13話

「ひゃあはははは! どうだ悔しいかぁ! 悔しいかあはははははあ!」


 モモロウが勢いよく煽って来た。

 もうちょっとこう、高潔な勝者らしい態度を取って欲しい。

 いや、そんなことを言う権利がないのは重々承知だが。

 そこで勢いよく煽って来るのはなにかが違うだろう。


 あなたは実戦なら負けなかったが? 実戦なら楽勝だが? と反論した。


「言い訳はいけません。フッハハハハハ! ですが笑えますねェ……」


 ねっとりとした丁寧口調でモモロウが煽り倒して来る。

 慇懃無礼な口調で煽られるのがいちばんむかつく。

 どうも、そのあたりが分かっていて慇懃無礼な口調をしているらしい。


「さきほどの試合であなたは完敗。一方、私はこの通りに勝者として君臨している……悔しいでしょうねェ」


 あなたはモモロウに話があるので、ちょっと岬の方に行かないかと提案した。

 誰も来ないので、話を聞かれないスポットがある。

 もちろんなにもしない。なにかするにしても、先っぽだけだ。


「なにかする気満々だろうが! 先っぽだけってなんだよ!」


 体の先っぽなのだから頭部に決まっている。


「死ぬわ!」


 まぁ、そのために岬に連れ出すわけなので。

 死んでくれないと困るというか。


「もはや隠しすらしなくなったな。って言うか、実戦なら実際にどうなんだ?」


 あなたはもし実戦の場合、速度を全開にして『大源の波動』を連打するだろう。

 まぁ、気分によって他の魔法にするかもしれないが、範囲系魔法を連打するのは変わらない。

 単体の場合は『魔力の破砲』の連打だろう。ふつうに殴りに行くかもしれないが。


「ジル、そうなったら勝てんのか?」


「勝てないです。一応、『レイザーエッジ』の能力を前提に押し込めばいけるかもしれませんが」


「そもそも1回は殺しかけたけれど、2回目、3回目で殺し切れるかは分からないわよね」


「あたしは絶対に無理だと思うけどねえ……2回目を叩き込ませてくれないだろ?」


 あなたはそこのところは微妙だと答えた。

 いちおう、1回くらいなら気合で持ちこたえることは出来る。

 だが、2回目や3回目が出来るかと言うと、分からない。

 神に癒しを願った以上、2回目はおそらくできたと思うが……。


「一番の問題は、2回や3回は命中ロールを無視して確定命中くらいはさせられるけど、10回も20回もと言われると無理よ」


「しかもクリティカルヒットさせる必要がありますからね。どう考えてもこちらがじり貧で負けます」


「普通に殴る蹴るじゃ勝てないか? あの集中攻撃したろ。あれ何回くらいしたらあんた負ける?」


 あなたはざっくりと1万回くらいかなと答えた。

 本当に1万かは不明だが、少なくとも1000回は耐えられる。

 1万もたぶんいける。2万はわからない。それくらいのダメージだ。


「ジル、いけるか?」


「四則演算くらいは履修しておいてください」


「辛辣な嫌味が帰ってくるあたり、ガチで勝てない臭いな」


 ついでに言えば、あなたの回復能力も次元が違う。

 特になにかしたわけではないが、自然治癒であの程度の傷は10秒ほどで全回復した。


「エピックレベルパーティーがフルアタックを叩き込んで、その傷が2ラウンドで回復するとかやっていられないにもほどがあるのですが」


「それでも……それでもジルならなんとかしてくれる……!」


「無理ですから。その辺りの数値の換算を聞いて分かりました。私たちはエピックレベルでワイワイやっていますが、彼女はおそらくイモータルレベルです。神話の戦いに参加できる程度では話になりません」


「そんなに」


「ダイス振る前からボーナスが3ケタ、下手すると4ケタある連中ですよ。今回勝てたのは本当に奇跡ですね。そもそも、私たちの作戦自体が卓の上では通用しないほどガバなところがあったりしますし。まぁ、こちらの戦力が足りないのでやむなしと言ったところですか」


