8話

「調子に乗って申し訳ありませんでした……お許しください……」


 あなたたちとハウロの前で、白い少女が謝罪していた。

 やっぱりと言うか、なんというか、少女はボコボコだった。

 ハウロに胸倉を掴まれて持ち上げられているので、なかなか悲惨な姿で憐憫の情が湧いてしまう……。




 先日の白い少女の来訪の後、ハウロの下に指名の依頼が届いた。

 そんな気はしてた依頼を請け、ハウロは最も偉大なる激戦に出向いた。

 そして、特に重傷を負ったりとかはなく、普通に余裕の勝利を遂げて帰って来た。

 そこはもうちょっと激戦アピールしても許されるのではとちょっとだけ思った。


 さておき、ル・ロだと思われる少女に話を聞けるチャンスがある。

 そんな機会、好奇心旺盛なあなたが無視するわけもなく。

 あなたはメンバーを説き伏せて、ハウロの帰りを待つことにした。

 そうして、その目論見は見事的中。ハウロの依頼完遂後、あなたたちの前に白い少女が現れたのだった。


「前までは突っ込まないで置いてやったが、今この時だからこそ突っ込むぞ。てめー、ル・ロだな?」


「はい……」


「残念だったな。俺は不退の構えで挑んでんだよ。てめーらも怠慢こいてねぇで、もっと努力すべきだったな」


「ど、努力?」


「そうだ。もっと努力して、更なる進化をしてりゃあな。辿るべきは異常な進化、種そのものを躍進させるような……そんな成長をしてたら、俺も倒せたかもな」


「そんな、私たちは産まれた時点で完成してる種なのに……」


「ゴチャゴチャうるせー!」


「ギャアアアアァ――ッ!」


 ブン! と勢いよくぶら下げていた剣を抜き放つハウロ。

 円錐状の独特な形状の剣で、火と雷の強烈なエネルギーを宿しているのが分かる。

 たぶんその剣で散々ぶちのめされてボコボコになったろうル・ロが悲鳴を上げて避ける。


 見た目が人間で、あなたの推察する限り内部的にも人間だが。

 やはり、元が飛竜であるから、その身体能力は高度なのだろう。

 ハウロの恐ろしく鋭い剣戟を見てから躱すほどの能力はハンパなものではなかった。


「で、だ……そうなんじゃねーかとは思ってるが、おまえは俺のことは知らんのだな?」


「え? ええと、史上最年少にして史上最速で特級狩人になったということはもちろん知っているけれど……」


「そこじゃない」


「ええと……訓練所を僅か1か月と言う特例で卒業した唯一の例外ってところかしら?」


「そこでもない」


「ごめんなさい、わからないわ」


「そうか……」


 ハウロが深々と溜息を吐いた。

 そして、胸倉を掴んでいたル・ロを放り捨てた。


「聞きたいことは済んだ。帰れ」


「え、ええ?」


「ああ、マジで討伐して欲しいならこの場でブチ殺すけど?」


「帰ります」


 あなたはそこでル・ロを呼び止めた。


「あなたも確か、私を討伐するとか言っていた……」


 せっかくなら討伐して素材を採取したいが、あなたはハウロから勝利を奪うつもりはない。

 なので、ル・ロのことはとりあえず見逃すつもりでいる。


「…………」


 ル・ロはなんとも言えない複雑な表情であなたのことを見ていた。

 ボルボレスアスの飛竜は、知性はともかく、知能は非常に高い。

 そのため、力量を推し量るような能力は当然持ち合わせている。

 加えて、ル・ロは明らかに魔法的感覚による超常知覚能力も持っている。

 そんな彼女から見て、あなたの身体スペックがハウロを超えていることが分かるだろう。


 大言壮語する調子こいた人間とは思えるが。

 自分を一方的にボコったハウロより身体能力が上の超人。

 挙句、ル・ロに物怖じしないどころか欲情している変態。

 そんな相手にどう反応したらいいか分からないのだと思われた。


「なにか用かしら」


 とりあえず無難な対応に終始するル・ロに、あなたは質問を投げかける。

 つまり、時を巻き戻したりするような手法などに心当たりはあるかと。


「時を巻き戻す秘儀……あなたたち人間が『時間』と言うものをどう考えているかは分からないけれど……時と言うものは、認識による定義でしかないのよ」


「なんだそりゃ、分かったような分からんようなこと言うなよ」


「あなたたちが『時間』が過ぎた、あるいは巻き戻った、止まったと考える時、何を基準に考えるの? それは周辺の変化ではなくて?」


「ああ、まぁ……そうかな?」


「万物の流転がそれを示しているだけで、時と言うものの絶対的な変遷は認知し得ないわ。認知し得ないものを存在すると断言するのも、その逆も、ひどく乱暴な話よ」


「うん……うん? ああ……まぁ、うん……?」


「物理法則は自然法則の近似と演繹えんえき的に導出したもの。それに誤謬ごびゅうが発生することは十分にあり得るということは分かるわね?」


「えん……ごびゅ……ん? んん……?」


「だから、少なくとも私の認識の範囲内で『時間』と言うものは存在すると言えない。同時に、それに干渉する方法も、ちょっとわかりかねるわね」


 なるほど、よく分からん。

 高位のドラゴンの知能は人間を遥かに凌駕するが。

 ボルボレスアスの飛竜もそれは同じことらしい。


 しかし、言われてみると時を巻き戻すとはどういうことなのだろう?

