11話

 あなたたちはたっぷりと朝食を摂った後に出立した。

 昨晩もお腹がはちきれるくらいの勢いで晩御飯を食べたが、朝ご飯もいくらでも入る。

 まぁ、あなたたちは全員年若い女性チームだ。食欲は無尽蔵である。


 フィリアは20歳を超えているが、サシャとレインはまだ10代だし。

 イミテルは100歳を超えているが、エルフなので人間換算だと16~17くらいだ。

 そう言えば、レウナはいったい何歳なのだろうか?

 そんな疑問を歩きながら尋ねてみると、レウナが考え込み出した。


「私は新暦445年生まれなので……23か24くらいじゃないか?」


 意外と年嵩であなたはちょっと驚いた。

 もうちょっと若く見える。てっきりまだ10代かと。

 まぁ、若見えするタイプならその程度は珍しくもない。

 あなたは次にハウロに何歳なのかを尋ねた。


「分かんね。見た目からすると、15か16くらいじゃねえかな」


 さすがにそれは違うだろう。いや、見た目だけならたしかにそうかもだが。

 ハウロの物腰や力量からすると、15やそこらはさすがにおかしい。

 外見からすると、ハウロはドラゴニュートの血が濃いのかもしれない。

 純ヒューマンにしか見えないが、内面的な影響が濃いのだろう。


 ボルボレスアスのドラゴニュートは1000年近く生きる長命種族だ。

 その血の混じり度合いによっては200年や300年はザラに生きる。

 少なくともハーフなら500年は確実に生きるというし、クオーターでも200年は行くとか。

 実際、ドラゴニュートの血があからさまに濃いアトリやキヨはかなり若く見えるし。

 ハウロもそれの類型で、見た目がかなり若く見えるタイプなのだろう。

 しかし、なぜ実年齢が分からないのだろうか?


「あ~……まぁ、記憶喪失……みたいな? 気付いたら訓練所居たんでぇ……」


 そんなことある?


