7話
死ぬほどピザを食った翌日のこと。
あなたたちはセツばあの工房近くに宿を取って滞在していた。
採寸や測定、そして細かな注文の聞き取りなどに当人が必要と言うのだからしょうがない。
高級な防具と言うのは元よりそう言うものだ。
オーダーメイドで体に合わせて作るのが基本。
ここは気長に構えて、ゆっくりと防具を作るべきだ。
職人を急かしたっていいことなどないのだから。
そして、採寸や注文出しの要らないあなたとイミテルとレウナ。
その3人は基本的に暇を持て余しまくっていた。
宿でイチャイチャしたり、まったりしたり、町に出て色々散策してみたり。
迂闊に食い物屋に入ると死ぬが、それ以外は割と気楽に過ごせる。
荒くれの多い町ではあるが、治安はそう悪くない。
狩人と言うのは催眠暗示で一般人に危害を加えられないようにできている。
狩人同士なら割と殴り合えるので、そちらで散々やり合っている。
まぁそもそも、よほど凄腕でない限りはあなたたちは普通に殴り倒せるし。
それこそ、特級狩人クラスの戦闘力でないと、あなたたちをどうこうするのは難しい。
そう言うわけで、あなたたちは比較的気楽にこの大陸を楽しんでいた。
「こうやって、こういう感じか?」
「なんだかもうよくわからない、私には向いていないらしい」
あなたたちは穏やかで温かい空気の中、編み物になど勤しんでいた。
エルグランドの北方地域で着られているフィッシャーマンセーターの編み方を教えているのだ。
未脱脂羊毛を使う上、目をきつく編むので、割とコツがいるのだ。
一番のポイントはハイパワーな編み方をすること、つまり腕力なのだが。
2人とも腕力があるのでイケるだろうと思ったが案外そうでもなかった。
イミテルはおっかなりびっくりながらそれなりにやれているのだが。
レウナは全然ダメらしい。目がぐちゃぐちゃで、アバンギャルドなオブジェになって来ている。
溜息を吐きながらヘビの轢殺体みたいなオブジェを解いて毛糸玉に戻している。
「それに私は編み物が、なんと言うか、ダメなんだ」
「編み物がダメとは限定的な話だな」
「編み物と言うのは、冬支度の準備なのだ」
「そうらしいな」
イミテルはあまり実感がないような返事をする。
まぁ、冬でも気温20度前後がザラな大陸出身なのだ。
夜の野外でもなければ、毛糸で編んだ服など不要だろう。
「冬はよくない。人心が最も乱れ、影が落ちる。私も冬は嫌いだ」
「そう言うものか。別大陸のことがよく分からないので、何とも言い難いのだが」
「冬には老人と子供がバタバタと死ぬ。老人は冬の寒さに耐え切れず、子供は口減らしに捨てられて耐えられず……親を見殺しにした罪、我が子を捨てた罪……そんなものに苛まれて、人心にも闇が這い寄る……冬とはそう言うものだ」
「思った以上に暗いな……」
「運よく生き延びた子供も、心に闇を抱えて生きることになる。そう言うものだ」
「ふむ……?」
寒さ厳しい大陸とはそう言うものだ。
エルグランドも冬には人がバタバタと死ぬ。
夏でもバタバタ死んでんじゃねえかと言われたら反論のしようもないが。
夏よりもずっとカジュアルに人が死ぬので間違いではない。
少なくとも、あなたは冬よりも夏の方がずっと好きだ。
裕福な家庭に生まれたあなたですらそう思うのだから。
中流層ならばもっと、そして貧困層ならば尚更に……。
レウナの言葉は、そんな実感に満ちていた。
「そう言うわけだから、冬っぽいことではなく、夏らしいことをしようではないか」
夏らしいこととは?