 もっと言ってしまえば、時間とはどういうものなのかをよく考えたことがなかった。

 日が昇り、それが沈むことをあなたは時の経過であると認識していた。

 だが、そうだとすれば、翌日は存在せず、昨日も存在しないと言うことにもなる。

 翌日になればまた日が昇り、日が沈む。では昨日と今日に区別がないことになってしまう。


 明日とは今になるのであり、過去と未来は存在しない。

 過去が存在しない以上、そこに辿り着くことはできない。

 あるのはひたすらに目の前に広がる現在、それだけ……。


 酷く刹那的な人間の認知能力の限界と言うべきだろうか。

 しかし、ル・ロがそう言う以上、おそらくル・ロですら刹那的に世界を捉えている。

 なるほど、それでは『時間』が存在しないとしか言えないというのも分かる……。

 あなたは酷く哲学的なような、同時に科学的なような命題に首を捻った。


 まぁ、少なくともエルグランドには時を止める手法は存在するし。

 アルトスレアのジルは意図的にかつ複数回も時を巻き戻したりしていたので。

 少なくとも巻き戻す手法はあるが……ル・ロは知らないのだろう。


「満足いただけたかしら?」


 まぁ、一応は。

 少なくとも、ル・ロがモモロウらを認識していないことは分かった。

 知った上であなたを煙に巻いている可能性もなくはないが……。


「そう。他に用事はあるかしら」


 あなたは1つあると答えた。

 つまり、君可愛いね、気持ちいいことしない? である。


「…………」


 ル・ロのグーがあなたの顔面に炸裂した。

 恐ろしく痛い。人間の膂力を遥かに超越している。

 が、あなたも人間の耐久力を遥かに超越している。

 あなたは頬を抑えて痛いよぉと呻いた。


「割と本気で殴ったんだけど……」


「ナンパにしても、もうちょっとやり方あるだろ……ヤリ目100パー丸出しはどうなんだよ」


 まぁ、ダメ元と言うか、雑にナンパしたのは認める。

 大抵の場合、人間に変身している種族にナンパはあまり成功しない。

 元から人型種族であるか、人間と文化的交流がある種族だと違うが。


 人間の文化を利用するために紛れ込もうと変身する種族はまず無理だ。

 やはり、根源的に種族が違うので、その辺りはしょうがない。

 あなただってドラゴンそのものに欲情はできないのだし。


 逆に人間と文化が違い過ぎて、そんなことしたいの? べつにいいけど。になるパターンもあるのでそちらに賭けたのだが……。


「生憎だけれど、私は『視て』いるわ。理解はしていないけれど、ってはいる……そもそも、私はメスと言うわけではないのよ」


「じゃあこれなんだよ?」


「胸をつつかないでちょうだい。姿の理由なんて忘れたわ。ただこれがしっくりと来るだけ」


 まぁ、あなたは姿形が女でさえあれば文句などないのだが。

 ル・ロがお断りしてくるのであれば、無理に食い下がるのも悪い。

 人に被害を及ぼす悪しき龍ならば討伐ついでに美味しくいただくが……どうやらそうでもないらしいし。


「もうほかに用事はないわね。帰るわ。暇になったらまた遊んであげるわ。ああ……あなたが遊びに来てもいいのよ?」


「週3で遊びに行くわ」


「頻繁に来過ぎよ。週に1日くらいにしておきなさい」


「じゃあ、1日で3回遊びに行く」