「記憶喪失になる前のこと、誰か知らなかったの?」


「誰も知らなくってぇ……」


「親族の方が訪ねて来られたりは……」


「誰も来なくってぇ……」


「以前の友人がいたりは」


「誰も居なくってぇ……」


「借金取りが来たりはしなかったか?」


「借金はなくってぇ……」


「ならば、仇討ちに来る者がいたりは?」


「恨みもなくってぇ……」


 ないない尽くしである。

 あなたは魔法で調べてみようか? と提案した。


「え、魔法で調べるとかそんなこと出来んの?」


 出来る。『神託』を授かるとか、記憶を暴くとか。

 記憶を暴く場合、魔法で強引に消去でもされていなければ読み取ることが可能だろう。

 たとえハウロが記憶喪失でも、その記憶を引きずり出すことが可能だ。


「は~、そんなことできんのか……まぁ、調べるだけ無駄だから気になさんな」


 妙に断定的な口調で断られた。

 ハウロが不要と言う以上は無理強いもできないが……。

 気にならないのだろうか? あなたなら確実に気になるのだが……。




 その後も特に何かあるでもなしに、あなたたちは粛々と旅程を進む。

 ほとんど小走り同然の速度で移動し続け、ロクに休憩も取らない。

 水分補給だけはちゃんとしている。ボルボレスアスは非常に温暖だ。

 真夏は終わったとは言えまだまだ暑い。水分補給を怠ると死が見える。


 そして、昼前にあなたたちは次の宿場町に到達した。

 そこで存分に休憩と食事を済ませるべく、あなたたちは2時間の休息を取る。

 次の宿場町には日暮れ前に辿り着ける休憩時間だ。


 そこで思う存分腹を満たし、サシャと共に本を買い漁る。

 活版印刷盛んなボルボレスアスでは本は非常に安く、あちらこちらに本がある。

 安く作れるからこそ大衆の手に渡り、大衆の手に渡るからこそ金になる。


 種々様々の本が作られ、娯楽本が氾濫し、それを作るために作家業が興隆する。

 いずれ、ボルボレスアスにおいてはこうした小説の文化が大いに発展するだろう。

 いや、今まさにその勃興が始まっていると言ってもいいのかもしれない。


「ふぅ。いくら買っても見たことがない本があって困ってしまいました。中古市場なんてのもあるなんて、驚きです!」


 あなたもその点については驚いた。

 なんと、中古の本を売り捌いている露店なんてものがあったのだ。

 宿場町なだけに人の往来は激しく、町に本が出たり入ったりしていく。

 そうした本を格安で買い取り、また格安で売り捌く商売が成立しているのだ。


 馬車での旅をしている者なら道中読書に勤しんでもいるだろうし。

 宿場町に到着後、宿の部屋でゆっくり読書を嗜みながら体を休める者も居るだろう。

 そうした者たちの手で本が循環し、それを商う店がある。なんとも驚いた文化だ。


「1冊50ゼニーと言うのも凄いですよね。200ゼニーで銀貨1枚と言うことは、銅貨3枚以下ですよ?」


 読み古した本でボロボロだからそうなのだろうが。

 定価の4分の1と言うのはたしかにすごい。

 中古品市場の大きさは、そのまま新品市場の大きさを意味する。

 ボルボレスアスの印刷業界が強大なことがよく分かる。


「あとは、読めるようになることですね……」


 問題はそこである。

 読めなければ、本なんぞインク汚れの酷い紙束でしかない。

 宝の持ち腐れならぬ、本の積み腐れと言ったところか。


「まぁ、ボルボレスアスの人は少なからず周囲にいるわけですから。ハンターズの皆さんとか。その方たちに習えば、まぁ……」


 訳語辞書とかがあれば手っ取り早いのだが……。

 さすがにそんなものそこらへんに売っているわけもなく。

 ボルボレスアスに奴隷制は存在しないので、学識豊かな奴隷を買って帰るというわけにもいかないし。


「ハンターズの人……アトリさんとか雇えないでしょうか。彼女なら実力的に、そう高額にならないはず……」


 可能性としてはありえないとは言わないが……。

 たぶん、雇われてくれないんじゃないかと思われる。

 家庭教師なんてやりたいとは思うまい。


「問題そこですね……やっぱり、学識豊かで、ボルボレスアスから移住してきた人を探すしかないのかなぁ……」


 見つかるだろうか、それ……。

 最悪はこちらでリクルートしてみるしかないだろう。

 本が大量にあることからわかるように、識字率は高い。

 新天地でやり直そうとしている者も少なからずいるのでは。


「う~ん……まぁ、なんか考えてみます……」


 まぁ、マジックアイテムに文字読解のアイテムくらいあるのではなかろうか。

 エルグランドには存在しなかったが、まぁ、あの大陸は殺意と死に満ちているのでしょうがない。

 アルトスレアには……なにかしらあるらしいとは聞いたが、実物は見たことがない。


「あ~、マジックアイテム。高いけど、今の私なら買える……!」


 まぁ、さすがにそのあたりは自分で用立てて欲しい。

 扱いとしては装備品ではあるが、嗜好品に近い立ち位置だし。


「はい。まぁ、文字読解の呪文はそう高度ではないので、そんなに高くはないはず……ふふ、楽しみになって来ました!」


 あなたも楽しみだ。眼鏡はいい。あれは最高のものの1つだ。

 サシャが眼鏡をかけるようになったら、眼鏡をかけたままヤりたい。

 カイラとも眼鏡をかけたままやったが、あれは最高だ。

 あなたは眼鏡は外さない方がいいと考えるタイプだった。




 存分に休み、買い物をし、あなたたちは再度出発する。

 次の宿場町に向かい、常人ではまずありえないペースで歩く。

 時々同じ宿場町から出発して来た人たちを追い抜いたり。

 目的地の宿場町から出発して来た人たちとすれ違い。

 あなたたちは日が暮れるよりしばらく前に宿場町へと到達した。


「さっさと宿取って、さっさと休むか」


 ハウロの言う通り、日暮れ前とは言え、そう余裕のある時間でもない。

 あなたたちは手早く宿を取って、ゆっくりと夕食を摂って体を休める。

 もちろん、明日への鋭気を養うためには酒が必要なので、酒も飲む。


