10話
あなたたちは、東部地方に行く、と言うだけの大変曖昧な旅を始めた。
ボルボレスアスは西部地方からの出発なので、実質的に大陸横断旅行だ。
そのため、南北のいずれかに移動した後、そこで海路を使うことになる。
手立ては他にいくらでもあるが、無難なのはそのあたりだろう。
「魔法で、ぶぁーって、とべねぇの?」
そんなハウロの質問にあなたはもちろん可能だと答える。
ただ、移動した先で『バラバラ』か『ごちゃまぜ』になるかもしれないが。
「ひえ……おっかなすぎる」
「安全な魔法もあるんだけど、この人数を纏めて飛ばすことは出来ないし、運べる荷物にも制限があるのよね。転移は難しいわ」
高速移動の魔法もあるにはあるが、まあ、急ぐ旅でもないのだ。
ここはゆっくりのんびりと進むことにしようではないか。
「ん~……まぁ、そうだな。道中でぼつぼつ狩人の仕事を引き受けていくか」
なんでまた?
「なんでって……あー……血が……見たい、から……?」
疑問気に物騒なことを言われても。
明らかにウソである。
「ああ、なんか、ほら、あれだ。狩人の勘が鈍るとか、なんか、そう言うアレじゃないか?」
他人事みたいに言われても……。
「えーい、うっせえわい。やむにやまれぬ事情があるんだよ。いいか、巨根の頂より高く、巨乳の谷間より深い事情があるんだ」
聞かれたくないことらしいので、追及はとりあえずやめた。
「えーと、そうだな、旅程の話にしよう。南部の方の港町まで、徒歩で10日ってところだが……まぁ、俺の足なら5日ってところか」
「私たちも冒険者だから、かなり健脚の部類に入るわ。道の険しさにもよるけれどね」
「重要なのは体力と根性だ。割となだらかな道だから歩くのに不自由はねぇさ。宿場町に泊まりつつ、6日を目安に移動するとしよう」
そのあたりの旅程の配分についてはハウロに任せよう。
あなたたちの誰一人として、この大陸のことは詳しくないのだ。
道崎案内人がいてくれて助かることこの上ない。
「まぁ、今日は出発遅かったからな。日暮れ前に宿場町まで行かなきゃならんから、ちと急ぐぞ」
そう言ってペースアップするハウロ。
あなたたちは移動に集中するべく、無言で歩き出した。
それから数時間後。日が暮れだした頃合いに宿場町へと到着した。
最も肉体的に貧弱なレインでも、やや疲れを見せている程度。
他のメンバーは誰一人として疲れた様子を見せていない。
「おうおう、この調子なら明日は次の宿場町をスキップして、次の次まで一気にいけるな。6日じゃなくて5日もいけそうだ」
「レインさんの体力を回復魔法で補うか、レインさんの移動速度を魔法で補えば、もっといけると思いますよ。時速……10キロくらいはいけるかなと」
「そんなに。こりゃ思った以上に別大陸の冒険者ってのもやるな……まぁ、無理して明日に響いてもしょうがねぇ。ほどほどにやろう」
そんな話をしながら適当に宿を探し、そこにチェックインする。
そして、旅の疲れを癒すべく、大いに食べて飲む。宿場町なので毎夜の晩酌も許されるだろう。
レインは大喜び、あなたとハウロも喜んでいる。やはり酒はいい。
「この大陸のお酒は、爽やかなのが多いですね」
最近、酒の味が分かるようになってきたらしいサシャがエール片手にそう零す。
たしかにサシャの言う通り、爽やかな酒が多い。たぶん水で割っているのだろう。
口当たりを軽くするために水で割るのはそう珍しいことではない。
嵩増しのためにやるのも珍しくないが、狩人食堂でもそうだったので、軽やかにするのが主目的だろう。
「このゴールデンスイートスピリットは重くて旨いぞ」
「へぇ……うひぇっ、い、イモ臭いです!」
「カハハ、甘いイモから造った酒だからな。でも、飲むと……とろっとキリッと、それでいて焼きイモみてぇに甘い……こりゃうまい」
「味はおいしいんですか……」
「うまいぜ。飲んでみろ」
「じゃあ、一口だけ……」
いろんな酒を飲むのはいいことだ。人生を豊かにしてくれる。
あなたはこの大陸で飲んだいくつかの酒のうち、サシャが好きそうなものを追加で注文する。
やはり、宿場町なだけあって、飲む人間が多いのだろう。
酒場を名乗れるほどに酒のメニューは豊富だった。
「はふ……うう、癖が強い……でも、まずくは、ないですね」
「だろ。こいつをギンギンに冷えた器で飲んでよぉ……丁寧に捌いた鶏を生で食うと……うんめぇ~!」
「ええっ、鶏を生って大丈夫なんですか!?」