あなた的に夏らしいことと言えば、バーベキューだ。
野外で肉を焼いて、豪快に喰らう。そんな感じ。
晴れ間が見えたら大急ぎでバーベキューに取り掛かる。
エルグランドにおける基本的な人間の習性である。
「それも悪くないな。だが、それよりも夏らしいこと……水泳だ。やはり、夏は冷たい水に浸かって泳ぐ……これこそが最強だ」
なるほど、道理だ。では、水遊びに行こうではないか。
とは言え、レウナとイミテルの分の水着など用意していない。
あなたの分の水着はあるが、恥ずかしいのであんまり着たくないし。
どうしてあんなに大胆なファッションが一般的なのか……。
そう言うわけで、水遊びは水遊びでも、水辺で遊ぶだけと言うことで……。
「ああ、まぁ、そうだな。迂闊に泳ぐのも危険なことが多いしな」
「そもそも私は泳ぎ方など知らないので、それ以外に選択肢はない」
同委は得られたので、あなたたちは水場へと繰り出していくことにした。
人間たちの共同体が存在する以上、規模の大きな水場は当然存在する。
さしたる危険もないのはほぼ確実なので、安心して遊べるわけだ。
夏が終わるには、まだまだ早かった。
あなたとイミテルとレウナがぼつぼつ時間を潰し。
サシャにレインにフィリアは防具作成のためにあれこれ時間を取られている。
何度も採寸されて、細かく手直しを入れ、他の装備品との兼ね合いを見て……。
極上の着心地を得るために行われる繊細な微調整は果てがない。
とは言え、それでもいつかは終わりが見えるもの。
1週間が経とうという頃、防具の完成が間近に迫っている。
そんな日の夜、あなたたちは例によって例のごとく食堂へと繰り出していた。
ハウロの教えてくれた食事処は安くて旨い。
値段はさして重要ではないのだが、旨いというのは重要だ。
やはり食べるなら美味しいものの方がいい。
そんな理屈で、あなたたちは連日食堂を利用していた。
「おみそれしました、おゆるしください」
「分かりゃいいんだ、分かりゃ」
食堂にごはんを食べに来たところ、先客にハウロがいた。
ここ数日ほど依頼に出ていていなかったのだが、帰って来ていたらしい。
そして、その対面には顔が倍以上に腫れ上がり、服もズタボロの黒衣の男がいた。
いったいなにがあったのだろう……?
「まさか、史上最速で特級狩人になったなどと露とも知らず、ご無礼のほどをお許しください……」
「まぁ、いいさ。なかなか貴重な経験になった。やっぱいるんだな……始まりの竜ってやつはよ」
「はい、それはもう。ですが、始まりの竜に侍るのは、黒龍のみではない……そのことを
「ああ、知ってるさ」
「それでは失礼いたします……」
「体に気をつけてな」
「ありがとうございます」
ボコボコの黒衣の男が立ち去っていく。
いったいどうしたのだろうか?
あなたはハウロの陣取っている席の近くに席を取って声をかけた。
「お、よう。まだ防具は仕上がってねぇの? 大変だな」
あなたは頷いて、ウェイターに注文してハウロにビールを奢った。
「悪いね。いやぁ、なかなか厳つい仕事が終わったから、酒がうまくてうまくて」
「狩人の仕事って興味あるわね。どんな仕事だったの?」
「おうよ。伝説の黒龍、オ・ルの狩猟……そのために出向いてたんだ」
なるほど、たしかに厳つい。伝説を冠する以上、生半な存在ではないのだろう。
その依頼主の黒衣の男が、ハウロの実力に御見それしましたと謝罪するのも分かる。
……しかし、なぜ依頼主の黒衣の男はズタボロだったのだろうか?
「え? さぁ……? それは俺に聞かれても……」
それもそうだ。
「伝説の黒龍……そんなのが存在するのね」
「ああ、まぁ、実際のところそんな強くなかったけどな」
「伝説の扱い……」
レインが呆れているが、まぁ、伝説など時としてそんなもの。
伝説に相応しいだけの格を持つことは、実のところそうないことだ。
「まぁ、伝説の黒龍なんざ言っても、所詮は生物よ。その亜種だって言う、真紅の龍とか言うのも大したことねぇだろうさ」
そうハウロが言ったところ、食堂の扉が勢いよく開かれた。
そして、重々しい足取りで、真紅の装束を纏った男が食堂に入って来た。
なんだろう、黒衣の男といい、真紅の装束の男といい、色を統一した装いが流行っているのだろうか?
あなたはボルボレスアスの最新ファッション事情には詳しくなかった。
「思い上がった狩人よ。おまえに相応しい依頼を与えようではないか」
「あ? なんだおまえ?」
「ククク、案ずるな。この世界の広さ、そして天の頂……それはおまえを飽きさせることはない」
「酔ってんのか?」
「ククク……楽しみにしているがよい、ハウロ・G・ヒータよ。尊き御方が、おまえの奮戦を笑覧遊ばされることを名誉に思うがよい……」
「コイツイカれてんぜ」
一方的にまくし立てる紅衣の男。それに不遜な態度を取るハウロ。
まぁ、変なことを一方的にまくし立てられたらそうもなるというか。
忍び笑いを漏らしながら立ち去っていく紅衣の男。
注文くらいしていけとはハウロも言わなかった。
「なんだったんだ? チッ、酒がまずくなる……ウェイター! ビールジャンジャン持ってこい!」
「かしこまりだワン!」
とことん飲むつもりらしい。