「ジルでも戦力足りねぇとかどうなってんだ……」


「私なんか精々のこと大型ダイアモンドゴーレムくらいの戦闘力しかないですから。彼女と真っ向からやるなら最低でもフォース・ゴーレムでもぶつけないと」


「しれっと言ってるけれど、それ物質界において負ける方が珍しいレベルじゃないかしら……?」


「ダイアモンドゴーレムて。あんなの下手な神格では勝てんくらいには強いんじゃが……」


「私も、さらに強くならなくてはいけませんね。幸い、彼女に勝利したお陰で莫大な経験点が入りました。イモータルの領域に手を出す頃合いなのかもしれません」


「そうね、私もいずれは……ひとまず、力場耐性装備を集めたいわね」


「そうですね。ですが、そんなもの使って来る連中のいる場所を易々と旅できるかと言うと怪しいかと」


 あなたはそう不安がるジルとコリントに苦笑した。

 そして、それほどの装備を整えているのはそういないと教えた。

 あなたは上澄みも上澄みの存在なのだ。


 少なくとも、ジルもコリントも、エルグランドで通用しないなんてことはない。

 むしろ、いますぐにでもエルグランドでトップ層になれるだろう。

 そのさらに上の超人級冒険者となると少し話は違うが……。


「なるほど……」


「たしかに、それなら私たちでも意外といける?」


 問題なく冒険できるだろう。

 もちろん油断はできないだろうが。


 ただ、エルグランドの地理と風土をよく知る奴隷を買うことをお勧めする。

 あそこは迂闊に旅をすると、それだけで死ねるすごいところでもある。


「ははぁ……まぁ、いずれ機会があったら知恵をお借りしますよ」


「そうね、いずれ機会があれば……」


 どうも、今日明日と言うことはないらしい。

 まぁ、無鉄砲でないのはいいことだ。

 冒険者など無鉄砲で無謀なのがデフォルトみたいなところはあるが。

 思慮深く動くのもまた、冒険者だ。



 さて、作戦はよくわかった。

 あなたが負けたことも納得した。

 では、思う存分に飲んで、食べて、吹っ切ろう。


 くさくさした気持ちなど、腹がはち切れるまで食べれば消えてなくなる。

 うつうつとした気持ちだって、浴びるほどに酒を飲めば忘れる。

 だから、存分に飲んで食べる。明日のことは明日考えるのだ。


 あなたは『四次元ポケット』の中から数多のご馳走を取り出した。

 勝つ気満々だったあなたが祝勝祝いに用意していたご馳走だ。


「ちょっと待ってちょうだいね。『次元門/プレイナーゲート』」


 コリントが空中に妙な円を作り出した。

 そして、そこから薔薇色の髪の美女がすっと姿を現した。

 仕立ての格が違うのがありありと分かるメイド服を着ている。


「コリント様。お呼びでしょうか」


「ええ。祝勝会をするのよ。移動キッチンと食材をできるだけ用意してちょうだい。20分後にもう1度『次元門/プレイナーゲート』を開くわ。頼むわね、ロザリア」


「かしこまりました」


 そしてまた円の中に消えていった。


「なるほど、本気ですね。では、私も。『次元門/ディメンジョンゲート』」


 ジルも似たような魔法を使い出し、空中に穴を開いた。

 そして中に引っ込むと、すぐに人を連れて戻って来た。


「え、えっ? なに? なに? え?」


 連れて来られたのは、巻頭衣に数多の飾り布を垂らした少年だった。

 額から立派な角が2本生えており、射干玉色の髪がひと房、ふた房とかかっているのが印象的だった。

 なんだかおいしそうな香りに交じって、かすかな硝煙の香りを漂わせている。


「彼はケイさん。我が家のお雇い料理長です。本業はトレジャーハンターをされています」


「あ、どうも……?」


 ぺこぺこと頭を下げる少年。


「ケイさん。これから祝勝会をします」


「え、ああ、うん。なんかのお祭り?」


「はい。その祝勝会で食べるご馳走の用意をお願いします」


