12話

 ジルが過去を思い返すように視線を泳がせながら、静かに話し出す。


「まず、私たちは『タイム・リグレッション』を利用し、時間を巻き戻すことで5ラウンド限定で情報収集を繰り返しました」


「初手から無法な話が聞こえて来たわね……時間を巻き戻すなんてできるの?」


「はい。魔法ではなく超能力、サイキックですが。超能力も階梯で表現しますが、14階梯の超能力ですね」


「14!?」


「こちらは10階梯界隈でしたね。アルトスレアの最高階梯は15階梯なんです。まぁ、地方とか流派とかによって、0階梯があって9階梯までなんだとか、1階梯から9階梯までなんだとか、0階梯はなくて15階梯までだとか、いろいろ派閥がありますが」


「そんな界隈あるんですね……どれが正しいんですか?」


「どれも正しいです」


「……どういうことですか?」


「いわゆる紙本ルールに従えば0階梯はなく1から15階梯までですが、バージョン1.0では0階梯から9階梯まででした。2.0から1階梯から15階梯に。電源系のフォーゴトンフロントラインでは1階梯から9階梯までしかありません。ボドゲ版のザ・キングメイカー系なら0階梯から7階梯までです。これらすべて並立しています。なんだかもうよくわかりません。本当にありがとうございました」


「よ、よくわからないんですけど、どういうことですか?」


「私にもよくわかりません。神にでも聞いてください。何か知ってるかもしれません」


「神様に聞けって、難易度が高過ぎる……!」


「信仰系魔法を使えば割と聞けると思いますがね。さて、私たちはあなたにまともに戦っては勝てないと判断しました」


 そうだろうか。首を抉られて殺されかけたのは本当にまずかった。

 あれを複数回やられていたら、そのまま負けていた。


「そうですね。まぁ、2回や3回目を通せれば、あなたを殺すことは出来たと思います。でも、それをやったら私たちの反則負けなので」


 言われてみればそうである。

 あの試合のルールではやり過ぎたら反則負けなのである。

 そのやり過ぎについての細かい規定はなかったが……。

 さすがに殺したらどう考えてもやり過ぎだ。


「その割に、1回殺しかけなかった?」


「1回殺しかければ、私からは逃げると思ったので。1度や2度の即死攻撃なら対策くらい立てているという読みもありました」


 あなたの行動を誘導するための行動だったというわけだ。

 実際、あなたはジルからは逃げることを前提に立ちまわった。

 その狙いはまったく正しいと言うほかにないだろう。


「さて、私たちは巻き戻して、サイキックパワーが枯渇したら休んで回復して、5日くらいかけて情報収集をして、場外勝ちに活路を見出しました」


 たしかに場外判定で負けた。

 まさか宇宙空間に放り出されるほど規模のでかい場外負けになるとは思わなかったが。


「そこで私たちは、あなたをどこか遠くに追放する、同時に短時間であっても帰ってこれないようにする、帰ってくる場合でも遅延させる、これらをほぼ同時に満たす必要がありました」


