9話

 あなたとハウロは朝まで散々に飲みまくった。

 その後、足取りも確かなハウロのお持ち帰りは諦めて帰って来た。

 そして、食堂での支払いはともかく、深夜営業の酒場の支払いはなんと100%オフ。

 ゼニー証紙の持ちあわせがそんなにないので助かった。

 そんな報告をEBTGのメンバーにした。


「ふーん。この大陸をよく知る人が同行するのは助かるわね。酒場の支払いタダはどうやったのよ?」


 飲んでたら奢ってくれるという御大尽が来たのでありがたく奢ってもらった。

 たぶんあなたかハウロを酔い潰してお持ち帰りするつもりだったのだろうが。

 酔い潰して店に捨てて帰って来た。支払いは彼がしてくれることだろう。


「ひっど……あなたもそう言うせこいことするのね」


 金貨が通じるならしないのだが、この大陸では金貨は使えないのだ。

 金貨をゼニー証紙にしないといけないので、それがめんどくさい。


「なるほどね……酒に無敵のあなただから出来る手だから、私は真似できないわね……」


 レインだと普通にお持ち帰りされてしまうのでしょうがない。


「まあ、あなたがいれば、あなたが奢ってくれるわよね」


 お持ち帰りしていいのなら。


「感謝しなさい? 私をお持ち帰りしていいのはあなただけなんだから」


 なるほど、最高である。

 あなたは朝から気分が高揚した。


「さておき、酒臭いわよ。水浴びでもしてらっしゃい」


 あまり自覚はないが、朝まで飲んでいたので自然な話だ。

 あなたは宿の風呂に向かい、朝風呂を決めることにした。




 朝から一風呂浴びてリフレッシュし、仲間たちと朝食を摂る。

 そして、そろそろ出発なので荷造りをするように指示を出しておく。

 飲みながらハウロとは軽く話を詰めたが、何分酒の席での相談など胡乱なものだ。

 ちゃんと酔いが抜けてから、キッチリ詰めるつもりでいる。それまでは出発できない。

 べつにスケジュールがタイトな旅行でもなし、2~3日の遅れはご愛敬と思っておこう。


「ご主人様、ハウロさんとはどうでしたか?」


 あなたはいつも『ポケット』にほとんどものを入れているのでやることがない。

 仲間たちの荷造り風景を眺めながら、軽く部屋の片づけなどをしている。

 宿の人間がやる仕事ではあるが、身嗜みとして軽い片付けはすべきだろう。


 そんなことをしていると、サシャが話を振って来た。

 酒に強過ぎてお持ち帰り出来なかったよとあなたは溢す。

 本当に洒落にならないほど酒に強かった。狩人はやっぱりバケモンである。


「いえ、そう言うことではなくて……あの白い服の人、ル・ロって言うすごいドラゴンだって言う話でしたよね?」


 そう言えばそんな話もした。

 あなたはル・ロは思った以上に何も知らなかったと答えた。

 少なくとも、ハンターズの状況について思い当るところはないようだ。


 ハンターズのことについて、EBTGのメンバーは知らないので、そのあたりは口にしないが。

 モモロウがあなたのことを見込んで話してくれた秘密なのだ。

 迂闊に漏らすなどありえない。信頼を損なうことはしたくない。


「そうなんですか……この大陸のすごい伝説とか、逸話とか、私も聞きたかったんですけど……」


 昨晩、あなたは仲間たちの同行はすべて断った。

 ハンターズの秘密について言及せねばならない可能性があったからだが。

 ル・ロが暴れ出した時のことを考えると危険だからと言うのも理由にはある。


 具体的な戦闘力は真の姿を見ていないので分からないが。

 この大陸の生物は超絶的なまでに強い。弱いことはありえないだろう。


 少なくとも現状、EBTGメンバーの戦闘力はハンターズに劣っている。

 ハンターズのメンバー全員が戦士で、直接戦闘しか出来ないという弱みはあるが。

 純粋な力量の比較……ジルが言うところのレベルのような。

 そんな数値で言えば、モモロウどころかメアリにも劣るのは確かだ。


 そんなメアリですら、この大陸ではズタボロになって敗北した。

 ル・ロはメアリをズタボロに追い込んだ飛竜よりも強い。

 それを思えば、ル・ロがEBTGを容易く蹴散らすのは間違いないだろう。


「レウナさんにはアルトスレアの伝承とか伝説とかいろいろと教えてもらったので、ハウロさんにボルボレスアスの話を聞けるといいな……」


 サシャはメアリとは割と仲が良かったように思う。

 獣人ではないと言え、ケモ耳同士で通じ合うものがあるのだろう。

 そのメアリからボルボレスアスの話は聞けなかったのだろうか?