「……え? いまから?」


「はい。凝ったものでなくてもいいので」


「いや、人数が……」


「このテーブル周辺の人たちの分だけでいいです」


「まぁ、それなら、なんとか」


 不承不承と言った調子だったが、ケイがうなずいた。


「姉者、あたしらも負けてられないね!」


「そうじゃのう。取って置きの肉を出すとするか!」


「よっしゃー! バーベキューするぞー!」


「さっそく肉を取りに行くか!」


 エルマとセリアンも似たような魔法でどこかへと消えていった。



 なるほど、全員が本気で祝勝会に臨むらしい。

 あなたは自宅からコック長を呼ぶべきかと悩んだ。

 あなたは自分の食事は自分で作るが、ペットたちの料理はコックに任せることも多い。

 自宅を不在にしていることも多いので、必須の使用人だった。


 いや、あなた自身が腕を振るえばいいのだ。

 食材の調達は最悪『ミラクルウィッシュ』のワンドで賄う。

 ここで負けるわけにはいくまい。

 あなたは変な決意をした。




「まずは調理器具だな」


 ケイが懐からハンカチを取り出した。

 それを広げると、見た目にそぐわないほどにどんどん広がっていく。

 やがて両手をいっぱいに広げてもたるみが出来るほど大きく広がった。

 それをひょいっと振ったかと思うと、突如として木製の屋台が置かれていた。


「おおー……」


「手品……じゃないわよね?」


 サシャが思わず拍手を。レインが不思議そうに尋ねる。

 あなたも不思議に思って、いまのはなにかと尋ねた。


「え? ああ。これは『携帯用異次元空間/ポータブル・スペース』って言う魔道具だよ。調理用の屋台を仕舞うのに使ってるんだ」


 なかなか便利そうな道具である。

 あなたに必要かと言ったら首を傾げるが。

 どう考えても『四次元ポケット』の方が便利だ。


 あなたも負けじと愛用の調理器具たるバーベキューセットを取り出した。

 さっそくバーベキューセットに火を入れ、あなたは料理をはじめる。

 あなたは『四次元ポケット』から次々と網に魚を載せていく。


「おお……豪快な姿焼きだな。後で俺も食わせてもらってもいい?」


 ケイがそのように言い、あなたは構わないと答えた。

 負けるつもりは毛頭ないが、敵視しているわけでもない。

 あなたはパチパチと燃える炭火の熱を感じながら、いい具合となった魚を上げる。

 そして、皿の上に盛り付け、テーブルへと供する。


「すみません、これはなんですか?」


 ジルが疑問を呈してきたので、あなたは頷いて答えた。

 これはエルグランドにおける高級魚介料理、活け造りであると。


「そうですか。そう、ですか……」


「???????」


「ん、んん? んっ……ん? ん!?」


 ジルが唖然とした顔をし、コリントが頭の上に大量の疑問符を浮かべている。

 モモロウに至っては、活け造りとバーベキューセットに視線を往復させている。


 そこであなたはハッとした。よく考えれば活け造りは一般的な料理ではない。

 この大陸でも、ソーラスの店でしかお目に掛かれないという話だった。

 アルトスレアでも、ボルボレスアスでも、あなたの知る限りは活け造りはなかった。


 活け造りと言う見たこともない料理に怯んでいたわけだ。

 あなたはそのように理解すると、活け造りが平気だろう面子で食べて欲しいと告げた。

 そして急いでバーベキューセットに取って返し、再度魚の調理をする。


 次々と魚を並べ、フライ、煮込み、ソーセージと言った調理をしていく。

 それらを次々と机の上に供するのだが、やはり全員反応が悪い。


「あ、いや、うん……う、うまそうだよ。うん」


「はい。おいしそうですね。ただ、まぁ、調理工程が、すこし」


「ええと……『ミラクルウィッシュ』のワンドとか使った?」


 妙なことを言う。魚自体がダメだったのだろうか?