「話を聞いてたかしら」


「水曜日は午前と午後で3回ずつ遊びに行くかもしれん」


「回数を減らせと言ってるのだけど。そもそも水曜日ってなによ?」


 そんなやりとりをした後、ハウロとル・ロが互いに苦笑気味に笑った。

 そして、拳をコツンと突き合わせると、ル・ロが踵を返して歩き去って行く。

 その背にハウロが手を振ると、龍の超常知覚で察知したか、ル・ロは振り向かず後ろ手に手を振った。

 

 食堂から出て行った姿を見送って、ハウロがドカッと椅子に腰かける。

 そして、様子を伺っていたウェイターに酒を注文し、天井を見上げた。

 あなたは何の気なしに対面に座り、同様に酒を注文した。


「今日はとことん飲みたいつもりなんだが、付き合ってくれるか?」


 そんなことならお安い御用だ。

 あなたはヤケ酒も利き酒もイケる口である。

 ハウロと共に、存分に酒を酌み交わすことにしよう。



 酒を飲み、酒肴を齧り、また酒を飲み。

 言葉少なに酒を酌み交わし、時間が過ぎていく。

 あなたは無法なまでに屈強な肉体で酒に強く。

 ハウロもまた、狩人として鋼鉄の肉体を持っている。

 酒を浴びるように飲んでも、トイレに立つ回数が増えるばかりだ。


「抽象的な話になるが……俺にはある目標があった」


 夜もだいぶ更けて、食堂が店じまいをし。

 深夜でもやっている店で飲み直しだしたところで、ハウロがそう口を開いた。

 酒で滑りをよくした口からは、時として重い真実が零れ出すこともある。

 あなたはどこまで応じれるかはともかく、真摯に話を聞く姿勢を取った。


「何度目かもわからんはじめましてから始まる日々……俺はそれを終わらせたかった」


 手にしたジョッキを勢いよく呷り、酒臭い息を吐き出すハウロ。

 目はどんよりと濁っていて、重苦しい精神的疲労を匂わせる。

 いくら強いとは言え、あなたほど異常な肉体ではないのだ。

 さすがのハウロも随分と酒が回って来たと見える。


「たとえそれが……死と言う終わりでも。俺にとっては救いになる……あんたには……帰る場所があるか?」


 ある。それは今のEBTGと言う枠組みの中であり。

 または、自宅にいる最愛のペットの下であり。

 究極的なことを言えば、実家もまたそうだろう。


「俺にはない。訓練所から始まって、俺にはどこにも寄る辺がない。何もかも全部、自分で始めるばかりだ。俺は……」


 天涯孤独と言うことだろう。決して珍しい話ではない。

 ボルボレスアスの飛竜は極めて強大であり、人の住む領域はそう大きくはない。

 あなたが旅をしていた時も、開拓村が潰えたと、ひょろりと風のうわさで聞こえてくることは珍しくなかった。


 ハウロもまた、そうした開拓村出身か、あるいは単純に孤児か。

 狩人訓練所で人生の再出発を賭けて、特級狩人にまで成り上がったのだろう。

 それは才能もあったろうが、信じ難いほどの努力の末の結果だ。

 帰る場所など、これからいくらでも作る方法はあるだろう。

 ハウロには実績があり、実力がある。手立てなどいくらでもある。


「そうなら、よかった。帰る場所を作ろうとしても、作っても……いつもやり直しだ。俺は……安らいじゃいけねぇのさ」


 あれ? なんか思った以上に重苦しい話になって来たぞ?

