12話
あなたたちの旅程は恙なく進み、港町へと到達した。
そこで乗せてくれる船を探し、あなたたちは東部地方へと出発する。
貨客船の方が運賃は安いが、旅客船はホスピタリティが高い。
少し考えてから、あなたたちは沿岸航路を往く旅客船での船旅を選んだ。
スピードのこともあるが、船旅が初の面々が多いのでそれを慮ってのことだ。
あなたは別大陸への渡航で、ハウロは狩場への移動でかなり船旅の経験がある。
そのため、料金の安さを思えば貨客船でもよかったが。
と言うかなんなら、荷物扱いで貨物船でもよかったのだが。
さすがにそれを仲間たちに強いるのは無謀なので諦めた。
ゼニー証紙の持ち合わせが少ないので金にちょっと困っているし。
あんまり楽して船旅の過酷さに慣れないのもよろしくない。
そのうち過酷な船も1度や2度は経験すべきとは思うが……。
「うえええ……うっぷ……」
「ま、回る……回って、ます……うっぷ……!」
あなたの前ではサシャとフィリアが半死半生と言った調子で船べりに縋りついている。
激しい船酔いに耐え切れず、魚たちにエサをくれてやっているところだ。
少し前の、あなたが別大陸の冒険に乗り出した頃ならば、船員に邪魔だと怒鳴られていたろう。
しかし、あなたたちが搭乗している船は旅客船で、比較的新鋭の機帆船だ。
蒸気機関によって航行するが、非常時には帆を張って帆走すると言った船だ。
そのため、非常時以外は比較的甲板での活動に自由が利く。
そのおかげで船べりに張り付いてゲーゲーやれるというわけだ。
喜ばしくはないものの、船内にぶちまけられるよりはいい。
「空が青いわね……ええ、空が青いわ……空が青いわね……とても青いわ……空が青いわね……空が青いわ……青いわね、空が……」
狂ったように同じことを言い続けているレイン。
サシャとフィリアほどではないものの、かなり船酔いしているらしい。
遠くを見ていた方が船酔いがマシになるとのアドバイスを受け、空を眺め続けている。
そして、外面を取り繕うためにひとまず会話をするが、御覧のように壊れたレコードのようだ。
会話のとっかかりに天気の話題は無難だが、それですべてを完結させるのは些か無謀だろう。
「うーむ、酷い有様だな……イミテルは無事か?」
「大事ない。武僧とは自己の制御を完全と成すもの……あらゆる病、不調は私に害を及ぼさぬ」
「そう言うものか」
「レウナも平気そうだが、慣れているのか?」
「肉体的不調は縁遠い身だ」
「ほう、そう言うものか」
一方で船の経験はあまりないものの、レウナとイミテルは無事のようだ。
あなたも特に船酔いはしていない。元々船酔いはあまりしないタイプだったが。
これよりももっと激しい波濤に揉まれたことがあるので、慣れが強いだろう。
「うーむ……汽船は気持ち悪いな。帆船の方がいいぞこりゃ」
そして、船には慣れっこのハウロもやや具合が悪そうだった。
調子が悪そう、と言う程度で済んでいるものの、船酔いしているようだ。
「帆船の方が揺れが少ないんじゃないか? 速度が速いのも関係してる気がするな」
それはたしかにあるかもしれない。
風の影響を無視して航行できるので不快な揺れが強い感じはする。
北方の暴風領域に比べれば随分とマシではあるが、これはこれで気持ちが悪い。
「ほう、北方の暴風領域ね……たしか、エルグランドって大陸がある方だったな」
「この大陸ではエルグランドのことは知られているのか」
「おう。一応、アルトスレアとリリコーシャのことも知られてはいるぞ」
「リリコーシャとはどの大陸だ?」
「一番近ぇ大陸だよ」
たぶん、あなたが現在冒険している大陸のことだ。
つまり、サシャたちの生まれ故郷の大陸はリリコーシャ……なのだろうか?