 ではと、あなたは野菜料理はどうだろうかと尋ねた。


「ああ、うん、たしかにいいな。バーベキューセットには肉もそうだが、野菜も似合うよな」


「トウモロコシ、カボチャ、ピーマン、タマネギ……どれも名脇役としてバーベキューを彩るわね」


「海鮮バーベキューにも、ふつうの肉類バーベキューにも、野菜は活躍してくれますからね」


 なるほど、野菜推しと言うわけだ。

 全員が不思議と卓上から目をそらしながら、野菜に対する熱い思いを語ってくれた。

 あなたはバーベキューセットの前に取って返し、レタスやサツマイモなどの野菜類を取り出して調理を始めた。




「ええとですね、ご主人様の料理は果てしなく理不尽ですけど、味は間違いなくおいしいので……」


「そうだな……まぁ、海の魚が食えるのはありがたい……くそっ、うめぇな。味自体は文句なしにうめぇ……いい腕してるぜ……港町は魚がうめぇよ、ほんとに……」


「あれ、モモロウさんは生のお魚平気なんですね」


「ボルボレスアスでも東部地方じゃ生魚食うんだよ」


「へぇ」


「こっちのフライも……ん、おいし。サックサクでおいしいわ」


「醤油をちょっとかけすぎなくらいにかけると美味しいんですよね」


「うめぇ。うめぇけど、揚げ物食ってたらトンカツ食いたくなってきた」


「うちのエルフ姉妹もトンカツトンカツうるさいんですよね。トンカツを見たらカレー、カレーを見たらトンカツの話をし出すので」


「まぁ、カレーは無敵で、トンカツは最強だから。カツカレーにすると奇跡が起きるからなぁ」


 調理を終えて鍋を手に戻って来たところ、ちょうどカレーの話をしていた。

 あなたはそんなにカレーが食べたかったのかと、テーブルにカレーを供した。


「おお、カレー……なるほど、バーベキューにカレーって言うのも……アリだな!」


「ケイさん、トンカツをおねがいします。ロースカツ一丁」


「トンカツ頼めんの? じゃあ俺はヒレカツ一丁」


「じゃあ、私はチキンカツ一丁」


「注文バラバラだなぁ……じゃあ、一口カツ系で攻めようか、今日は」


 カレーに、カツ。なるほど、たしかに強い。

 しかも、ケイが次々とカツを揚げる準備に取り掛かっている。

 揚げたての色んなカツを、次々とカレーに乗せながら食べる……。

 なんて強烈な……! あなたをして食べたくなってくる。


 あとで自分でカツを用意してカツカレーをしよう。

 絶対に大盛りで食べる。あなたは決意した。




 それからしばらくして、コリントの呼びよせた調理チームが到着した。

 それとほぼ同時に、セリアンとエルマが山のような肉を抱えて戻って来た。


「さぁさぁどんどん焼くから、どんどん食べなよ! お肉はねぇ、おいしいんだよ!」


「どうじゃこの肉は! こんなにたっぷりと脂肪が入って、しかもとろけるほどに柔らかい肉質で……これがもう抜群にうまい!」


「うちの肉食モンスターも大絶賛の熟成肉さ! さぁさぁ、どんどん食べな! どんどん焼くよ!」


 女性が用意したものを断るわけのないあなたの皿に肉が積み上がって行く。

 あなたも負けじと、セリアンとエルマにカレーをどんどんよそっていく。


「うままま! うまぁ! なんだいこれ美味しいねぇ!」


「これにケイのカツを載せると……時が見える……」


「なんだい、大袈裟だね。どれ……うまいよ姉者ぁ!」


 あなたのカレーも大好評でうれしい限りである。


「舌平目のムニエルです」


「子牛肉の煮込みです」


「プラのポワソンです」


 コリントの呼んで来た調理チームはやたらと高級な料理を繰り出して来る。

 まぁ、これはこれで楽しめる。作法を気にしなければ美味しいだけの料理だ。


「豚ヒレ、ハムカツ上がったぞ。エビにキスにアジフライもいいぞ。ほらほら、どんどん食え。レンコンにニンニクもうまいぞ! あ、二度漬け禁止だ!」


 ケイは宣言通りにカツに専念している。

 一口サイズのカツを串に刺して揚げ、ソースに漬けて食べる。

 屋台に似つかわしい手軽な料理と言えるだろう。

 かなりおいしそうだったので、今度自分でもやってみようと思った。


 そして、そんな調子で盛大に料理をしていたら人も来るもので。


「なんかすごいことやってるな……センパイちゃん、俺も食べていい?」


「センパイちゃーん! カレー作る時は呼んでって言ったじゃーん!」


「な、なんかこのエルフのお姉さん無限に肉盛ってくるんだけど!」


「ソーラスの名物料理、サシミ? はーっ、魚の生肉を! 食べてみよ!」


「このフライおいしい! カレーもおいしい! このよくわかんない料理もおいしいぃぃ!」


 冒険者学園の生徒が合流し、どんどん人が増え。

 やがては内輪の祝勝会なんてノリではなくなっていく。

 とにかくあるものをありったけ出して、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎ。


 あなたたちは夜明けまで大いに騒ぎ、歌い、踊った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る