「さすがに1人では無理だから、魔法の使える3人でそれを分担したのよ。私が遠くに追放する役ね」


「儂は秘術系で、おぬしを短時間でも帰ってこれないようにする魔法を通した」


「そして私が、帰ってくる場合でも遅延させる役を担いました」


 だいたいわかった。では、なぜああいった流れになったのかを聞きたい。


「はい。まず、先に述べた状況を実現するには、3人がある程度のフリーハンドを得る必要があります。そのため、前衛で押しとどめる必要があります」


 たしかに、あなたは真っ先にジルを狙った。

 それを思えば、前衛で対応できるように場を整えるのは必要だろう。


「まず、エルグランドの冒険者特有の無法なレベルの速度です。これにはこちら……時裂きの刃『レイザーエッジ』を使って対処しました」


 そう言ってジルがテーブルの上に置いたのは、なんの変哲もない長剣だ。

 やや緑がかった美しい刀身が特徴で、それ以外は大変高品質なことを除けば普通の長剣だ。


「この剣には時空を切り裂くことで、全てに先駆ける……と言う効果があります。その効果によって、あなたに対して先駆けるように割り込みました」


 なるほど、あの無茶な加速はそう言うからくりだったわけだ。

 やはり、時空間をどうこうする類の能力だったわけだ。


「そして私は15階梯魔法である『時間停止/タイムストップ』によって時間の猶予を得ました。その中で私は14階梯魔法の『招請9th/サモン・モンスター9th』で適当に4体の天の使いを召喚しました」


「天の使いって……天使様、と言うことですか?」


「そうですね。でかいハゲと覚えておけば十分です」


「でかいハゲ」


「まぁ、私が召喚したのは『メカラニア』の機械天使なので、でかいハゲではなくでかい機械なのですが」


 機械だったろうか。よく分からなかった。

 適当に切り捨ててしまったので覚えていないのだ。

 しかしなるほど、召喚の瞬間が分からなかったのは時を止めていたからなのだ。

 一瞬で消えてみせたのも、時を止められて認識すらできなかったからだ。


「次に、私が『縮地』で距離を詰めたわ。『縮地』は『次元跳躍/ディメンジョン・ジャンプ』と同じようなものと思ってもらって構わないわ」


「つまり、魔法ってことかしら?」


「いえ、単純に技術による身体操作よ。空間の狭間に気功を用いて体を捻じ込むの。私は800メートルくらい転移できるわ」


「技術で……空間転移……!?」


 意味の分からなさにレインが頭を抱えている。


「距離を詰めた私は、『地脈撃』を使った。武僧の技ね。気を地面に打ち込んで相手を転倒させる。次に私は『足払い』をかけて移動能力を奪った。最後に『朦朧化打撃』を叩きこんだ……まぁ、これは単なるダメ押しでやらなくてもよかったわね。これを当てるために9階梯魔法である『完全なる身躱し/パーフェクト・イヴェイジョン』を使ったわ」


 あなたの攻撃がすり抜けた、謎の魔法だろうか?


「ええ、その通り。幻術ね。あの魔法は現実をも騙す幻術で、私は本物でありながら幻影でもあった。あれを使えば、完全な回避か、完璧な命中が実現できるわ。私は完璧な命中を願った」


 よく分からなかったが、それで打撃を捻じ込まれたことはよく分かった。


「予想以上にうまく叩き込めて、集中攻撃が出来そうだったので集中攻撃をしたわ」


 この時に先に述べた勝利条件を満たせばよかったのではないだろうか?

 なぜわざわざ集中攻撃などと言う無駄なことを?


「ああ。あなたをどこかに追放する際は、絶対に避けられない瞬間に打たなくちゃいけないのよ。1度でも使ってしまったら、警戒されるでしょ?」


 確かにその通りである。


「だから、魔法で対応できないように、魔法を使えない状態に追い込んでから打たなくちゃいけなかった。そのための準備がまだ整ってなかったの。だから、とりあえず集中攻撃。なにもしなかったらそれはそれで怪しむでしょう?」


 なるほどとあなたは頷いた。


「それに……その前のタイミングでやった『地脈撃』と『足払い』は本当は併用できないのよ。魔法だってそう。私は普通の3回分の行動をしたわ」


 確かに言われてみると、あの時のコリントの速攻はすさまじかった。

 おそらく『レイザーエッジ』には、その普通ならできない行動を実現してくれる能力がある。

 だが、もう1回分の行動。これをどうやって捻出したか分からない。


「これは『迅速/セレリティ』と言う魔法の効果よ。私は『高速化』させた『迅速/セレリティ』を使ってもう1回分の行動の余地を得て魔法を使った。ただ、『迅速/セレリティ』には使用後に数秒間朦朧となるデメリットがあるわ。私は……ちょっと特殊な身の上だから動けなくはならないのだけど、魔法を使う精神集中は無理なのよ」