ならば付き合うかと、あなたも酒の注文をする。
ハウロが酔い潰れたらお持ち帰りしたいところだ……。
たぶん、無理だが。酒の強さも超人的なのだ。
防具の最終調整を経て、防具がサシャたちの手へと渡った。
その防具の慣らしとして、あなたたちは数日ほどの時間を取った。
入念に調整を重ねても、やはり作り立ての防具と言うのは、堅い。
材質として、硬度として硬いのではない。
その防具を肌感に馴染ませるのには、着用しての経験が必要なのだ。
そのあたりをおろそかにすると、案外と痛い目を見たりする。
そう言うわけで大事を取って数日の訓練期間を取った。
ドゥレムフィロアの
その2つを繊細に用い、種々の希少鉱石で繋いだ防具は堅牢でありながら柔軟。
そこにレインが慣らしをしながら付呪をして強化を施す。
こうして、類稀な強度を持った防具が見事に完成した。
これでいよいよ明日にはボルボレスアスの東部地方へ出発だ。
何度か竜車を乗り継いでのゆっくりとした旅行になる。
冒険ではなく旅行なので、仕事も受けずにひたすら移動するのだ。
退屈かもしれないが、時にはそう言うのんびりした旅行もいい。
最後に食堂の料理を食べ収めするべく、あなたたちは夜に食堂へと出向いた。
「ナマ言ってすいませんでした、お許しください」
「あんま調子くれてっと、挽き肉にしちまうよ」
床に跪いて許しを乞うのは、ボコボコに顔の腫れあがった紅衣の男。
そして、そのボコボコの紅衣の男を見下してるのは、ハウロだった。
「まさか、伝説に謳われた黒龍、オ・ルを1時間足らずで一方的に殴り倒したなどとは知りもせず……」
「へっ、紅龍ギ・ロとやらも、色違いなだけだったな。所詮そんなもんだ」
「ですが、始まりの龍、真龍ル・ロは黒龍と紅龍、その2つを合わせたとて上回るほどの存在……」
「関係ねぇよ」
「……期待しております。では……」
「ああ。なんかよく分かんねぇけど、養生しろよ」
立ち去っていく紅衣の男。
それを見送って、あなたたちはハウロの対面に座った。
「ん、よう。防具出来たんだな、おめでとう。いい色じゃねえか。性能もよさそうだな」
「ありがとうございます。この大陸の職人の方たちは凄腕なんですね。私たちの大陸ではお目にかかれないほどの技術でした」
「ま、年がら年中飛竜と戦ってる大陸だからな。そのための武具は発展するもんさ」
「なるほど……ザイン様がお喜びになられそうな大陸ですね。ハウロさんもよろしければ、ザイン様の教義などお聞きになりませんか?」
「あ、あー、いや、そう言うのは、ちょっと……」
「そうですか?」
苦笑い気味のハウロ。この大陸は神の息吹が極めて薄い。
そのため、宗教の勧誘とは大半が胡散臭いものだ。
フィリアへの態度も、特段に珍しいものではなかった。
「それにほら、その……俺はしいて言えば、真龍信仰だから……真龍ル・ロがすべての飛竜を生み出したって言うやつ……」
「そんな神話もあるんですね。興味深いです」
「飛竜の創造主たるル・ロは、人間を虐げるために在るというから、いずれ倒さにゃならんのかもな。カハハ、まぁ、そんなお題目関係なしにブチのめすつもりだけどな!」
などとハウロが大言壮語をした時、食堂の入り口から一党が入って来た。
顔の腫れがやや引いた黒衣の男と、さっきと変わらずボコボコの紅衣の男。
そして、その2人を従えるのは、純白の装束を纏った少女だった。めっちゃ可愛い。
「うふふ……あなたが2体の始祖龍を倒した狩人?」
「ああ、まぁ、そうだが。あんたは?」
「ある場所まで一緒に来て欲しいの……素敵なところよ?」
「……ナンパ?」
「白い光が舞い、赤い雷が轟くところへ……退屈はさせないわ」
「なんかよく分からんが、ナンパならもうちょっと魅力的なお誘いをな……」
「依頼は協会に出しておくわ。ふふ、ぜひ来てちょうだいね?」
「ああ、依頼ならまぁ……」
なんだか先日から妙な連中に絡まれ過ぎでは?
2人の男を引き連れて去っていく少女を見送りながら、あなたはハウロに対してそう思った。
って言うか、言った。なんか変なの引き寄せ過ぎでは? と。
「言うな……なんか変だなとは俺も思ってる」
この調子だと、たぶん行った先にはル・ロとやらが居るのだろう。
そして、あの白い少女がボコボコになって出て来て謝罪するのだと思われる。
「俺もそんな気がしてる」
すると、なんとなくそうじゃないかとは思っていたが。
あの3人、おそらくはオ・ル、ギ・ロ、ル・ロと言った始祖龍とやらなのだろう。
ボルボレスアスの飛竜が魔法を使うとは聞いたことがないが、魔法的な素養は持っている。
飛竜が魔法を使えたならば、その力量はかなりのものだろう。
人間に変身する程度の魔法、容易く使いこなすに違いない。
「魔法すげ~……擬人化かぁ……擬人化するなら、3人とも美少女がよかったな~……」
そんな欲望を漏らすハウロ。
あなたも全く同感だった。
しかし、ル・ロ……モモロウが言及していた飛竜。
もしやもすれば、モモロウたちのループの原因。
話を聞く機会があるとすれば、待つべきだろうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます