の地方にだって珍しいものや美しいものがあるはず。

 モモロウたちの出身地だという東部地方を旅してみるのもいいだろう。


 なんだか話しているうちに、あなたも乗り気になって来た。

 この大陸でやらなければいけない用事を済ませたら、ボルボレスアスだ。

 なるほど、俄然楽しみになって来た。




 あなたは以前にも増して精力的に結婚式についての準備を進めた。

 方々の伝手を辿って結婚式の招待状を送り、王宮側と交渉を進め。

 女王ダイアと交渉し、渋々帰国後にいくつかの式典への出席を確約させられ。

 その代わりとして、女王ダイアの力で国内の貴族に牽制してもらうことを確約してもらった。


 今はボルボレスアスに逃げることでなんとかなるだろうが。

 後々にはトイネで過ごさなくてはいけない日も来るだろう。

 その時に備えて準備をしておくのは必要なことだった。


「うん、有意義な交渉が出来たな。僕もお前も得をする、実に善い交渉だった」


 あなたの得はあんまりないのだが。

 たしかに後々の面倒ごとは多少避けられるが。

 式典に出席しなくてはいけないのはすごくめんどうだ。


「ふん、そうか。では、これから貴族に牽制するために、いくつか手を打つ」


 よろしく頼む。あなたはそう答えて、立ち上がった。

 さっさと帰って、この交渉の気疲れをギールを可愛がって癒そう……。


「待て。座れ」


 呼び止められた。

 あなたは渋々座って、何かと尋ねる。


「手を打つのにはお前も必要だ。今日は王宮に泊まっていけ」


 めんどい、パス。

 あなたはそう答えた。

 交渉は疲れる。早く休みたい。


「ほう、そうか」


 そう言うわけだ。なので諦めて欲しい。

 そう言って立ち上がったところで、突然ダイア女王が服の胸元を広げた。

 あなたは身を乗り出してそれを覗き込む!


「王宮は王宮でも、僕の寝室に泊まって行けと言う話なのだがな……まぁ、おまえが否と言うならば、仕方あるまい」


 あなたは慌ててダイア女王に縋る。

 そう言う意味だったなんて露とも知らず!

 そう言う意味ならばぜひとも泊まって行きたい!

 いや、むしろぜひとも泊めていただきたい!


「よろしい。お互いに楽しもうではないか。以前に女は抱いたが、いまのコレで愉しむというのは初なのでな。手ほどきを頼むぞ」


 もちろん手取り足取り腰取りで教えようではないか。

 まさか、ダイア女王からそんな情熱的なお誘いが来るなんて……。


「まぁ、これも牽制の一環だ。宮廷雀どもは噂話が好きだからな。僕とお前が、懇ろな関係であるというだけで、僕の勘気を買わぬよう自粛する者もいる」


 あ、そう言う。あなたはちょっとがっかりした。


「何をがっかりしている? 僕が愉しみたい気持ちも無論あるぞ? おまえほど美しい女はそう居ない……」


 ダイアがあなたの髪をそっと手に乗せるように慈しむ。

 その仕草に、クローナ王子だった頃は割と女遊びをしていたことが分かる。

 そう言うのもなかなか悪くないとあなたは笑う。


 本物のダイアも美味しくいただいたが、偽物のダイアもおいしく頂かせてもらおう。

 このトイネ王国で最も高貴な女性と懇ろになれるのは最高に気分がいい。


「では、行くとしよう」


 あなたはダイア女王に促され、談話室を出て寝室に向かう。

 その途中で何人もメイドとすれ違うし、寝室前には護衛の兵士もいる。

 彼らにも聞こえるくらい激しいことをしていいのだろうか?

 懇ろな関係であることを見せつけるなら、そうすべきなのだろう。


 これは実に楽しみだ。

 ある種の公開プレイと言うやつだ。

 まったく、まさかこんなお愉しみがあるとは……。

 王宮と言うのも侮れないものだ。




 結婚式を前にエルフの女王と浮気えっちして脳をトロトロにしたり。

 雇っている使用人の夫を雌にして自分を好きになるよう可愛がったり。

 大変に爛れた日々を送りながら、あなたは自分の領地となる予定の土地を見に来た。


 土地全体の素性を見渡した後、現在は代官が使用している屋敷に入る。

 正式に領地を下賜された暁には、この屋敷に住むことになるだろう。

 一応、発表自体は結婚式の際にするらしいのだが。


「元王領なだけあって、荒れてはいないな。穀倉地帯を含む上、小なりとは言え岩塩鉱山のある土地だ。信じられんほどの優良地だな。規模的には子爵領相当でも、実態はそれどころではないな」


 同行しているイミテルが地図を手にそのように評する。

 正直あなたにはさしたる価値も感じられないが、ダイア女王の誠意の現れなのだろう。

 まぁ、こんだけのもんを出した以上は働けと、そう言うメッセージかもだが。

 トイネ貴族としての務めは果たすつもりだが、あまり求めないで欲しい……。


「食うに困らず、確実な収入も見込める。これほど見込んでいただけるとは、やはり陛下の見識は確か……いや、あなたがそれだけ優れているという証だな、我が鼓動よ」


 2人きりだから、イミテルの態度はいつもよりも少し柔らかい。

 あなたのことを、優しく「あなた」と呼ぶのは人目がない時だけだ。

 周辺に人目がある時は、どうしても貴族的振る舞いとして立場を意識をしてしまうらしい。

 あなたはトイネ救国の英雄であっても、現状の身分は自由民なのだからしょうがない。


「私があなたの子を産んだら、ここで育てていくのだ。きっと、元気に育ってくれるはずだ」


 随分と気の早い話である。

 だが、それは確かな幸せのかたちだ。

 男の子と女の子が1人ずつ欲しいなとあなたは返事を返す。


「ふふ、欲のないことだ。私は2人ずつ欲しいくらいだ。あなた似になるだろうか、私似になるだろうか……男の子は母に似るというから、息子ならば私に似るのだろうか?」


 サシャもその典型だが、レインはあからさまにポーリンそっくりだ。

 女の子であっても母親に似ることはあるので、イミテルのような美人に育つ娘になるかも。


「それならばあなたに似た方が可愛らしかろうに」


 イミテルだってとても可愛らしい。

 家にあった肖像画のイミテルは本当に愛らしかった。


「そ、それは言うなと言ったろう……」


 少し伸びて、肩にかかる長さになった髪をいじりながら、イミテルが言う。

 肖像画のイミテルは長い髪が本当に美しかった。

 いつかまた髪が伸びたら、その時はもっと美しいだろう。


「そう、思ってくれるか? ふふ……ならば、手入れに手は抜けんな……」


 その時にはあなたも手伝おうではないか。

 そう言いながら、あなたはイミテルの髪を優しく撫でる。

 そして、あなたはイミテルの耳元で囁く。

 そろそろ、イイコトをしない? と。


 屋敷は広く、多少派手に声を出しても聞こえたりはしない。

 徒歩で移動して来たので、数日ほど禁欲中なのだ。イイコトがしたい。


「まったく、仕方のないやつだ。あなたが満足するまで付き合ってやるぞ」


 そう言ってキスをしてくれるイミテル。最高!


「ふふ……しかし、ただ愛し合うのは、これが最後なのかもしれないな……」


 突然不穏なことを言うイミテルにあなたは目を白黒させる。

 それは、一体どういう意味なのだろうか?

 もしや、これからは義務的なことしかしてくれないとか……?


 そう言うのは娼館だとある意味で最高にエロいのだが。

 こうして友誼を深めた後にされると死ぬほどつらくて悲しいのでやめて欲しい……。


「ばか、そうではない。身を固めた以上は、子を成さねばならないのだから……子を成すために、し続けなくてはなるまい?」


 そんなことは大した問題ではない。

 子作りいちゃらぶえっち、大好きだね。

 子を成す、愛し合う、その2つを同時に満たす程度は容易いことだ。


「まったく、頼もしいことを言う……あなたとならば、たくさんの子宝に恵まれるに違いないな」


 まぁ、実際のところ。

 やろうと思えば、あなたは百発百中である。

 なので、イミテルの願い通り、子宝は恵まれ放題だ。

 エルグランドの民とはそう言うものである。


「そんなところまで理不尽なのか……しかし、そうなのか……子宝……」


 イミテルが自分の腹を優しく撫でる。


「…………我が鼓動よ」


 何が言いたいかはなんとなく分かった。


「情けを、くれるか? 分かっている……ここで私が孕めば、冒険には出れない……迷惑をかけることになる……それでも……」


 迷惑などではない。

 子を成すこと、それ以上に大事なことがあろうか。

 代わりの仲間なんて手立てを問わずに集めればなんとかなる。

 だが、イミテルと、その子の代わりなどどこにもいない。


「……どうして、あなたは私の欲しい言葉ばかりくれるのだ? 我が鼓動よ……私はもう、あなた無しでは生きていけないのだぞ……?」


 そう言いながら、イミテルがあなたへと深い口づけを贈って来た。

 あなたはそれに応えながら、優しくベッドにイミテルを押し倒す。

 その頬を優しく撫でながら、あなたはイミテルに囁く。


 これから子作りいちゃらぶえっち、しようね?


 そんな、どこか幼稚な響きでありながら、淫靡な内容の言葉。

 それを受けて、イミテルは頬を染めたかと思うと、手を伸ばして来た。

 あなたの背へと回った手が、ひどく熱いように思えた。


「我が鼓動よ。あなたと共に在った証を……あなたの生きた証を、私に授けてくれ……」


 長い交際の末、遂にあなたとイミテルは固い絆で結ばれた。

 今はまだ婚儀は遠く、だが、たしかな夫婦の証として、あなたとイミテルは体を重ね合わせた。

 その肉体と魂を、そして、その身に流れる遺伝子を重ね、混ぜ合わせた。


 イミテルとあなたは熱い一夜を共にした……。

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