 なるほど、そう言うことであれば分かる。

 さて、あなたは集中攻撃を受け、壮絶なダメージを受けた。

  その次にあなたは『魔法の矢』を全員に向けて1発ずつパナした。


 みんなそれぞれうまいこと対応した。約1名直撃していたが。

 ジルに至っては蹴り返して来たくらいだ。ふつうに無効化したが。


「本来なら、儂が対応して魔法は打ち消すはずだったんじゃが……さすがに5連射と言うのは予想し切れておらんでな。儂の分しか打ち消せんかった」


「おかげであたしに直撃したんだかんね!」


「おまえ以外はみんなうまく対応したぞ」


「そうだとしても姉者が対応できなかったのは事実だろ」


「まぁ、そうなんじゃが」


 やはりエルマはあなたの魔法に備えていたのは間違いないようだった。

 結局、あなたが魔法を使ったのは2度だったので、ほぼ観戦していたことになるだろうか。

 とは言え、あなたの『大源の波動』を放たせていたら、全員綺麗に消滅していただろう。

 エルマが呪文打消し専門で待機していたのは間違いではない。


「私は6階梯の『呪文排除の空間/アンチマジック・フィールド』を展開したわ。半径3メートルほどの空間で、ほぼすべての魔法を無効化するわ。これが後々役立った……のかしら?」


 コリントが首を傾げる。先に述べた、魔法の使えない状態に追い込むという話だろう。

 多分だが、あんまり意味はなかったと思われる。

 あの瞬間、魔法が使えても何かできたかと言うと微妙だった。

 おそらく投射系の魔法を跳ね返すとかくらいはコリントも出来るのだろうし。


「よくわかったわね。その通りよ」


「まぁ、警戒し過ぎて悪いことはなかったですし、作戦としては妥当な展開だったと思いますよ」


「そうね。そうして準備が整って、私たちは作戦の大詰めに入ったわ。そのために前衛役2人と、ジルが突出したわ」


「私の場合、近接攻撃をした後に魔法が使える『マルチアクション』と言う特技が使えますので、前衛も同時にできるんです」


 あなたは『ポケット』から大鎌を取り出して机に立てかけた。

 あの際に使った大鎌で、ギチギチと唸り声を上げている。

 ついでに『呻きの刃』も取り出して隣に置いておく。


「ひえ……ね、ねぇ、これ、何か変な音しない……?」


 すぐ近くに置かれたレインが、妙な音のする大鎌にビビっている。

 あなたはこの大鎌は生きているので、あまり怖がると可哀想だとレインを窘めた。


「生きている!?」


 ちょっと生き血を啜るのが大好きな子だ。

 うっかり握ると、あなた以外は即死するので絶対に触らないように告げた。


「そんな物騒な呪いの品みたいなものを近くに置かないでくれる!?」


 呪われてはいない。むしろ祝福されている。

 ただ血に飢えているだけだ。生きているなら腹だって空くだろう。


「そうかも……しれないけど……! そうじゃないのよ……! 握ったら死ぬというのがおかしいのよ!」


「『レイザーエッジ』もうっかり握ると死にますし、珍しくないと思いますよ」


「この剣もそうなの!?」


「ええ」


 なかなか物騒な剣である。1本欲しいくらいだ。

 まぁ、その辺りは後で交渉でもしてみよう。


「んで、あんたがその大鎌で周辺に無法なエネルギー攻撃をばら撒いてたな。俺はそれを気合で避けて『真空剣』を叩き込んだ」


 気合の一言で避けられるようなものだったろうか。

 ふつうに面制圧攻撃なので、避けるも何もない規模の攻撃なのだが。

 まぁ、それはいい。『真空剣』と言うのは、あの飛ぶ斬撃のことだろうか。


「ああ。技でありつつ、ちょっとした細工なんだが……まぁ、防御を貫く飛ぶ斬撃だと思ってくれ。たぶん気付いてないと思うが、あんたの前で何回か使ってるぞ」


 そんなことがあっただろうか。

 そう思ったが、考えてみれば密着して放ってはいけない道理もない。

 するともしや、バカンス中のザリガニ戦で使っていたのだろうか?