 先日の訓練期間の時も、数年前のバカンスの時でも、機会はあったと思うが。


「んと……メアリさん、そのあたりはあんまり詳しくなくて……女遊びか、お酒か、賭博の話ばっかりで……」


 なるほど、屑い。

 でも言われてみると、そんな感じな気がする。

 それにハンターズの知識はかなり実戦方面に偏っている。

 サシャの求める、そう言った学術的な知識は微妙なのだ。

 

「レウナさんも、古い伝承にはあまり詳しくないとのことなので、いずれはアルトスレアの話も集めてみたいですね」


 ボルボレスアスの旅行が終わったあとは、たぶん冒険に戻るだろう。

 だが、その冒険がまたひと段落したら、また旅に出るのもいい。

 その時の行き先は、アルトスレアでもいいかもしれない。


「なんとも気の長い話ですね。でも、楽しそうです。その時はレウナさんが案内してくれるでしょうか?」


 サシャが同様に荷造りをしていたレウナに話しを振る。

 少しレウナは眼を瞬かせたかと思うと、頷いた。


「うん? ああ、まぁ、その時も私がまだ存在していたら案内してやろう」


「ネガティブな考え方ですね……その時まで死んでたまるか、生き延びてやる! って思った方がいいのでは……」


「正論ではあるが、その正論を適用していいか微妙でな……まぁ、べつに消滅したくもないし、粉砕されたくもないので、あまり案ずるな」


「はぁ」


「それに、その時には使命が終わっているかもしれんしな」


 そうなれば、もはや同行する意味はなくなるということだ。

 たしかに、それを思うとアルトスレアの案内は期待薄かもしれない。

 あとはジルとかも案内できるかもだが……さすがに伯爵様を案内に使うのはどうなのだろうか。


「使命と言えば……レウナさん、使命はいいんですか? こちらの旅行についてきちゃって……」


「勧誘が面倒でたまらん。使命を果たすも糞もない。ほとぼりが冷めるのを待っている」


「ああ、なるほど……」


 割と立場的にフリーな動きをしているので、勧誘もしやすいと思われたのだろう。

 実際、旅行に行く前は小規模迷宮を攻略してくると出て行ったのだが。

 他の面々に伝える前にキレながら帰って来て同行したという経緯がある。


「大変ですね……私は奴隷だからかご主人様に買い取りの交渉が来てるらしくて、私自身は気楽なんですけどね」


 もちろん買い取り交渉は全部断っている。

 サシャを手放すなんてとんでもない!


「私はこの大陸では名が知られていないから面倒だ。EBTGのネームバリューをもっと増させて、伝説的なものにしてくれ。そうすれば勧誘も減るだろう」


 そんな無茶な。旅行が終わって、また冒険でもしないと無理な話だ。

 まぁ、いずれはできるかもしれないが、一朝一夕には無理である。


「まぁ、未来の話だな……」


 そこで、フィリアが部屋に戻って来た。

 フィリアは普段から荷物を整理整頓しているので、まとめて『四次元ポケット』に突っ込むだけで済む。

 そのため、荷づくりを終えて、ちょっと買い物をしてくると言って出ていたのだが。


「お姉様、ハウロさんがいらしてますよ。通してもいいでしょうか?」


 ハウロが?

 どうしたのだろうかと思いつつ、あなたは通してもらうように頼んだ。




「よう、突然来てすまんな」


 フィリアの連れて来たハウロは入浴したのかこざっぱりした様子だった。

 酒の影響がやや残っているようで、少し調子が悪そうではある。

 あれだけ飲んで、ちょっと2日酔い気味程度で済ましているのは狩人ならではだろうか。


「東部に行く話だが……」


 あなたは昨日の話をなかったことにしたくなったのかと尋ねた。

 酒の勢いで言い出してしまった、と言う可能性もなくはない。


「ああ、そう言うわけじゃない。詳しく話を詰めなきゃならんと思ってな」


 なるほど、あなたと考えは同じと言うわけだ。

 善は急げと言うことだし、可能なら早めに行きたいが。


「そうか、なるほど。あんたらの方の支度はどうなってるんだ?」


 あなたたちは荷造りをしているので、そうかからずに出発出来るだろう。

 ハウロの方の準備が出来次第、と言うことになるだろうか。


「じゃあ、今すぐ行くか」


 今すぐ!? あなたはあまりにも急な話に思わず目を剥く。

 いや、あなたはいいのだが、ハウロの方が大丈夫なのだろうか?

 あなたたちは元よりそろそろ出発の頃合いだなと事前にある程度の支度はしていたのだ。


 ハウロはそんなつもりでいなかったのだから、準備も出来ていないだろうし。

 狩人として遠征は慣れっこだから出発自体はできるだろうが……。


「ああ、心配いらん。持ち出せないものを譲る相手は決まってんだ。つーか、同居人だから全部置いてくだけだし」


 なるほど、そう言うことであれば、いけなくもないのだろうか?

 しかし、その同居人に対して説明はしたのだろうか?


「ああ。今朝、朝帰りして説教された時に説明した。俺の帰りを待っててくれるとさ」


 割と密接な関係らしい。どういう関係なのだろうか?