「カハハ、捌き方にコツがあるんだよ。うめ~!」
「あ、私にはこの指輪が……よーし、私も……」
好奇心旺盛で結構。
あなたはサシャにさらに酒を注いでやった。
「ふひゅ~……なんだか今日はお酒が美味しいです」
「イケる口だな、サシャ。よーし、俺の秘蔵の酒、森羅剣士を出してやろう……米の酒だぞぉ。極辛口でキリリと美味いんだこれが」
「へ~……うわ、おいしい! すごい、お水みたいに飲める……!」
「そうだ、いい酒ってのは水みてぇに飲めて、水みたいにうまい……水みたいにうまい……? 水を、飲めばいいのでは……?」
「でも、水だと酔えないですよ」
「なるほど、天才だな」
昨日と違って、ハウロには幾分酔いが回っているらしい。
サシャもくるくると目線が動いているので、やや酔っているようだ。
よし、この調子で潰そう。そして、ベッドに持ち帰ろう。
あなたは自分も秘蔵の酒を出すと言って、マフルージャで購入した酒を出した。
あまり多く仕込めないため、中々手に入らないというフルーツバナナの酒だ。
指ほどの長さしかない小さいバナナで、山の上で育つんだとか。
数が取れないため、酒に回せる量も少なく、仕込める量が少ない。
その噛めるほどたっぷりの果肉が残った酒を、濃厚なミルクで割って飲むと……うまい!
「バナナミルクカクテルってわけか……うん、たしかに旨いな。甘口の酒はあんまりだが、悪くない」
「ジュースみたいでおいしい……ミルクもおいしい……ふわ~……」
ちなみに糖度が高いことからわかる通り、度数はかなり低い。
それを補うべくピュアなウオッカをぶち込んだので度数はブチ上がりだ。
アルコールはほどほどに強い方がうまい。あなたの持論だ。
サシャにおかわりを何回か注いでやる。
ハウロは甘口の酒はあまり、とのことで1杯目以降は断られた。
そして、1時間と経たないうちに、サシャはベロベロになった。
「んふふ~……きもひぃでしゅね~……んふふ……んふふふ……」
「おねむな感じだな。あんま強くはねぇ……いや、割と飲んでたし、強い方っちゃそうか」
実際、ハーブで身体増強したのでサシャはかなり酒に強い。
飲み慣れていないので、感覚の方が追い付いていないだけだろう。
たぶん10回くらい同じ酒量を経験すれば、いまくらい飲んでも平然としていると思われる。
「あ~、なる。アルコールに慣れてないんだな。うし、じゃあ、サシャも潰れかけだし、おひらきにすっか」
ハウロはほどよく酔っているが、潰れるほどではない。
ほろ酔いで気分がよくなっているというくらいだ。
そして、酒を飲む機会を逃すわけのないレインはとっくに潰れている。
あなたがいる時は飲み方がより一層屑くなるのですぐ潰れるのだ。
あなたはサシャを部屋にお持ち帰りしてお愉しみタイムだなとほくそ笑んだ。
ハウロを潰してお持ち帰りするのもいいが、やはりサシャもよい。
あなたはうへうへと笑いながら、サシャを抱いて部屋に引っ込んだ……。
部屋に入り、サシャを寝台に横たえる。
「ごひゅじんしゃま……ちゅーしれ、くらさい……」
もちろんOKだ。あなたは寝台に横たわるサシャに口づけをする。
バナナの甘い芳香を感じる口づけは酷く甘い。
「んふふ……んふ……」
すやー、と息が深くなる。どうやら寝たようだ。
あとで別の意味で夢の世界に連れて行くので、少し寝かせておくとしよう。
とりあえず、そのまま寝入ってしまってもいいよう、あなたは寝支度を整える。
明日の朝の着替えの用意、今日履いた靴の換気のため窓際に吊るして置き。
やはり、明日の朝に飲むためのお茶、そしてエッチな本を机の上に置いておく。
翌朝のモーニングルーティーンの用意を手早く済ませ、あなたは振り返る。
ベッドに腰掛けたサシャが、あなたのことを見ていた。
寝たと思ったが、どうやら起きていたらしい。
「ご主人様。少し頼みたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
もちろんサシャのお願いなら何でも聞こう。
なにか欲しいものでもあるのだろうか? この大陸の本を買い集めたいとか?
宿場町なので本の品ぞろえは微妙かもしれないが……うまく行商人を捕まえればいいのがあるかも。
「本は要りません。私が頼みたいこととは、薬師クロモリの蘇生の件なのですが」
クロモリ?
クロモリと言うと、サシャの読み書きの師匠である薬師のことだ。
たしかに亡くなっているが、なんで今さらになって?