 剣を叩きつけつつ、あの飛ぶ斬撃を放っていたと。


「勘がいいな、その通りだよ」


「そして、その次に私が『レイザーエッジ』の能力である『とどめの一撃』を叩き込みました」


 そう、あなたが気になっていたのはそれだ。

 あの謎の攻撃。防御したはずなのに、いつの間にか首に剣が差し込まれていた。

 あなたじゃなければ死んでいただろう。


「アルトスレアの赤子せきしであるアルトスレアの民には、運命を捻じ曲げる特殊能力が備わっています。あなたの首筋に無理やり剣を捻じ込んだのはそれですね」


 そんな能力あったのか。初耳な能力にあなたは前のめりになる。


「厳密に言うと、その能力をより強化した『運命変遷』と言う能力なのですが。この能力により、私はあなたに最高の一撃を決めたように現実を捻じ曲げました。そして、最高の一撃を決めた瞬間に『相手を死に至らしめる』と言う『レイザーエッジ』の能力を起動し、あなたの命脈を断ちました」


 すると、攻撃を無理やりねじ込んだのは人間特有の能力。

 そして、その攻撃を致命的なものにしたのが『レイザーエッジ』と言うわけか。

 なかなかに恐ろしい合わせ技である。並大抵の相手は確実に殺せるだろう。


「その後に、あなたがなにかをしましたね。おそらくは時を止めたのでしょうが」


 あなたは頷いた。時を止める弾丸『ステイシスバレット』で時を止めたのだ。

 そして、自身の信仰する神、ウカノに願いを捧げて癒しを乞うたのである。


「ウカノ神……フェイローンの方の神ですね。そんな特殊神聖魔法なかったと思いますが……エルグランド特有の現象ですか?」


 おそらくそう、部分的にそう。

 あなたはあいまいに答えた。

 そして何とか回復したあなたは、もうハンターズはぶっ殺してしまおうと決意した。


「おっかねぇ……たしかにマジで殺しに来てる感はあったが……」


 そこであなたは『魔力の破砲』の使用を解禁した。

 これは『魔法の矢』の数百倍の威力がある。

 そして、愛剣の数万倍の増幅効果がある杖で放った。

 これを全弾モモロウに向けて叩き込んだ。1発でも当たればおしまいだ。


「コリントが割り込んでくれなかったら死んでたっぽい」


「そうでしょうね」


「割り込んだ私は『魔法の矢』を高速化したり『呪文融合/スペルフュージョン』で並列発動したりで、5回分放ったわ」


 残念ながら、あなたは純粋魔法属性に対しては完璧な耐性がある。

 防御をするまでもなくすべてきれいに消滅してしまった。


「まず、それに耐性を持てるというのが信じ難いのだけどね」


「純粋魔法属性……私たちは力場属性と言いますが。これは確実にどんな存在にもダメージが通るのがウリで、対策を怠ると高レベル冒険者でも死ねるのが恐ろしいところなのですが……」