 どう返事を返したものか分からず、あなたは目を泳がせながら酒を呷った。


「……一緒に狩人として成り上がろうって言ってくれた、あの日も……俺を嫁にって言ってくれたあの日も……一緒になった日も……ぜんぶ……今はもう……俺の思い出の中にしかない」


 下手な慰めを言ったら、ものすごいこじれる気がする。

 そも、話の順序的に、単一人物を相手にした話の気もするが。

 いつもやり直し、と言う言葉からすると、別の人物の可能性もある。


 つまり、ハウロは恋人を複数回喪っているのではないだろうか。

 いや、一緒になったというからには、実際に結婚までしている可能性が……。


 あまりにも不穏過ぎる情報に、あなたは二の句が継げない。

 ただ酒を新たに注いで、ハウロにも酒を注ぐしかできない。

 あなたの返事がないことに不満はないのか、ハウロは静かに酒を受けている。


「俺も、思い出になりたい……もう、疲れた……休みたい……」


 あなたは疲れたのならば、狩人稼業から離れてみてはと無難な提案をした。

 精神的疲労がなんであれ、休業するのは大きな効果がある。

 無暗に休むと考えることが増えて逆効果なこともあるが。


 休業と同時に、遠方でバカンスをするなどがよい。

 環境を変えたり、あるいは仕事を変えることでリフレッシュが出来る。

 あなたも訓練で精神が磨滅した時は、べつのことをしてリフレッシュしたりもする。


「俺は、狩人をやめられない……休めても、3カ月までだ」


 妙に具体的な数値だ。あなたは首を傾げる。

 しかし、狩人をやめられない理由はなんだろうか。

 亡夫との約束とか言われても困るので突っ込みはしないが……。


 あなたは少し考えてから、折衷案を出した。

 つまり、遠隔地には行くが仕事は変えない。

 遠い新天地で狩人として再出発をしてみては? と。


「……狩人のままメンゼルタを離れるってのは、考えたことなかったな……いいかも……」


 こちらの案は受け容れやすいようだ。

 あなたはこの場の勢いで行き先も決めちゃえよと促した。

 酒の勢いで決めてしまうのも悪くはないだろう。

 もういっそのこと別大陸に渡っちゃうとか。


「それも面白れぇな。ふむ……」


 ハウロが手にした酒を眺め、顎を撫でる。


「東部は俺の故郷……とはちょっと違うが、まぁ、似たような文化風習がある地域でな……あそこの酒は、沁みる……」


 あなたたちの旅行の行き先も東部の予定だ。

 ならばいっしょに行こうと提案してみる。


「ほーう、あんたらも。よし、東部で心機一転、狩人はじめてみっかぁ……」


 先ほどよりも表情が柔らかくなり、ハウロが酒をぐびりと呷る。

 そうと決まれば、これは新たな門出を祝う酒だ。

 さぁ飲めやれ飲めとあなたはハウロに酒を注いでやる。


「カハハ、あんたも飲めよ。ほら、飲め飲め」


 ハウロもジャンジャン酒を注いでくる。

 あなたはそれを受けてジャンジャン干す。

 しかし、ハウロは本当に酒に強い。


 あわよくば酔い潰して美味しくいただこうと思っていたのだが……。

 まぁ、同行するなら機会はいくらでもあるだろう。

 今はひとまず、ハウロの心理状態が多少マシになったことを喜ぶとしよう。

 やはり、重苦しく退廃的な行為よりも、明るく気持ちいい行為の方がスッキリ楽しめていいし。

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