以前に蘇生しようかと提案した時はやんわりと断られたはずだ。
断られたというか、蘇生しようかと言う提案に触れることすらなかったような。
「かつてと今では状況が違います。今は必要なのです」
まぁ、そう言うのならばそれは構わないが。
あなたはいつもと雰囲気の違うサシャに首を傾げた。
酔ってるせいか、なにやら口調も随分と違うし。
まぁ、先ほどは普段の落ち着いた口調が見る影もない乱れた様子だった。
それと比較すると、いまの方がまだしも普段に近い。
「蘇生してもらえますね、ご主人様」
あなたは頷いた。べつに大した手間でもなし。
サシャがそうして欲しいなら断る理由もない。
でもその代わり、代金は体で払ってもらおうではないか。
「はい。どうぞ」
なんだかノリが悪い。酒のせいだろうか?
普段のサシャは酒が入ると甘えん坊な感じになるのだが。
今日は悪い酒になってしまったのかもしれない。
甘い酒は悪酔いしやすいので、そのせいだろうか。
まぁ、そう言うアクセントも悪くない。
あなたはサシャをベッドに押し倒し、いつもと雰囲気の違うサシャを堪能することとした。
まぁ、明日に疲れを残しても可哀想なので、ほどほどにほどほどに……!
翌朝、酔いのせいか、サシャは記憶をスッパリと無くしていた。
なぜ同じベッドに!? とか驚いていたあたり、お開きになる前から記憶がなかったらしい。
「ええ? 薬師様の蘇生を私が頼んだ? いえ、たしかにお世話になった方ではありますが……」
そして、肝心の薬師クロモリの蘇生についても忘れていた。
あなたはそのくらいのノリなら、蘇生はやめておこうかと尋ねる。
「ああ、いえ……そう頼んだ以上、どこか心にしこりがあったのだと思います。できれば、薬師様の蘇生をお願いできるでしょうか?」
もちろん構わない。昨日の時点で了承していたのだし。
そう言えば、昨日は本も要らないと言われたが……あれもやっぱり?
「本気で酔ってたんですね、私が本を要らないというなんて……」
やはり酔っていたのだろう。そうだろうとは思った。
「ですので、本代のお小遣い……支払っていただけるでしょうか?」
もちろん構わない。ペットにお小遣いをたんまり上げるのは嗜みだ。
とは言え、さすがに早朝に本屋はやっていないだろうから……。
どうせ、複数の宿場町を経由することになるので、今日通過する宿場町で買おう。
「はい。宿場町だからそこまで期待はできないかもですが……」
そうでもない。ボルボレスアスは活版印刷技術が活発だ。
少なくとも、あなたがこの大陸を旅した時から相当な隆盛を誇っていた。
100ゼニーでちょっとした本が1冊買えて、暇潰しにはピッタリだ。
問題があるとしたら、ボルボレスアスの公用語で書かれていることくらいだ。
「そう言えば、そうだった……!」
それもあってメンゼルタでは本を買おうとは言い出さなかったのだが。
なお、あなたはボルボレスアスの公用語の読み書きは習得している。
が、なにせ習得したのが相当昔なので、おそらく現代での使用には適さなくなっているだろう。
文字はともかく文章や言葉とは生き物なので、次第に変化するものだ。
ごく普通に書いたつもりで、古臭い死語だったり仰々しい文章になったりするだろう。
そして、あなたの知らない新語も誕生しているだろうから、すらりと読み下せなくなっている。
実際、本を買い求めて読んでみたが、いくつか見たことのない単語があった。
習うなら、この大陸で家庭教師を求めるべきだろう。
「うう、さすがにそこまでは……まぁ、最悪は魔法で読解すれば……でもあれすごく遅いんですよね……意味を読解して自己流で会得すればなんとか……」
まぁ、本は買って損はないだろう。
ボルボレスアスとサシャの祖国である大陸は距離関係が近いらしいし。
ボルボレスアス人の家庭教師をあの大陸で雇用することもできるかもしれない。
「うーん、なるほど……まぁ、本はあるだけで幸せになれますからね! 積読が高くなると、胸がどきどきするんですよ……!」
それっていいことなのだろうか?
まぁ、サシャが嬉しいならあなたはそれでいい。
王都に帰れば、サシャの図書館も完成していることだろう。
そこに突っ込む本なんていくらあってもいいのだ。
「ですよね! ふふふ、楽しみだな~!」
うきうきと言った調子のサシャ。
あなたはそろそろ朝の支度をしようかと促した。
「あ、そうですね。今日も歩き通しですから、ちゃんと朝ご飯食べないと!」
その通りだ。
あなたは朝の支度をするべく、サシャと共にベッドから降りた。
まだまだ旅は続く。気を緩めずに頑張ろうではないか。
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