「ドルドーマで家買ったら、お隣さんの家にお針子やってる姉ちゃんがいてな。俺が留守中の自宅の維持管理を頼んでたんだ。住み込みでやってくれてる」


 なるほど、お針子と言っても色々あるが、業務委託に近い形のお針子もいる。

 雇われ先に出勤するのではなく、自宅に仕事を持ち帰ってもっぱら自宅で仕事をするようなお針子もいる。

 そう言うお針子が自宅で針仕事をする傍ら、隣家の維持管理を副業とするのは手堅いだろう。


 それにしても、お針子のお嬢さんが帰りを待っててくれているとは。

 雇い人とは言え、なんともまた滾る関係な気がする。あなたなら間違いなく食ってる。


「カハハ、気持ちはわからんでもない。しかも、性格いいし、美人だしで、メッチャいい女でなぁ……俺が女じゃなかったらなぁ……もしくはマヤさんが男だったらなぁ……」


 なんか複雑な思いがあるらしい。

 しかし、ハウロ的に同性での恋愛はNGなのだろうか?


「同性愛は俺はあんまり……それに、俺がよくてもマヤさんがな……」


 なるほど、そっち。


「まぁ、そう言うわけで、いつでも出発できる。やはり東部地方か……いつ出発する? 私も同行する」


 やはりもなにも東部地方と最初からそう言っている。

 そして出発は今からだ。これはハウロの提案である。


「あ、うん、すまんな……じゃ、行こうぜ」


 まぁ、さすがに今すぐにというわけにはいかないので、多少は待ってもらうが。

 多少は旅支度のために買い物をしなくてはいけないし。

 道中の情報を得るために多少なりと情報収集は必要だし。


「道中の町でいくらでも買える買える。金は俺が出してやるよ」


 なんで?


「今すぐ出発したいからだ」


 なんでそこまで急いでいるのだろう?

 あなたは首を傾げた。


「始祖龍倒したせいで、狩人組合がなんかうるせぇんだよな……始祖龍の情報とか聞かれても、答えようねえじゃん?」


 それはそう。


「でもそれで納得してくれるとは限らねぇし、最悪の場合答えようのない情報を引き出すために尋問とか拷問されかねねぇし……」


 なるほど、自衛のためであれば納得いく。

 あなたはであればハウロの財布に頼らせてもらおうと頷いた。


 銀行に多少なりと金地金を持ち込んで換金はしたのだが。

 さすがに何十万ゼニーもの持ち込みとなると、審査などが必要であまり多額の交換は出来なかったのだ。

 そこに来て分厚い財布をお持ちであろう特級狩人のハウロのエントリーは助かる。

 この大陸の物価の相場にもある程度の知識があるだろうし、ぼったくられる心配も少ない。


「よっしゃ、じゃあ行こうぜ!」


 そう言うわけで、あなたはハウロに促されて出発の準備を急ピッチで進めることとした。

 仲間たちに出発は2時間後と通達して、あなたはハウロと共に最低限の買い物のために町へと繰り出した。




 そして、2時間後。

 あなたたちはすっかり準備を終えて町を出る。

 その際に、荷物はほとんど『ポケット』に突っ込む。

 あなたたちはほとんど手ぶら同然の身軽な恰好だ。

 それはハウロも変わらずで、ほとんど平服姿だ。

 唯一、狩人用の分厚い対飛竜用刀剣を腰に提げている。


「ドルドーマの町のモンスター闘技場は凄いぞ。最高だ。あそこで大勝ちした後に酒を飲むと天国が見える」


「あら、素敵!」


「そんでもって、その勢いで娼館で豪遊するのも天国が見えるんだ」


「うわぁ、素敵ですね!」


「でもなによりモンスター闘技場の戦いを観戦するのも楽しいぞ!」


「すごいですね!」


 無理やり言わされた感想みたいな返事をするサシャにフィリア。

 こいつら演技もろくにできんのか、と言う顔をしているレウナとイミテル。

 レインは苦笑して2人を見ている。貴種の生まれなだけに、態度を取り繕うのはお手の物なのだろう。


 ハウロは協会の方にろくに許可を取らずに出立するつもりらしい。

 狩人としての宿舎はログラックにあるので、そちらに置手紙を置いて来たのだとか。

 そのため、引き留められないために、ドルドーマを案内してもらう……と言う体で出立するのだ。

 この確信的な脱走の仕方、以前にも前科があると見た。


 ちなみにドルドーマの闘技場を飛竜闘技場ではなく、モンスター闘技場と言うのには理由がある。

 超大型甲殻種や、四足剛獣種などの飛竜ではないモンスターもボルボレスアスにはいるからだ。


「いやぁ、楽しみだなぁ。新しい飛竜いるかねえ」


 なんて白々しいことを言うハウロ。

 きっと、頭の中では新天地で出会える飛竜に思いを馳せているのだろう。

 地域が違えば、生息する生物も異なる。

 ハウロへのいい刺激になり、なにか気分転換になればいいのだが。

 

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