ちょっと聞いた覚えがないが……現地住民なら知ってるのかも。
あなたは隣でぐらぐら揺れているレインに尋ねてみた。
「空が、青いわ……空、青すぎるでしょう……くっ、今日も空が青いわ……青いという自覚はあるのかしら……」
空が青いことはよく分かった。
気になっているのは現大陸の名前である。
「大陸の名前……? えーと……ある、んじゃないかしら……? え、でも、どうかしら……大陸ってわざわざ名前を付けるものなの?」
言われてみるとそうではあるのだが。
エルグランドと言う名前も、神話由来の名前で厳密に言うと大陸の名前ではない。
エルグランドと言う単語の初出がどこか不明なのでハッキリとはしないが、本来は惑星そのものの名前として扱われていた。
それがいつから大陸そのものを指す言葉になったのかは不明である。
「仮に大陸に名前があるとして……引用されるのは神学か、なにかしらの古典教養じゃないかしら? サシャかフィリアに聞いてみなさいよ」
とのことなので、あなたはサシャとフィリアに尋ねてみることにした。
さすがに胃の中身は出し切ったので、もう魚に餌をやることはないだろうし。
あなたはサシャとフィリアを呼んでみる。
すると、2人とも顔を上げたものの、フィリアがそのまま船べりの下に突っ伏した。まだかかりそうである。
サシャはふらふらしつつもあなたたちのところに戻って来た。
「は、はい……なん、でしょう……?」
あなたはサシャに、あの大陸に名前はあるのかと尋ねた。
「大陸に……名前……? 土地全域の名前と言う意味なら、マフルージャ王国を含んだ大陸南方地域の名前をウループと呼びますけど……」
「それは大陸全域の名前じゃないでしょ。ウループはマルカラス海峡からエンピリオ山脈あたりまでを指す言葉じゃない」
「うーと……オリアスツールは?」
「それは……たしか、古語で西と東の全域を指す言葉だったわね。たしかに対義語にバルバス……外語族があるから、大陸全てではなくない?」
「クーヌース・カバーブ……はクヌース帝国の支配領域ですけど、エンピリオ山脈は超えてないですし……すみません、分からないです」
「うーん……」
そこでフィリアがふらふらとしながらも復帰して来た。
「す、すみません、お待たせしました……おえ……な、なんでしょう?」
あなたはフィリアにあの大陸に名前はあるだろうかと尋ねた。
サシャもレインも心当たりがないらしい。
「大陸全域の名前ですか……すみません、そう言う地理学的な知識は全然なくて……」
「ああ、違うのよ。この場合は古典教養とか神学知識とか……大陸全域とか、すべての場所を指すような言葉とか、心当たりはないかしら?」
「あ~……大陸全域と言う人の領域と言う意味なら、フー……いえ、サクリチエ・クヌース? でもこれは、世界箱型説の外側の名前ですから……」
少し考えた後、フィリアがなにか思いついたという顔をした。
「リリコーシャはどうでしょう? 神のおわす天、そして太陽……言葉としては「目と空」と言う意味ですが……太陽とはつまり神の眼なんですよ」
ここに来てハウロの言っていた語が出てきた。
なるほど、どうやらリリコーシャと言うのはあの大陸のことを指すようだ。
割といままであの大陸を指す言葉に困っていたが、これからは備忘録に書く時に悩まず済む。
「なるほど、リリコーシャ……やっぱり神話由来の呼称が使われてるのね」
「神話由来とは言いますが、一応戴冠式なんかの誓約にあたって今も使われる言葉ではありますよ。リリコーシャは神々の見下ろす大地の意味でもあるので、人の住む領域のことでもあります」
「あー、なるほど……?」
そう言われてみるとトイネの戴冠式で、言っていたような……言っていなかったような……。
あなたはあまり真剣に戴冠式を見ていなかったので内容はよく覚えていない。
しかし、ダイア女王が王冠を乗せられた時に、聞き慣れない言葉で何か言っていたような……。
「なんか話がまとまったらしいな……で、俺たちなんの話をしてたんだっけ?」
「……なんの話をしてたんだったかしら?」
「こう……エルグランドと、アルトスレア、リリコーシャの話……だったか?」
「忘れた。私はフィーリングで会話をしている」
「なんだか忘れたから飯にしようぜ。腹減った」
「そうするか。私も腹が空いた」
「うむ。船旅で体を動かしていなくとも腹は減るからな」
体調良好なイミテルとレウナはいいのだが、ハウロはどうだろう?
そして、あからさまに体調不良なレインにサシャにフィリアは食べれるだろうか?