「エルグランドのヤバさがわかるわね。でも力場属性耐性の防具が手に入るなら、冒険する価値はありそう……」


「悔しいですが、その考えには頷けますね……」


「で、そのあとに謎の武器で殴られたけど……あれはなんだったの? どうも、イモータル・レリックかなにかのようだったけど」


 あなたはうなずき『ポケット』から『頭蓋砕き』を取り出した。

 そして、アンデッドに対する特攻効果などについてはぼやかした。

 エルグランドの民であるあなたは気にしないが、この大陸の人間にとってアンデッドは絶対的な敵性存在なのだ。


「なるほどね……あともう1回喰らっていたら即死していたと。なんとなく嫌な予感がしたけど、そう言うこと」


 次にあなたは『大源の波動』を詠唱した。

 これは純粋魔法属性の爆発で、半径十数メートルを蹂躙する。

 『魔力の破砲』と同レベルの威力を空間全体に放射するわけだ。


「反応セーブできれば、身躱しでいけますかね」


「いけなかったら確実に死ぬことを思うと、試す気にはならないわね。たぶんいけるんでしょうけども」


「タイミングさえ掴めれば俺は避けられそうだな」


「あたしは?」


「おまえは死ぬじゃろうな」


「なんでだよぉ! 助けてくれよ姉者ァ!」


「だから打ち消してやったじゃろうが」


「そう言えばそうだった……えーと、それであたしが突っ込んだんだったね」


 その通りだ。セリアンが背負っている、鉄板のような剣で襲い掛かって来た。


「全力で打ち込んだんだけどねぇ」


「アレを力技で捌き切ったのが激烈にやばいですよね。1ラウンドに27回攻撃とか無法過ぎる攻撃回数な上に、『狂乱』パワーまで載せてるんですけどね」


 そしてあなたはセリアンを『頭蓋砕き』で殴って肋骨をへし折った。

 そのまま頭を叩き割ろうとしたのだが、なぜかジルと入れ替わっていた。


「はい。『位置交換/ディメンジョン・スワップ』ですね。ウィザーズライブラリー掲載のサプリ呪文です。対象と術者の位置を入れ替えます。8階梯の癖に微妙に効果がしょぼいですが、割と唯一無二な効果ではあります」


 入れ替えはたしかに珍しいのかもしれないが、そこまでなのだろうか。


「即行アクションで使えたり、機械攻撃誘発しなかったり、接敵出来たら一番高いボーナスで攻撃できたり。魔法系クラス取ってないと使えないという前提こそありますが、モンクはキレていいと思います。まぁ、見た目では分からない便利さがある呪文だと思ってください」


 よくわからないがわかった。

 機会があれば教えてもらって使ってみるとしよう。

 そして、あなたの攻撃はなぜかすり抜けた。


「『身代わり/サブスティテュー』ですね。1度だけ攻撃を完全に回避する幻術です。余裕のあったラウンドに入れておきました」


 なるほど、それを前提で代わりに受けに行ったわけだ。


「この時、既に作戦は変更を余儀なくされていました。コリントさんが『頭蓋砕き』で滅……死にかけたので、やむを得ず一時後退。回復に専念しました」


 そう言えば、どうやって回復したのだろうか?

 コリントがアンデッドな以上、通常の手段では回復しないはずだ。

 特に魔法無効化空間の中なので、余計にそうだろう。


「ああ……『魔法排除の空間/アンチマジック・フィールド』の中でなければ『無欠の五体』とかいろいろ手はあるのだけどね。まぁ、ちょっとした企業秘密と言うことでよろしく」


 どうやら話す気がないらしい。

 わざわざ伏せたあたり、レリックなどの貴重なアイテムの使用が予想されるが……。

 まぁ、いずれ仲良くなったら教えてもらえるかもしれない。


「この時、保険としてあなたを殺しかけたのが役に立ちました。あなたはもう1度使われることを警戒し、私と剣を合わせるのを嫌って下がりました」


 リーチのためにわざわざ『呻きの刃』に切り替えたくらいだ。


「私が突出したのはそれも理由だったりします。明らかにコリントさんへの特攻効果を有する武器を手放させたかったので。即座に武器をスイッチできるなら、私が出た時までアレを握っている理由がありませんから」


 なるほど、本当にうまいこと掌の上で転がされてしまったわけだ。

 ベッドの上でならうれしいくらいだが、戦いの中ではうれしくもなんともない。


「そして、すべての状況が整いました。エルマさんが『ディメンジョナル・アンカー』を発動。これを命中させました。命中するまで連打させるつもりでしたが、1発目で命中してくれました」