 昨晩、記憶を飛ばすまで飲んでしまったサシャは控え。

 他の面々はそもそも酒をあまり好まないので部屋に入り。

 あなたとレイン、そしてハウロの3人が酒盛りのため食堂に残った。


「メンゼルタからあんまり出ねぇし、出るにしても狩りだからな。船か竜車で荷物には困んなかったからいろいろ新鮮だぜ」


 酒を飲みながら、ハウロがそんなことをぼやく。

 狩人は狩りにあたって狩人組合のサポートが非常に手厚い。

 そのため、冒険者のように道具や消耗品が全て自弁と言うことはない。

 翻って、単独での旅のノウハウをあまり持っていないということだ。


「でも、旅に出るなら酒は蒸留酒にしろってのは知ってるぜ。量が少なくても酔えるってな」


 言いながら、ハウロが腰元のポーチを開いて酒瓶を取り出す。

 明らかに内容量に見合わないものが出てきたが、おそらく魔法のポーチなのだろう。

 ボルボレスアスに魔法はないが、この大陸は複数の魔法の存在する大陸と交流がある。

 そのため、魔法使いはいなくとも、魔法のアイテムはそれなりにお目にかかれるのだ。


 ハウロがその酒瓶をひっくり返し、底をガシッと掴む。

 グイっと捻ると、ビキッと音がして酒瓶の底が割れた。

 そして、そのまま口をつけてゴクゴクと飲み出した。


「ぶふぅ~……」


「すごい飲み方ね……おいしいの?」


「いや……こういう飲み方してるやつがいたのを思い出してやってみたが、味もクソもねぇなこれ」


「でしょうね」


「アレは一気飲みしてたが、こんなもん一気飲みできねぇしな……」


「水であってもその量の一気飲みはキツイものね」


 ハウロの持っている酒瓶の容量は、およそだが1リットルだ。

 たしかに水であってもその量を一気飲みするのはキツイ。


「でも、あなたなら出来るんじゃない?」


 などとレインに話を振られた。

 あなたは出来るけどやらないぞと答えた。

 そんな飲み方をしては、酒に対して失礼だし、品がない。


「カハハ、無茶振りはやめとけって。酒のイッキは危ねぇからな」


「平気よ。やろうと思えば平気でさらっと飲み干すわよ」


「へぇ? そんなこと出来たら、俺を川に流してくれて構わんぞ?」


 などと言うので、あなたはハウロの手から酒瓶を奪い取って一気飲みした。

 グビグビと一気に干した酒瓶を放り捨て、あなたは溜息を吐く。

 やはり、よさの分からない飲み方だ。ただ酔うためにはいいかもだが……。


「ほんとにやったよ……お、おい、吐いとけって。血管に回ったら最悪死ぬぞ?」


「これ以上飲んだこともあるから平気よ」


「ええ……ヤバいってそれは」


「平気よ。で、川に流すの?」


 せっかくだからそうしようかなとあなたはレインの言葉に頷く。


「……いやぁ、酒の席の冗談だからな。うん、あまり真に受けるなよ。冗談だって」


「冗談と言うのはね、みんなが笑って楽しめることを言うのよ。笑えないわ、その前言撤回は」


「いやいや! 俺が流されたら俺が楽しく笑えねぇよ!」


「吐いた言葉に責任は取りなさいよ」


「でもよぉ! 川に流すのはよぉ!」


「じゃあ、土の下に生き埋めとか」


「なお酷いわ! 2人とも酒が悪い方に回ってるな! ウン! 今日の酒は俺の奢りだからな! 早めに休んどけよ!」


 そう言ってテーブルの上に酒瓶を何本か置いて階上に上がっていくハウロ。

 逃げたな、と思いつつも、あなたは酒瓶を手に取る。


「逃げたわね。それ、なんて読むの?」


 エイペックスミード。頂点と言う称号を冠するハチミツ酒だ。

 ボルボレスアスの凶悪極まりないハチ、ヴァンガードキラービーのハチミツから造る酒である。

 入手性はそう悪くはないものの、なにしろ採取が危険なので値段が高い。

 毒とかではなく、普通に物理攻撃で人間を殺害できるハチなので。しかも1匹で1人殺れる。


「凶悪過ぎるでしょ……どうやってそんなことするのよ」


 普通に、鋭いアゴで首をバチンと……。


「待ちなさい。人間の首を食い千切れるって、どんだけ大きいのよ、そのハチ」


 50センチくらいだ。


「……この大陸、怖いわね」


 あなたはレインの感想に頷いた。

 あなたは冒険者として野外活動に慣れているし、虫などにも慣れている。

 だが、べつに好きなわけではないし、叶うことなら触りたくはない。

 その上で凶悪な戦闘力を持った虫なんてお目にかかりたくもない。


「まぁ、いいわ。お酒に罪はないもの、飲みましょう」


 あなたは頷いて、黄金色のミードを注ぐ。

 実に豊潤な香りが立ち込める。実はあなたも飲んだことがない。

 実はヴァンガードキラービーにハチミツを作る能力はないとか。

 ハニービーからかっぱらったハチミツが巣の中に貯蔵されているだけとか。

 そんなマメ知識を知っているだけだ。


 注がれた黄金色のミードを眺め、その香りを楽しみ、それを口へと運ぶ。

 すると、スキッとした辛口の味わいが舌の上で踊った。実にうまい。

 が、あいかわらずミードはハチミツの香りがするのに甘くなくて脳がバグる。


「うん、おいしいわね! 貴重なお酒ってことだし、味わって飲みましょう」


 あなたはそうだねと頷きつつ、レインと目線を合わせる。

 そして、あなたはレインに微笑んで、酒を注ぎながら秋波しゅうはを送った。

 あなたの色気に満ちた目線を受けて、レインが酔いとは違う種類の赤みを頬に宿した。


「ん……ほら、あなたにも注いであげるわ。遠慮しないで飲みなさいよ」


 そう言いながら、レインがあなたの手から酒瓶を取り上げる。

 その際に、あなたの手とレインの指が優しく絡み合った。今夜はOKのサインだ。


 明日に疲れを残しては可哀想なので、ソフトな行為に終始すべきだが……。

 レインは酒を飲んだ後の、どことなく気怠く淫靡な行為がよく似合う。

 激しくはなくとも、重く深い愛を交わしたくなってしまうので、なんとか自制しなくては……。


 まったく、眠らずとも済む日が待ち遠しいな!

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