無理そうなら、せめて水分補給だけでもして欲しいのだが。
「俺は大丈夫だ。具合が悪くても飯が食えるのは狩人の嗜みだ。胃に無理やり捻じ込むんだよ」
さすがはフィジカルにおいて右に出る者のない狩人だ。
考え方や行動にまでも筋肉が滲み出しているかのようだ。
「それどころか、筋肉が滴ってくるぜ。そして、溢れるぜ?」
狩人ともなると筋肉が液化するらしい。
もはや生物とはなんなのかと言う話だ。
まぁ、そんな与太話はさておいて。
あなたはサシャらに大丈夫そう? と尋ねた。
「一通り吐いて、話してたら多少は……」
「私もなんとか……」
「私は、遠慮しておくわ……」
あなたは少し考えて、もしかしたら効果があるかもと船酔い覚ましの方法を提案してみた。
「え? どんな方法?」
まず、3人とも目をつむって欲しい。
そして、額の前で手を組んで、30秒ほど数えるのだ。
そのように指示を出すと、3人が目を瞑って額の前で手を組むと数を数えだした。
あなたはその3人の後ろにそっと回り込む。
足音を立てないよう、飛行能力を使ってだ。
「17、18、19……」
あなたは『四次元ポケット』から水がめを取り出す。
中にはエルグランドの北方、常雪地帯の雪解け水が入っている。
本来は特別な食事の際に飲用水として出すもので、ギンギンに冷えている。
「21、22、23……」
あなたはそれを、3人の無防備な首筋へとぶちまけた。
「はひゃああぁぁっ!?」
「ひぎゃあ! な、なんですかぁ!?」
「アッ!! はっ、はわっ、はわわ……」
3人ともものすごいリアクションだ。
よっぽどビックリしたのだろう。
あなたは3人に笑って、どうだ驚いたかと言ってやった。
「あんたって人はぁー!」
レインのグーがあなたの顔面に炸裂する。痛くもかゆくもない。
あなたはレインの手を降ろしてやり、具合はどうか尋ねた。
「なにが具合よ! 人に水ぶっかけておいて……あれ?」
レインが首を傾げ、自分の体を見下ろす。
びしょ濡れだが、背中中心なので前面はそう濡れていない。
そして、首を巡らせて、遠くを眺め、その場で幾度か跳んだ。
「……治ってる?」
「わ、私もです。どうなってるんですか?」
「言われてみるとたしかに……胃の中がぐるぐるして、目の奥がぶわーっと膨らむ感じがなくなってる……」
どうやら効いたようだ。それも3人全員に。
「なんだなんだ、冷水をぶっかける酔い覚ましとかあるのか?」
ハウロの質問にあなたは頷く。
エルグランドの北方は漁業が盛んだが、同時にアルトスレア行き航路の利用も盛んだ。
そして、そうした地方で漁師たちが酔い覚ましに使うのが、この手法である。
不意打ちで首筋や股間などの、感覚が鋭敏な場所に冷水をぶっかけるのである。
なにせ北方の海は酷く冷たく、真冬となると水温は2度か3度が精々。
それをぶっかけられたときの威力はハンパではなく、一撃で酔いが吹っ飛ぶ。
あなたもかつて、アルトスレア行き航路を使った時にやられて非常に効いた。
今回は海の水が暖かいので、手持ちの冷水でやった。
時折、効かない者も居るのだが、今回は全員に効いてラッキーだった。
「おもしれぇが、覚えても使えそうにねぇなぁ……」
残念ながらボルボレスアスでは利用不能な方法だろう。なんせ暖かい。
「まぁいいか。んじゃ、飯にしよーぜ。この船の食堂はどんなもんなんだろうな?」
などと言いながら船内に入っていくハウロ。
汽船なだけあり、船の規模が大きいこの客船はしっかりとした食堂がある。
具体的なサイズは知らないが、帆船とは格が違う規模なのでそう言うこともできるのだ。
「ボルボレスアスの料理はおいしいけど、量がね……船上でいいものが食べれるか分からない不安要素を加味すると、暗い未来ばっかり見えるわね……」
「おいしい料理がたくさんあると嬉しいですが、あまり美味しくない料理が大量にあるとつらいんですよね……」
「最悪の場合、ご主人様がなんとかしてくれるはず……!」
サシャの熱い期待の視線にあなたは笑い、口に合わなかったら『四次元ポケット』から料理を出してあげようと答えた。
たぶん、サシャやフィリアもそれなりに『四次元ポケット』に食料は入れているのだろうが。
やはり、あなたの手製の料理は質が違う。今まで積み上げたモノが違うのだ。
とは言え、航海はまだまだ長い。
食堂の料理がまともであることを祈りたいところだ。
まぁ、あなたは食べる気はさらさらないが……。
万一にも毒を盛られる心配はないとは言え、やはりあなたは自分の用意したもの以外は食べようとは思えない。
女相手なら楽勝で曲げる信念だが、あなたは基本的にはその法則に従っていた。
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