 撃たれたことは一応認識していたように思う。

 ただ、見た目が攻撃魔法っぽかったので、そのまま受けたのだ。

 攻撃魔法≒自分には効かない。そう言う認識がある。

 搦め手的な魔法がごくわずかしかないエルグランドの冒険者に特有の慢心と言える。


「この魔法は空間転移を抑止する魔法です。つまり、すぐには帰ってこれないようにするための魔法ですね」


 たしかに転移魔法はうまく起動しなかった。

 物質界に存在を固定する魔法とは思っていたが、その通りだったようだ。


「そして、コリントさんが肉薄。あなたに近接格闘を挑みます。これは『呪文排除の空間/アンチマジック・フィールド』による『ディメンジョナル・アンカー』の解呪防止のためですが、本命は『迅速/セレリティ』による追加ラウンドでの『奇跡/ワンダー』の起動です」


 あなたを宇宙空間に叩き込んだ魔法だ。

 だが、あれはどう考えても作用としては転移だった。

 あなたのよく知る転移魔法とやや感触が違ったが、転移なのは間違いないだろう。


「はい。『祈り/プレイヤー』や『奇跡/ワンダー』などの現実改変型の魔法による移動は、アストラル界を経由しません。移動と言う結果だけを導き出します」


 と言うことは『ミラクルウィッシュ』と同種の魔法と言うことだ。

 たしかにあなたも転移できないからと『ミラクルウィッシュ』を使って戻って来た。

 であればあの結果になったのもうなずける。


「私はあなたがなんらかの手段で即行で解呪、また同様に即行で戻って来た場合を考慮しました。エルグランドの冒険者の無法な追加ラウンド能力を思えば、一瞬で戻ってくること自体は可能なはずです」


 たしかに、ジルの想定したことはできなくはない。

 最大限に加速し、すぐに自分にかけられた状態異常をなんらかの方法で排除。

 さらに転移魔法を起動して戻る。通常の速度で生きる生物からすれば、瞬く間に戻って来たように見えるだろう。

 しかし、そんな真似をするかと言うと、まぁ、割と微妙ではある。

 実際にやらなかったことから分かるように、加速の必要性を感じなかったのだ。

 時間制限と言うものを失念していたのが大きい。


「ですので、私は『上級空間転移遅延/グレーター・ディレイド・テレポーテーション』を展開し、物質界への出現に3ラウンド……18秒の遅延を引き起こす空間を展開しました」


 なるほど、そこまで保険を用意していたらしい。

 しかし、最大限に加速して『ミラクルウィッシュ』のワンドで戻ってくることは想定していなかったのだろうか。


「それは対策が建てられなかったので、諦めました。一応、『魔法排除の空間/アンチマジック・フィールド』を物質基点で展開する手立てもありますが、あなた相手にそれをやっても破壊されるのがオチですし。なにより宇宙空間だとどこに投げても3メートル程度あっと言う間に離れますからね……」


 なるほど。まぁ、初手で『ミラクルウィッシュ』を使うというのもなかなかにないことだ。

 湯水の如く使えるほどに潤沢な数はあるが、これはもう染み付いた習慣だ。

 『ディメンジョナル・アンカー』の効力を即座に理解できたならばやったかもしれないが。

 喰らってすぐにわかるような種類のものではないからしかたないだろう。


「まぁ、正直な話をしますと」


 正直な話をすると?


「秒で戻って来られたら『時間回帰/タイム・リグレッション』でやり直して、お祈りゲーでもしようかと思っていたので、うまく通って一安心と言ったところです」


 なるほど、そう言えば30秒程度なら時間を巻き戻せると言っていた。

 確かにそれを使って、うまく帰ってこないパターンを引き当てるというのは分かりやすい選択肢だ。

 なるほど。完璧に相手の術中にはまっていたわけだ。

 あなたは深々と溜息を吐き、完敗だ、負けたと敗北宣言をした。

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